異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
二章 死に至るわけでもない病 ④
「古森くんに見せようと思って、資料室から持ってきたんだ。去年の秋口……ちょうど生徒会選挙のあとに頒布される予定だった、いわくつきの校内新聞」
「いわくつき……そもそもうちに新聞部なんてあるんだな」
「あったというのが正しいかな」
「なんだって?」
「とにかく読んでみて」
言われた通り紙面に目を落とす。
真っ先に飛び込んでくるのは『斎院朔夜、裏選挙を制する』というメインの見出し。公共性の求められる媒体で臆面もなく『裏』と書いている時点で正気を疑う。
悪い予感は的中。小見出しも『裏選挙こそが民意の代弁』『赤月カミラは偽りの王』『ロリコンの一票は清き一票なのか?』などなど、偏った思想が透けて見えてしまい。本文中も『永遠の敗北者』『ゴミ山の大将』『空虚な人生』──センセーショナルといえば聞こえはいいが、誹謗中傷に等しい単語で赤月会長をこき下ろしている。
「海軍大将が書いたのかこれ?」
「新聞部だって。海賊を目の敵にしてるわけじゃない」
「してないのによくここまで書けるな」
「単純な話だよ。こうやって煽った方が、赤月会長のアンチは『そうだそうだ!』って便乗してきて、逆にファンは『ふざけんな!』ってガチギレ……話題になるでしょ?」
炎上商法の教科書。それでいいのかと首を傾げる僕を見て、
「スポーツ新聞みたいな。情報じゃなくて娯楽を提供するっていう」
言い得て妙。納得したらいけないけど納得してしまった。
「そう考えるとクオリティ高いな。存在意義のわからないエロコラムが載ってる部分までそっくり……どうやって調べたんだよ、氷上先生のカップサイズなんて」
「すご〜い! 短時間で随分読み込んだね〜?」
お前が読めって言ったんだろ。
「……にしても、よくこんな記事でゴーサインが出ると思ったな。頒布する前に教員のチェックとか入るんじゃないのか?」
「おっしゃる通り。悪ノリしてTPOを弁えなかった結果、当該記事の公開は差し止め。新聞部には先生から厳重注意の上、一か月の活動休止が言い渡されましたとさ」
「無難な処分だな」
廃部だったらさすがに同情するけど。僕の思考を読み取ったのか「えっと、この話にはまだ続きがあって……」舞浜は重そうに口を開く。
「結局、新聞部の活動が再開されることはなかったの」
「え?」
「赤月会長が就任してすぐに解体したから」
「…………………………ほう」
「本当にあった怖い話みたいな顔しないで。部員の素行不良だったり、部費の私的な使い込みだったり、廃部になっても仕方ない問題が色々あったんだよ」
「そうか。ちなみにこの記事、会長の目には入ったのか?」
「…………」
「そこで黙るのが一番のホラーだぞ」
真実は藪の中という結論にしておこう。
「ま、あの人に限って私怨で権力を振るったりはしないか」
「同感だけど……古森くんって会長と面識あったの?」
「ない。昨日会った感じだと真面目な人なんだろうなーって。変にかっこつけてる喋り方を除けば好印象だった」
「かっこつけてる、ですか……」
一言余計でしょと窘められるのかと思いきや。
「君はときたま真理を突くよね。実際、会長ってそこだけはちょっと…………」
「ちょっと?」
「ううん、なんでもない。それより、会長と古森くん、初対面だったんだ。私はてっきり何らかの恋愛フラグか立っているものとばかり」
僕が「何言ってんだこいつ」の目を向けたら、舞浜は「だってさ」と返してくる。
「先週くらいだったかな? 急に会長が『古森翼とは同じクラスだったな?』って話しかけてきて、性格やら出身中学校やら家族構成やら、やけに詳しく聞きたがるものだからさ。君にもついに春がやってきたんだなって、嬉しくなっちゃった」
全体的に不可解。とりわけ舞浜の思考回路が謎だったけど、いったん保留して。
──会長が僕の情報を知りたがった?
「……言われてみれば、あの人、妙に僕を買いかぶってる節があったな」
「やっぱりフラグだよ! 古森くん、陰で女子に好かれる善行いっぱい積んでそうだもん」
「積んでない。むしろ犬とか蹴っ飛ばしてる」
「露悪的なのも魅力だね。会長は好印象って話だけど、斎院先輩と比べたらどっちが好き?」
「好きと好印象だと意味が違ってくるし、なぜお前はいつも比べたがる?」
「探求心かな」
免罪符のように答えた女は、「はい、じゃあ問題です」ぱちんと両手を合わせる。
「ここが海の断崖絶壁だったとして、斎院先輩と赤月会長が下へ落ちそうになっています。片方しか助けられないとして、あなたはどちらを助けますか?」
「無益すぎるトロッコ問題」
期待を寄せる舞浜の瞳が眩しい。方便でも答えなければ白けそうなので。
「…………会長にしておこう。後々、国家の重要なポストに就く可能性あるし」
「おー、上手く逃げたね。じゃあ、私と獅子原さんだったら?」
「獅子原を助ける」
「判断が早い!?」
「舞浜は人魚だろ。落ちても平気そう」
「泳げても高度によっては即死!」
現実的な抗議を受けてしまったけど、そんな二者択一を迫られる日はやってこないからむきになる必要なんてない。思考実験に究極の答えを僕が導き出したとき。
「ねえ! ねえー! ねえ────!!」
血相変えて乱入してきたのは獅子原。
「こーもりくーん、あれはいったいどういうことなの!? 事件だよこれは!」
「あれだのこれだの言うな。馬鹿に見えるぞ」
「いいから来てぇ……というか来い、命令だぁ!」
痴漢を確保したみたいに僕の手首がホールドされる。まだ舞浜と話している最中だったのに。すまんという視線を送ったら、彼女は笑顔で手を振ってくる。
「別にいいよー。私は泳げるから」
意外と根に持つタイプらしかった。
半ば拉致される形で廊下に連れ出される僕。
事件と騒ぐからには御触書の一枚でも拝めるのかと思いきや、廊下の中ほど、掲示スペースに張り出されているのは中間試験の成績上位者を知らせる紙。
わざわざ足を止めて眺める者も少ないそれを、獅子原は大仰に指差して。
「これ見て何か思わない?」
鬼の首取ったと言わんばかりにまなじりを裂く。しかし、何かと言われても。
「総合一位は舞浜か」
「それは予想通りだからいいの! あたしのウェアキャットアイが衰えていなきゃ……六位に『古森翼』って名前が見えるんだけど、これはどちらの古森翼さんでしょーか?」
「お前の知ってる男じゃないか」
「だよねぇ。当の本人はなんでノーリアクション?」
「え………………………………いつも大体これくらいの順位だから?」
「あり得なくない!?」
声を震わすほどの驚愕が伝わってきた。
「僕からすれば赤点二つのお前があり得ない」
「はっはっはっは、残念。今回は健闘したので一教科だけでした……じゃなくってさぁ!」
獅子原は、ぐすんと鼻水をすする。情緒が不安定だった。
「おかしいよ、こんなの……こーもりくん、あたしや斎院先輩と一緒に放課後は部室で漫画読んだり小説読んだりつまんないサメ映画観たり。ずっと遊んでたじゃん」
「いや、僕は参考書か問題集を開いてた」
「けへぇっ!?」
マラソン一緒に走ろうって言ったのに置いてかれたときの反応。獅子原は知らなかったのだ。自分が絶対時間の制約を学んでいる傍ら、僕が微積や分詞構文に励んでいた事実を。
「や、やばっ! 嫌な予感……こーもりくんがこれってことは、まさか……」
「大丈夫か。青い顔になってるぞ」
「確かめなきゃっ。一人じゃ怖いからついてきて!」
と、勝手に駆けだす女。精神状態が心配なので僕はあとを追う。