異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
一章 可愛い=Xの法則 ④
「ああ、古森くん北白糸出身だっけ。毎年一万人とか来るって話だもんね」
「それでも騙し騙しやってたんだが。ちょうど僕らの世代で、女子生徒に対する盗撮とかナンパとか迷惑行為が頻発してさ。とうとう全日チケット制が導入されたんだ」
「あらら。共学では珍しいかも」
「かと思いきや、今度はチケットの転売が横行してさ」
「うわぁ、社会問題のバーゲンセール」
まさしく世も末──ああ、これ以上は本当に思い出したくない。
「どうだ、少しも楽しくないだろ?」
親身に耳を傾けてくれた舞浜だが、最終的に出した結論はこうだ。
「それ含めて全部いい思い出なんじゃない?」
「見解の相違が激しいな」
「でもある意味、予想通りって感じ」
「僕の人生が予想通り灰色だったってことか?」
「十分薔薇色だから安心しなって。私が言いたいのは……文化祭に限らず、イベントというか祝い事っていうのかな。古森くん、全般的に苦手そうなイメージだったから。カレンダーに書いてある『○○の日』なんて天敵でしょ」
「…………」
舞浜の真っ直ぐな瞳に晒されると全て見透かされた気分。
「鋭いな。さすが僕の元ストーカーなだけはある」
「もー、人聞きの悪いこと言わないで。私は単なる研究者だよ」
どちらにせよ頭に『元』は付けてほしいところだ。紆余曲折あり僕を研究対象にしていたのが舞浜。獅子原と並んで積極的に僕なんかへ声をかけてくる殊勝な女子の一人だったが、おかげで最近は哀愁に浸る暇もない。
「けど、意外な発見もあったなぁ。古森くんのことだからてっきり……」
「なんだよ?」
「いや、『朔先輩に振り回された悪夢で文化祭恐怖症になったんだ』とか言うのかと」
「大丈夫。あの人、基本的に出不精のアウトサイダーだから。文化祭みたいに外向的かつフォーマルなイベントには興味ない…………なかったんだけどな」
「過去形?」
「今年は異様に乗り気でさ。『文芸部の知名度を全国区に押し上げるぞー』って大はしゃぎ……人騒がせな何かを企んでいる予感しかしない」
「ふぅん……だとしたら会長にも先見の明があったかな」
ぼそり。おそらく意識の外で落とされたその言葉を、僕は聞き逃さず。
「会長って、生徒会長のことか?」
「えっ! あー、そうそう、そうだった! 実は生徒会からの連絡事項があって……」
なぜだろう。途端に舞浜と視線が合わなくなる。
「会長がさ、文芸部さんの部室に一度お邪魔したいんだって。今日の放課後とか大丈夫?」
「予定が空いてるかって意味なら空いてるけど、何しに来るんだ?」
「活動実態のチェックといいますか、簡単な聞き取り調査も行うつもりらしくて、うん……」
思い出されるのは進級してすぐ、部室の入り口に貼られていた警告の紙。生徒会曰く、今の文芸部には活動実績が乏しいのだと。
「本格的な視察が入るってわけか?」
「いやいや。そんな大それたものじゃない…………大それてたら謝るけど……ほら、文化祭も近いしね。他の部活も見て回ってるんだ。変なことではないよ」
「へえー。生徒会長、ね」
歯切れの悪い物言い。僕が疑念を強めていたら、
「むむむっ! カイチョーって聞こえたぞ、今」
餌の匂いを嗅ぎつけたみたいに寄ってきたのは獅子原。暇つぶしのゴシップを常に求めるJKにとっては、食いつかずにいられないネタだったらしい。
「なに、カイチョーが部室に来るの? やばっ、綺麗にお掃除しとかなきゃ……やばっ!」
「素人質問ですまん。そのヤバイはいい意味か? 悪い意味か?」
「もっちろんグレイトな方! 超有名人じゃん、カイチョー。なんてったって、あたし調べの『かっこいいミューランキング』で毎年上位に入賞している、憧れの──」
「『吸血鬼』なんだろ?」
知ってるよそれくらい、と吐き捨てたらなぜか舞浜が噴き出す。
「駄目だよ、獅子原さん。そこは古森くんの専門分野なんだから」
「あっ、だよね、ごめん」
こいつらの中で僕はどういう扱いなんだろう。
なんにせよそう、我が校の生徒会長はヴァンパイア(女性)である。
かっこいいミューなどという何の捻りもないランキングを獅子原は口にしたが、実際のところ吸血鬼に対してポジティブな印象を持つ日本人は多い。それは彼らが数々の著名な創作に登場し、クールだったり、エレガントだったり、どう見てもラスボスだったり、とにかく扱いがいいことに由来するのだろう。
まして多感な時期の中高生ともなれば、憧憬を一身に得てもおかしくはない。
「去年の選挙、ぶっちぎりだったもんねー。さっすがヴァンパイアって感じ……碧依ちゃんも投票したでしょ?」
「入れたけど、私は公約の誠実そうなところに惹かれて……かな?」
暗に『選挙とミューは関係ないだろ』と釘を刺す舞浜だったが、キレイごと抜きにすれば影響はあった気もする。歴代トップと言われる得票数で当選した彼女は校内随一の求心力。単純な知名度でいえば朔先輩をも凌ぐ──って、比べたりしたら失礼か。そもそも朔先輩と彼女は系統が全く異なっている。
端的に言えば、彼女は朔先輩と違って──なんというか、その、うん。
「世界一可愛いよねー、カイチョーって! 初めて見たときびっくりしたもん」
言葉選びに迷っている僕へ、助け舟を出すように獅子原が言う。その発言に、
「「…………」」
こいつ、はっきり言ってくれるよなー、と。複雑な表情を浮かべるのが他二人。
「え、なにっ? 言っちゃいけなかった?」
「いけなくはないんだけどさ……年上に対して『可愛い』って表現はどうなのかな?」
「なんでさー? 褒めてるんだよ?」
「人によっては誉め言葉に聞こえないってこと」
「可愛いが?????????? どーして??????????」
宇宙の法則が乱れる! みたいな顔の女に、「たとえばね」と諭すように切り出す舞浜。
「ハムスターって可愛い?」
「うん。なんかちっちゃくて可愛い」
「じゃあそのハムスターが都庁くらいおっきかったとしたら?」
「エッ! イヤッ! ヤダーッ! 全然可愛くない……デカすぎるもん」
「でしょ? 人は自然とね、巨大なものや畏敬の念を抱くものに対しては『可愛い』って表現を使わないの。よーく覚えておいて?」
「あ〜……あっ! リスペクトが足りない……ってコト?」
「そうそう、なんでもかんでも可愛いって言うのは感覚が麻痺してるんだよ。サーベルタイガーが歯茎むき出しで可愛い、ピサの斜塔が傾いてて可愛い、しまいには太陽の黒点まで可愛いとか言い出すSNSのお馬鹿さんみたいに、獅子原さんは絶対ならないようにね?」
お馬鹿さん。優等生らしからぬワードがさらりと飛び出しても耳を疑うようなことはなかった。というのも彼女、まさしく『SNSのお馬鹿さん』を自ら実践していた時期があり──軽く修羅場になったりもしたわけだが。
「うん! ありがとー、碧依ちゃん」
「どういたしまして」
ズッ友だよ、と言わんばかりに抱き着いて感謝を表す獅子原。それを受け入れる舞浜。
女子のコミュニケーションってよくわからない。いや、女子というかそもそも。
「なあ、お前ら二人って…………仲はいいんだよな?」
爆弾処理班になったつもりで質問したら、二人はきょとんとする。
「えっ? フツーにいいよね、あたしら?」
「もちろん。普通に仲良しだよ、私たち」
「ふつう」
マジックワードの濫用に思えたけど、曖昧さの美学を今だけは普通に尊重しておいた。
生徒会の人間がお邪魔すると思うけど、陸上部の練習があるので自分は行けない。