異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
二章 死に至るわけでもない病 ②
無論、乱用はご法度。酒にせよタバコにせよ理性によるコントロールが大前提の一方、いくら理性的な人間でも現実逃避しなければやっていられないときがある。会長にとっては今がまさしくそのシチュエーション。
「……で。悪いが、そろそろ、その馬鹿を起こしてもらえるか?」
一喝する気力もないのだろう。申し訳なくなった僕はすぐに立ち上がる。
「あー、先輩、朔せんぱーい?」
すぴー、すぴー。背もたれにぐでーんと全身を預けて寝息を立てている女は、
「起きろって、おい」
「…………………ふがっ?」
とろーんとした目を数回しぱしぱさせてから、気持ちよさそうに伸びをした。
「う────ん……おはよう。生徒会長の説教は終わったのかしら」
「貴様、よくもぬけぬけと『無関係です』みたいな顔でいられるな?」
激しく同意する。某大作MMOのアーリーアクセスで寝不足なんだとかぬかして、今に至るまで睡眠学習を続けていた朔先輩。
「自分の行いが賭博罪に問われかねないのを理解しているのか?」
「あーら、奪われた側の人間には泣き寝入りしろっていうの?」
「救済のためとはいえ悪事に手を染めていい理由にはならない」
水と油以上に相容れない二人。堂々巡りは目に見えているので。
「……あのー、僕からの提案です」
悪いことをしたのは謝るし言って聞かせる。
だけど人助けしたのは事実だし、今回はこれくらいで勘弁してやってくれないか。
譲歩に見せかけた一方的な嘆願に、会長は。
「ふむ。君がそういうのなら、聞いてやらんこともない」
「ありがとうございます」
話が通じる人で良かった……ん、君がそう言うのなら?
「だが、あくまでこの一件についてだけだ。他の件については別途、追及が必要」
「別件もあったんですか」
朔先輩のことだから余罪の一つや二つ抱えていてもおかしくはないが。
「柊、読み上げろ」
会長に命じられた柊さんが「はい」と答えて手帳を取り出す。
「まずは将棋部から。貸した将棋盤がすでに一年近く返却されていない。部費を溜めて購入した貴重品なので、占有は厳に慎んでほしいとの苦情が入っております」
「あー、はいはい」
ロッカーに詰め込まれた将棋盤を思い出して、僕は申し訳なくなるのだが。
甘く見ていた。想像を絶していた、が正しいか。
「同様に、パソコン部からは返却を受けていないノートパソコン他、ルーターなどの通信機器一式。写真部からは撮影機器一式、漫画研究部からはコミック類多数、料理部からは調理器具一式、美術部からは画材用具一式、他にも運動部関連で──」
「ちょ、ちょ、ちょ……」
僕は途中で耳を塞いでしまう。
「──以上、締めて十二件。生徒会に寄せられた苦情の内訳です」
「どんだけ迷惑かけてるんですか、あなた!」
「うっそ〜、そんなに返してなかったかしら?」
「借りパクする奴が決まって言う台詞……」
「でも待って、翼くん、聞いてよ? そもそもあの将棋盤は、私が将棋部の主将に五番勝負を挑んで見事に逆三タテした戦利品だし、パソコンにせよ漫画にせよ互いに納得した勝負の結果、担保として譲り受けたにすぎない──」
「もうギャンブル依存症だ」
語るに落ちた朔先輩を前に僕は絶望する。
「理解できただろう。これが斎院朔夜という女の本性だ」
僕を見る会長の目は青く澄み切っており、「目を覚ませ」と言い聞かせる宣教師のよう。
「君が身を挺してまで庇う価値なんて──」
「待ってください、カイチョー!」
と、声を上げたのは獅子原。
「違うんです! 悲しいすれ違いと申しますか、大いなる誤解と申しますか……あたし、馬鹿だから上手く説明できる自信ないんですけど。とにかく斎院先輩は、カイチョーの思っているような悪い人じゃないんです!」
懇願する様子はなんだか、彼氏のDVを第三者から咎められて「普段はいい人」「優しいときもある」とか言って擁護する洗脳済みの彼女みたい。
DVも洗脳もしてないけど、朔先輩を善悪で峻別するなら大体後者だろう。
「あたしに『本当の自分らしさ』を教えてくれた恩人……救われた人だっているんです!」
「その点は、身内から報告を受けている。どうぞ寛大な処置をという口添え付きでな」
身内。誰とは言わなかったが十中八九、舞浜だろう。
「これでも一定の評価はしているつもりだ。その上で尋ねよう……君は思考停止に陥ってはいないか? 一の善をもって百の悪を受け入れてはいないか」
「だ、だから、悪いことなんて全然……」
「たとえばこの部屋の中で彼女が、およそ生産性の垣間見えない私的な娯楽活動にうつつをぬかしている現場を、目撃しているのではないか?」
「うっ……」
目撃どころか日常茶飯事。
なにせ毎回ノリノリでその娯楽に付き合っていたのが思考停止のイエスマンである。
「学校は勉学に励むための場所。課外活動はその大前提の上に成り立つ」
そんな獅子原に対して、じわじわ退路を断っていくような口振りの会長。
「ど、どーいう意味でしょうか?」
「部活動に傾倒しすぎて試験で赤点を取るなんて、本末転倒だと言っているんだ」
僕は「いやいやいや……」と半笑いで首を振ってしまった。赤点は、さすがにない。獅子原がいかに刹那主義だろうとも、そこまで落ちぶれているはず──
「二つまでならセーフじゃないんですか!?」
あったらしい。三秒ルールの真実を知ったみたいな獅子原に、僕は問う。
「どこ情報のセーフだ?」
「バスケ部のちーちゃんだよー。三つ取ったら職員室で土下座なんだって」
「それは運動部内の自治ルールであって」
「あたしは何個取っても平気ってこと?」
「最強かお前。赤点なんて一個でも恥……」
「いいえ、獅子原さん。テストの点なんか、必要以上に気にしなくていいわ」
僕の戒めを真っ向から否定したのは、ギャンブル依存症の借りパク常習犯。
「考えてもみなさい。この世には、勉強なんてできなくてもAO入試で有名大学に合格してテレビ局に入社してスポーツ担当のアナウンサーになってイケメンのプロ野球選手と結婚して最終的に莫大な富を得る女性だっている──」
「…………」
瞬間、僕の視界はぐにゃりと歪む。
朔先輩の堕落しきった持論に、可塑性の高さゆえ感化されてしまう獅子原。
伊達や酔狂では済まされない悪循環の構図を、冷めた目で見つめているのは部外者二名。赤月会長と柊副会長だった。
本来なら僕もあちら側のスタンスで然るべきところ──いつからだ?
いつから僕は、濁り水に吞まれていた?
表面上は否定しながらも深い部分では受け入れていた。仕方ないでは済まされない醜態を仕方ないで済ますようになっていたのは。
なんたる怠慢。悔やんでも悔やみきれなかったが。
「過ちを正すのに、遅すぎるということはない」
叱責どころか赦すように会長は言う。僕の落胆や自責の念を、おそらく余すところなく理解した上で。慎ましくも儚い、モノがモノなら○学生と伏せ字にされそうな風貌に、これほどの大器を具えているとは──そんな偏見を抱いた自分を恥じる。大事なのは中身だ。
「どうするのが最善か……あえて言わずとも、君には理解できると思うが?」
会長の真っ直ぐな瞳。その真意を僕は瞬時に理解した。ここで我々が争ってどうする。利害の一致。そう、正義の心を取り戻すのは今。
「異議なし!!」