異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
二章 死に至るわけでもない病 ⑤
何を考えたのか獅子原は階段を上って三年生のフロアへ。掲示スペースには中間試験の順位表が張り出されていた。ほとんどは知らない名前だったが。
「総合一位、赤月カミラ。さすがは生徒会長だ」
「うん、それは予想通りなんだけど……………………あ────ッ!!」
「叫ぶな。上級生の方々が困惑する」
「五位に『斎院朔夜』ってあるんだけど! これはどちらの斎院朔夜さん?」
「みなさんご存じの女じゃないか」
「なんでノーリアクション?」
「いつもこれくらいの順位だから」
「お、お、お、おしまいだぁ」
腰砕けに尻もちをついた獅子原。上級生の方々が心配そうに見てくるからやめろ。
「合間時間を利用する秀才タイプの同級生に、サボっててもなぜか成績はいい天才タイプの先輩……あたしだけが凡人以下の落ちこぼれだったんだぁ」
「サボってるのは確定なのか」
「真面目に机に向かってる斎院先輩、想像できなくない?」
「半分悪口だな」
と言いつつ僕も正直想像できなかったりする。
まあ、実を言えば僕と朔先輩は同じ中学校出身──受かるのにも受かってからも苦労しており、当時の貯金というか少なくとも基礎はガチガチに固まっている。
その事実が獅子原にとって慰めになるのかは微妙。たぶんならない気がした。過去の積み重ねとかスタートラインとか、諸々含めた上での『比較』だから。
「はぁー、なんか久しぶりに思い知ったな、自分のちっぽけさ。赤月会長にしろ斎院先輩にしろ、完璧な主人公タイプだもんね」
「モブじゃないのは確かだけど……主人公か、朔先輩?」
「でしょー。漫画だったら確実に一巻の表紙を飾るタイプ」
一巻の表紙はない。なぜかわからないが断言できる。ついでに思うのは、
「表紙になるようなキャラばっかりじゃ面白くないだろ、どんな作品も」
「面白いよ!! エ○スペンダブルズもオ○シャンズ11もア○ンジャーズも全部名作……」
「そうやって朔先輩に薦められた映画をいちいち観てるから赤点取るんだぞ?」
少しいいことを言ったつもりだったのに微塵も伝わらない。それでこそ獅子原だと納得して精神の安寧を図った。
悪い期待については裏切らないのが斎院朔夜の特徴であり。
「ハァ〜……イライラして仕方ないわ〜……あーのミニマムヴァンパイアの鼻っ柱、どうすればポッキリ折れるかしら〜?」
誰に向けたわけでもない独り言が、表舞台に立つべきではないダーティさを助長する。
──主人公の姿か、これが?
やっぱりこの人に表紙は任せられない。
僕が確信をもったのは放課後、いつものように訪れた文芸部の部室にて。
朔先輩は、パイプ椅子に座ってふんぞり返って、おでこにかかった髪の毛を引っ張ってはグリグリねじったり、枝毛を発見してちぎったり。要するに何もしていないわけだが、普段の彼女を知る人間からすればこれがいかに尋常ならざるかは論を俟たない。
差し詰め牙を抜かれた虎、翼の折れた天使、遊び道具を奪われたサキュバス。
昨日の捜索差し押さえによって大部分の『暇つぶしグッズ』が没収。
パソコンと無線ルーターも持っていかれたので(元々、パソコン部の所有物だ)、Wi‐Fiすら繫がらない。月末が近い学生にとっては自前のギガを消費するのは厳しく。
「ロリ、わからせ…………幼女にぎゃふんと言わせる必需品といえば…………はっ!」
結果、犯罪すれすれの妄想に浸るしかない。矯正されすぎたせいで揺り戻しが半端ないっていうか、逆に落ちるところまで落ちてないか。
「閃いた。真音さん、結束バンドってなかったかしら?」
「あー、どこかにあった気もする………探してみますね」
僕は消えかけている文芸部要素に火を灯そうと、本棚からを適当な短編集を引っ張り出して開いているのだが、いまいち小説の世界には没入しきれていない。
だって朔先輩、禁断症状が起きたみたいに虚ろな瞳だし。
「ねー、こーもりくん。結束バンドどこにしまったっけ?」
「律儀に探すなそんなもん」
「えーでも、使うんだって」
「何に使う気なのか教えてもらっても? まさか後ろ手に親指を縛るんじゃ」
「ふーんだ。情報をリークしそうな翼くんには何も教えませーん」
「リーク、ですか……」
内部告発が遺恨となり、僕とは目も合わせようとしない朔先輩。「よく顔を出せたわね」という非難が伝わってくる。言われるまでもなく顔を出す気なんてなかったが、獅子原から「一生のお願いだから力を貸して」と泣きつかれてしまったのだ。
曰く、『賢い二人に教われば追試なんてへっちゃら!』だとか。
「あの〜、すみませ〜ん……斎院先輩? すこ〜しお時間よろしいですか?」
さっそく作戦決行。獅子原は猫なで声で朔先輩に擦り寄る。
「ん、どうかしたの?」
「わたくし、恥ずかしながら数学で赤点を取ってしまい。再試験の予定なんです」
「あらあら、大変ねー。進級にも関わってくることだし、最低限は頑張っておかないと」
「はい、おっしゃる通りなんですよ〜。だから大変にソーメーでいらっしゃる斎院先輩に、お力添えをいただけないものかと存じ上げましてぇ〜……」
「まっ! もちろん構わないわよ」
どんと胸を叩いて姐御肌を見せつける朔先輩。ガワだけ見たら『頼れる先輩』に擬態しており、藁にもすがる思いの獅子原はコロッと騙されたのだろう。
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「試験範囲はどの辺?」
「はい、ここからここのページまで……」
数学Ⅱ・Bの教科書を開いて説明する獅子原。その過程が全て徒労に終わる未来が想像できた僕は、いたたまれない気分になって目を逸らす。
──考えてもみろ?
家で自学自習に励む朔先輩は想像できないが、誰かの家庭教師をやっている朔先輩なんてもっと想像できない。眼鏡をかけてスーツを着ればワンチャンありかもしれないと不純な妄想がチラついたが、普通に考えたら絶対あり得ない。
スポーツにおいて優れたプレイヤー=優れたコーチとは限らないのと同じ──予想通り、僕が文庫本の一ページも読み進めないうちに個人レッスンは終了。
「……ありがとう、ございました」
「お役に立てて良かったわ」
頼られて嬉しい、私ってかっこいい。やりきった感を顔中から醸し出している朔先輩。
対照的に獅子原は憔悴しきった顔。席を立った彼女が脱走兵のように逃げ込んできたのは僕の隣。慰めを求めるような視線を向けられてしまったので。
「なんて言われたんだ?」
仕方なく尋ねたところ、
「……気合で公式全部覚えろって。覚えたら問題ひゃっぺん解けって」
恨めしそうな女。案の定、教え方が絶望的に下手だったけど。
「あながち間違った指導でもないと思うぞ」
「いやいや! そーいうんじゃなくってさ……ほら、あるでしょ? これだけ覚えておけば確実に負けないっていう、必勝法というか裏技的なサムシング!」
「あのなぁ……追試レベルなんて所詮やるかやらないかの差だろ?」
「出た。追試を受けたことないくせに追試をわかった気でいる人がよく言う台詞、第一位!」
はーこれだから困る、とため息をつく獅子原。腹の立たないマウントだった。
「他の人間にも同じこと言われたのか?」
「うん、りっちゃんからね」
「……あの女か」
本名は、冴島利津だっけ。獅子原の昔なじみにしてギャル一派のリーダー格。男子には厳しいことで知られ、特に僕のことを毛嫌いしている女だけど。今の話だとたぶん獅子原よりは成績がいい、少なくとも赤点とは無縁なのだろうから。
「勉強もあいつに教えてもらえば?」
「だーめっ。あたしの理解力ゴミすぎて、ペットボトル投げてきたりするんだもん」