異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
一章 可愛い=Xの法則 ⑤
会長に対して『可愛い』って言うの禁句だから、特に獅子原さんは気を付けてね。
以上の旨を舞浜から言付かって、迎えた放課後。
「拭くぜ〜、超拭くぜ〜?」
来客に備え、宣言通り部室内の掃除に勤しんでいるのが獅子原。住宅用洗剤をシュッシュと吹きかけながら、テーブルや椅子に雑巾をかけてピカピカに磨いていく。ちなみに少し前までは箒を持って「掃くぜ〜、超掃くぜ〜?」をやっていた。
口調がちょいちょいアレなのはたぶん、朔先輩から借りたラノベを読んでいる影響なのだろうけど。手際自体はテキパキしており好印象。家庭的なギャルって実在するんだ。偏見は捨て去って素直に感謝したい。
なにせこの部屋、もっぱら散らかす専門の誰かのせいで、床には細かいプラスチック片が大量に落ちているし、家具類には油や塗料がべっとり付着している。文芸部なのにプラスチックや油や塗料の残滓がある時点で事件性が感じられるけど。
とにかく綺麗なのに越したことはない。それはゴミや、汚れの類に限らず。
「……よしっ。詰めたらギリギリ全部入ったな」
遊び道具、食器、工具、スプレー缶。パっと見で「なんでここにあるの?」と追及されそうな危険物たちを、僕はスチール製のロッカーに押し込んだ。引き戸を閉めて施錠すれば衆目に晒される心配はない。当然、鍵の在り処を悟られないのが前提なので。
「ここに入れておけば安心、と………」
僕が制服のスラックスをカチャカチャさせていたら、「えっ、ちょ! こーもりくん!?」不審者を目撃したみたいに獅子原が寄ってきた。
「ロッカーの鍵、今どこにしまった?」
「ベルトの裏」
「なぜに?」
「いつだったか父さんに教わったんだ。海外で強盗に襲われたりしてもさ、ここに紙幣を何枚か隠しておけば奪われずに済むんだって」
「ここジャパンだよ?」
「そういう甘い考えの奴から襲われるとも言ってた」
備えあれば患いなし。一通り片付いた室内を見渡して僕は最低限の満足を得る。欲を言えば飾られているプラモ類も撤去したいのだが、勝手にいじってパーツが破損しようものなら怒髪天を衝く女がいるので現状維持。
無論、本人の許可を得た上で移動するのが賢い選択だったが。
「珍しいねー、この時間になってもまだ斎院先輩が来てないの」
「今日は来ないかもな、あの人」
「えぇ? せっかく生徒カイチョーさんがお越しになるのに?」
「だからこそだよ。昔から悪運だけは強いっていうか、虫の知らせっていうのか」
「……あのさー、強盗だの虫の知らせだの、なんでさっきから不吉なこと言うのー?」
せっかくのお祭り気分が台無しだよ、とでも言いたげな獅子原。生徒会長の来訪に対して何か好意的な妄想を膨らませているらしい。
「逆に聞くけど、なんで生徒会長サマなんてお忙しい方が、こんなしみったれた部室に好き好んで足を運ぶんだと思う?」
「なんでってそりゃ……きっと表彰か何かされるんだよ」
「表彰?」
「相談に来た人に書いてもらってるアンケート、もう結構な量じゃん? その評判を聞きつけた偉い人たちが今期のギャラクシー賞的なものを授与しに──」
「………………」
薄々感づいてはいたが、おそらく獅子原は『てめえの頭はハッピーセットかよ』と煽られても『I'm lovin' it……ふぇ〜、恋の始まり!?』とナチュラルに煽り返す超人。そのままの君でいてほしいと本気で思ってしまった。
「……まあ、だといいな」
「だよねー、いいよねー」
世界平和ってここから始まるのでは。僕が粛々と人類史に貢献していたら。
「すみません。よろしいですか?」
と、廊下の方から声がする。開けっ放しの出入口からこちらを見ているのは、スレンダーな女子生徒。黒縁の眼鏡に、前髪を切り揃えておさげが二本。いかにも真面目そうな雰囲気。
「生徒会の者です。話は通っているそうですが」
「あーっ、はいはい、聞いてまーす!」
待ってましたとばかりに招き入れる獅子原。そのまま「どうぞおかけになってください」と椅子を差し出すのだが、「お構いなく」彼女がそこに腰を下ろすことはなく。
「三年の柊と申します。生徒会では副会長を務めております」
「へー、柊さん、副会長……あれれ? カイチョーが来るってハナシだったんじゃ……」
「失礼、お話の前に」
柊副会長は、獅子原と僕の顔を交互に見比べて──最終的に僕の方へ視線を合わせる。
「責任者はあなたですか?」
「部長が不在なもので。代理って意味なら僕になります」
「そうですか、なら……」
彼女がブレザーのポケットから取り出したのは、細長い機器。スマホよりもさらに小型のそれを、不正はないとでも示すように、よく見える位置に掲げて。
「会則により記録を残す必要がありますので、ここからは録音させてもらっても?」
「ボイスレコーダー、ね」
思わず肩をすくめる。ああ、そうですか、やっぱりそうでしたか。
「録音? 記録? ぬぅ?」
何が起こっているのかわからない女に代わって僕が答える。
「ご自由に」
「感謝します」
副会長がレコーダーを起動するよりも先に、僕は獅子原の肩を叩く。
「聞かれたことには僕が答えるから、無理して喋らないでいいぞ」
「えっ? あー、はい…………」
そのまま立ち位置を変更、文字通り僕が矢面に立たされる。
「もう一つお願いがあるのですが……作業の関係上、人数が必要でして。他の役員が入室するのを許可してもらっても?」
「ええ、好きに調べてください。やましいことは何もありませんから」
「ありがとうございます。では……みなさん、お入りくださーいっ!」
副会長が外に向かって声を張ると、どうだろう。物陰にずっとスタンバってましたと言わんばかりに、ぞろぞろ現れたのは税務署の職員──ではなく生徒会の役員。
男女混合で六人、お揃いの白い手袋にマスクを着用している。
「こんにち、は?」
戸惑いながらも挨拶を欠かさない獅子原に、彼らは小さな会釈で応えると。
「所定の作業、始めまーす!」「了解、テープ張りまーす!」「光源、確保しましたー!」
僕たちの前で『作業』が開始された。
ある者は『立ち入り禁止』と書かれた黄色いテープを引いて出入口を塞ぎ。
「え……こーもりくん。あの人たちいったい、何やってるの?」
「ご覧の通りだろ」
ある者はペンライトを片手に棚の後ろの暗闇を覗き込み。
ある者は『A』や『B』のアルファベットが書かれた黒いパネルを床に並べていき。
「されるがままでいいの?」
「大人しくしとけ」
ある者はごつい一眼レフを構え、シャッターを切るとストロボフラッシュが光った。
「いやいやいや、黙ってないでさ?」
「…………」
ある者は耳かきの梵天みたいな白いポンポンを使って指紋が残っていそうな場所を──
「警察の鑑識ですかぁ!?」
と、そこでついに獅子原が絶叫。一発では収まらず。
「事件の現場ですかぁ!?」
二発目の咆哮。どちらも至極真っ当なツッコミではあるのだが、
「鑑識ではなく生徒会です」
「わかってるよ! だから驚いてるんでしょ! なんで刑事ドラマみたいになってるの!」
副会長はローテンションを一切崩さず、他の面子も僕らには目もくれない辺りプロ。
「汚い言葉を使うな、獅子原。録音されてるぞ」
「あっ、ごめんなさい……いやでも、その録音からしてもうイミフの極みだしさ。こういうのなんていうんだっけ。カチコミじゃなくって、片栗粉でもなくって……」
「ガサ入れ、家宅捜索?」
「そうそれ。あたしたちが何をやらかしたっていうの!」
「奇遇だな。さっきから僕もそれをずっと考えている」