異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
二章 死に至るわけでもない病 ①
例によって、ミューデントを理解する上でまずは元ネタとなる超自然的存在の方について、ざっくり触れておこう。
Vampire。
日本においては今でこそ統一的に『吸血鬼』と翻訳され、あるいは『ヴァンパイア』としてそのままカタカナでも通じるほど市民権(?)を得たが、歴史自体は浅い。もちろん概念としては古くから存在していたのだろうけど、呼称が定着するのは近代以降。
そのイメージや定義を明確にしたのが、アイルランドのブラム・ストーカーが書いた小説。彼の作品に登場する伯爵の名前【ドラキュラ】=【ヴァンパイア】=【吸血鬼】だと誤解している人も多いくらい。特徴をいくつか挙げるなら。
・不老不死性──血液を食料としており、若い女の生き血を吸って若返る。
・変化能力──体の大小はもちろん動物や霧にもなれる。
・エスパー能力──催眠、幻術、テレパシー、一通り。
・苦手な物──ニンニク、十字架、日光、流水、エトセトラ。
詳細は省くけど、ヴァンパイアと聞いて思いつく要素はほぼ入っているはず。
言わずもがな後世の創作にも多大なる影響を与えており、ここから足したり引いたりミックスしたり。訓示性の強い作品だとヴァンパイアも所詮は魔物の一種、最終的には退治される役割なので弱点が強調されやすい。逆にライトなコミックや小説だと、こいつどうやって倒すんだよってくらい弱点は取っ払われていたりもする。
…………で、いよいよ本題。現実におけるミューデントの話。
とはいっても、他のミューと同様。世界の法則を乱すようなパワーは秘めていない。
不老不死でなければ、超能力は使えないし、日光を浴びても灰になったりはしない。
そんな彼らが『吸血鬼』と呼称される由来は、その名の通り人の血液を口にするから。
これだけ聞いたら十分な特異性。突如として乙女の首筋に嚙み付き、鋭い歯に鮮血を滴らせる姿を目撃した日には夜も眠れなくなりそうだが。
実際は吸ったり嚙み付いたりのバイオレンスは一切なく。
「要するに──そもそもはTCG部の連中が不当な賭け勝負に手を染めたのが発端だったと、君はそう言いたいわけだな……古森翼?」
「はい。朔先輩は被害者の相談に基づいて、それらを取り返しただけ……」
裁判所の法廷だな、これ。
今の状況をわかりやすく表現する言葉を見つけて、僕は訳もなく安堵していた。
思えば昔から朔先輩のせいで、弁護人という名の貧乏くじを引かされ続けてきた。最適解のムーブをできるよう否が応でも体に仕込まれていた。
「なるほど。大方把握させてもらった」
「何卒ご寛大な処置をお願いします」
「慇懃無礼は鬱陶しいぞ。最初から事情を聴取しにきただけなんだ」
「その割にはボイスレコーダーとかキープアウトとか、えらく殺伐としてましたが?」
「端からなあなあでは舐められるだろう。私のような見てくれの人間は特にな」
こうして見ると、赤月会長は警察や検察よりも裁判官という呼び名がしっくりくる。
ロケーションは変わらず、文芸部の部室。家捜しを終えた生徒会メンバーは会長を除いて撤退。任意の事情聴取が実施されていた。
「失礼します」
と、そこで少し前に席を外していた眼鏡の副会長──柊さんが帰還。
「聴取の進捗はいかがです、会長?」
「上々だ」
「それは何より……どうです、この辺りで一服?」
「おおっ。気が利くじゃないか」
テーブルに着いた赤月会長が柊さんから受け取ったのは、銀色のパウチ。
一見ゼリー飲料でも入っていそうなそれには、
『飲食物ではありません!』『ヴァンパイアONLY!』『子供の手の届く場所に置かない!』
物々しい警告が書かれている。しかし、そのキャップを開けて迷わず口を付けた会長は、命の水と言わんばかりに喉を鳴らして。
「……はぁ〜〜っ……生き返る……」
風呂上がりに流し込むキンキンに冷えたビールの一口目。まさしくそんな愉悦が伝わってくる。ビール腹とは無縁の美少女によって紡ぎ出されるその情景を、
「うわー……飲んでるよ〜、ゴクゴク飲んでる……!」
好奇心半分、感動半分で見つめる獅子原。気持ちはわかる。
なにせあの中身は人間の血──色はトマトジュースみたいでも紛うことなき血液だ。
血液の売買が禁止される日本では入手自体困難。ヴァンパイアが国(正確には認可法人)から特別に支給された物を、生徒会室の冷蔵庫にストックしているらしい。
なお、輸血用の血液は遠心分離したのち成分ごとに低温・常温・凍結で保存されるが、飲用の場合その限りではない。
「あの〜! 美味しいんですかー、それ?」
聞かずにはいられないとばかり、身を乗り出して挙手する獅子原。
僕は無関心を装いつつ「いい質問だな」と内心サムズアップ。気になるだろ、だって。
データとしては知っている。ヴァンパイアがミューデントの自認をするきっかけは、口内を出血したり切った指を舐めたりした際。僕たちだったら鉄臭いとしか思えないそれに、彼らは違う何かを感じる。つまり『血液に対する味覚』が変異しているのだ。
「ふぅーん、気になるのか。ならば答えてやるのが務めだろう」
上機嫌に見える会長は赤い舌先で唇をペロリ。
「忌憚なくいえば、美味しくはない」
「えぇ……!?」
獅子原と共に僕も困惑する。そんなに美味しそうに飲んでるのに?
「なかなか複雑なんだよ。甘味、塩味、酸味、苦味で分類するのなら……おそらく苦味に一番近いんだろうが、不思議と嫌な苦さではなくって……うう〜ん」
言葉に詰まる会長。僕も詳細が気になってしまい、
「お高めの青汁みたいな感じですか?」
尋ねるのだが「いや、そんなに苦くはない」と首を振られる。
「むしろほんのり甘さもあってホップな味わい。香りも含めた全体のバランスが爽やかに心地良く感じられて、口腔内の油を流してすぅーっと喉を通る感覚もたまらない」
やっぱりビールじゃないか。わかったことは一つ。どれだけの高級料理だろうと、どれほどの美食家だろうと、文字や言葉で美味しさを伝えるのは至難の業。
「とにかく癖になる味わいだな」
「……ってことは、あたしもワンチャン行けるかな?」
「ノーチャンスだからやめておけ」
目を輝かせる獅子原に僕は嘆息を返す。
同じ行為を一般人が真似したら秒で吐く。無理して飲み干そうものなら鉄分の過剰摂取で最悪ショック死しかねない。裏を返せば、ヴァンパイアの体にはそれを防ぐシステムが具わっている──こんな風に書くと血液から栄養を摂取しているようだが、余分な鉄分が体内に蓄積されないというだけだ。
彼らもエネルギー源自体は僕らと同じく肉や野菜や米。飲血(※血液を経口摂取する行為を指す)は、生命維持に直結しているとまでは言い難い、のだが。わざわざ国から支給されている限りは、科学を超えた神秘、相応の理由がある。
「ふぅ〜、やはり飲血は精神安定剤、飲血は全てを解決してくれる」
会長はトリップしたように甘い吐息を漏らして、
「一発キメればシャキっとする。嫌なことぜーんぶ忘れられる」
外見年齢小学生の人間が口にしちゃいけない、危ない台詞を平気で吐いてくれる。
断っておくが、合法である。医学的な見地に基づいたホワイト。
ヴァンパイアならみんなやっていることだし、依存性は低いから日常生活に支障を来さないし、車の運転前に服用が禁止されていることもない。
いわゆる嗜好品、コーヒーやエナジードリンクに近いものだと僕は認識している。カフェインの有害性を考えればそれらよりもよっぽど安全だろう。