異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

二章 死に至るわけでもない病 ③

 僕は力の限りに叫んだ。ついでに立ち上がって拳を握る。周りの人間からすれば発作のようにも映っただろう。「逆裁!?」ぎょっとしている獅子原と「ないなら座ってなさいよ」珍しくまともなツッコミの朔先輩、両方を無視して僕は会長に歩み寄る。


「こちら、どうぞお納めください」


 僕がベルトの裏から取り出したのは一本の鍵。


「ロッカーの鍵です。中には借りパク未遂の品が大量にあります」

「そうか……ありがとう。よく決断してくれたな」


 会長は、僕の勇気を称えるように二の腕付近をポンポン。本当は肩を叩きたいのだと思われるが、しまらない絵面になるのを(身長差的に)考慮したのだろう。つま先立ちの彼女を妄想して微笑ましく思っていたら。


「な、な、な、何を考えているのぉー、翼くーん!?」


 紛うことなき絶叫。頭を抱える朔先輩はアメコミの劇画タッチを彷彿とさせる。


「あなた、光秀だったの!? 陳宮だったの!? ブルータ────────ス!!」

「謀反のつもりはありません」

「ならどうして敵方に利する行為を!?」


 敵って誰だよ、とか言い出したら本格的に裏切りキャラの烙印を押されそうなので。


「あなた……というか、あなたたちを、最近は甘やかしすぎていました。いい機会なので、一度この部の紀律を見直すべきです」


 僕の提言に、「見直す必要なんてないよ!」果敢にも異議を唱えてくるのは赤点二つ女。


「遊び道具を取り上げるなんて斎院先輩が可愛そう。半分虐待じゃん」

「……獅子原、お前って奴は」

「あたしたち、これまでフツーに上手くいってたんだからさ。別に変わらなくたって……」


 もういい、もういいんだ。わかっている。獅子原は優しい。聖母のように優しい。それを十分に認識しながらも、僕は心を鬼にして現実を突き付ける。


「AO入試って言うほど楽じゃないぞ」

「完全に馬鹿を見る目をしているね!?」


 ハズレ。こいつの言うこと一気に説得力なくなったなーと思っているだけ。


「えー、というわけで。今後は賭け事禁止、プラモ禁止でお願いします。ついでにゲーム全般禁止、鍋パーティ禁止、ウザいライン禁止、スタンプ攻撃禁止──」

「ハァ〜!? そんな禁則事項だらけになったら私はここで何をすればいいの!」

「大人しくしていればいいと思います」

「え、え、え……じゃーあたしは?」

「授業の予習復習だろうな」


 そんなー、という女子二人の怨嗟が木霊する最中、満たされている男が一人。

 正しき行いをしたあとの心地好い万感に浸っていた僕は、このとき。


「……やはり私の見立ては正しかったか」


 会長がこぼした思わせぶりな台詞に気を取られることはなく、彼女から向けられた視線の意味さえも推し量ろうとはしていなかった。




 小さくて大きいヴァンパイアの来訪は、文芸部(無法地帯)を文芸部(禊中)に変えてしまうくらい衝撃的だったが、そんなものはあくまで狭い世界での出来事。

 二時限目の英語が終了して、教室内に広がるのは昨日となんら変わらない日常。文化祭の展望を語り合ったり、返却された中間テストの結果に一喜一憂してみたり。その両方に無関心な僕が退屈を持て余している部分まで瓜二つだったが。


「そっかそっか。色々あったんだねー、うん」


 特異点になり得る女子が一人。昨日はどうだったの、会長お邪魔したんでしょ、と聞きたがった舞浜。顚末を話してやったら申し訳なさそうな顔となり。


「私も陸上部休んで行けば良かったかなぁ」

「来ても結果は一緒だったと思う」

「そうかなぁ……そうかも……いやー、ごめんなさいね。詳しい内容は教えるんじゃないぞって会長から釘刺されたから」


 バラしたら視察にならないので当然の処置だが。


「どこかの先輩は『狙い撃ちされたみたいで気に食わないわ!』ってボヤいてたな」

「前々から標的にしてたのは確かだろうね」

「文芸部を? 朔先輩を?」

「主に個人の方。それを聞くってことは古森くん、二人の因縁については知らないんだ」


 誰と誰を指すのかは明白だけど、因縁なんて表現されるとなんとも。


「性格的に合わないにしろ、仲が悪くなるほど面識ないんじゃ?」


 その割に(会長の方から一方的に)敵対視しているのは気になっていた。


「本人っていうよりは、外野がゴチャゴチャ騒いでるせい……ほら、両者ともに超有名人なわけじゃない? 良くも悪くも大衆人気を二分していると申しますか、引き合いに出される機会も多いみたい」

「比べるまでもなく会長が上だろ。現に選挙はぶっちぎり……」

「でもそれってさ、裏を返せば有力な対抗馬がいなかったってことにならない?」

「他が弱いせいで選択肢がなかった、と?」

「もっと直接的に言えば、斎院先輩が出ていれば選挙の結果は違っていたのでは……斎院政権の爆誕もあり得たんじゃないかって、もっぱら語り草なの」


 実現すれば暗黒時代の幕開けだろうが。


「まるっきり、たらればの妄想だろ。信長が総理大臣になったら的な」

「うーん、一概にそうとも言いきれない理由があってだね……実は当時、正規の投票とは別にSNS経由で匿名のアンケート、その名も『裏選挙』が開催されまして」

「裏か。裏ね……」


 響きからして不快。裏金、裏アカ、裏サイト。裏は総じてろくでもない。


「もちろん非公式だけど、参加人数はびっくりするくらい多かった……ていっても、こういうの嫌いな古森くんの耳には入らなかったんだろうね」


 逆にお前は詳しいな。かまととぶるのはナンセンス。光の優等生を演じながら裏アカの闇に長らく染まっていたのが舞浜なのだから。


「これが一部の界隈ではひじょ〜に盛り上がっちゃったんだよね。なんせ表舞台では拝めない『斎院朔夜VS赤月カミラ』の一騎打ちが実現するんだから!」

「……お前が企画担当したわけじゃないんだよな? 念のため」

「これについてはノータッチ」


 良かった。他にはタッチしているみたいに聞こえたら負けだ。

 早い話がなんでもありの人気投票。熱狂する気持ちもわからなくはない。


「で、結果は?」

「なんと僅差で斎院先輩の勝利! 見事『裏生徒会長』の称号を獲得したってわけ」


 民主制の敗北を見た。アイドル議員なんて可愛く思えるレベルの暗君だぞ。


「あんな人間に我が校の未来を託せると、本気で思ってるのか?」

「微妙だね。だからこその『裏』なんでしょ。深く考えたら負けっていう……まー、私からすればやる前から結果はわかりきってたけどね」


 一家言ありそうな舞浜は思案顔。


「オンラインの匿名で声が大きいのって逆張りマンばっかりだからさ。表の方で赤月勢力が優位だってわかれば裏ではそいつを負かして恥かかせてやろうっていう陰湿な思考回路に突き動かされるわけ。王道を外している俺カッケーっていうのかな? んまーそれで勝ったところであなたは一ミリも偉くないんですけどねって悲しい事実に気付かないうちは辛うじて死を免れているにすぎない──」

「大体わかった」


 裏の舞浜が漏れているので栓を閉める。最近は割とガバガバな気もする。


「暇つぶしの遊びにすぎないってわけだな?」

「そうそう、半分以上お遊び。アングラで楽しむ分には笑えたんだけど……いつの時代にも現れるんだよねー、暗黙のルールすら守れない無法者が」


 口で説明するより早いかな、と。

 舞浜が机に広げたのはA3くらいの大きな紙。縦書きの細かい文字や、ところどころモノクロの写真が印刷されたそれには、『むさしの新聞』なるタイトルが冠されていた。



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