異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

二章 死に至るわけでもない病 ⑥

「ペットボトルは良くないな」


 失礼ながら目に浮かんでしまった。別に冴島がキレやすいとかではなく。


「わかったでしょ? こーもりくんに教わるしか方法は残されてないんだよ」

「悪い。パワハラで謹慎処分は避けたい」

「あんたも投げるんかい!」

「無駄話してる暇があったら指数関数のグラフ一つでも書いとけ」

「あーもう、わかったってぇ……じゃーせめて、モチベ向上には協力してね?」

「それこそ僕に何ができる?」


 追試に受かったらブランド物のバッグ買ってくれとか。流行のスイーツ食べ放題に連れていってくれとか。今どきの女子高生にとってのモチベーションがその程度しか思い浮かばない時点で、戦力外通告待ったなし。


「できるできる楽勝。むしろこーもりくんこそ適任」


 物欲しそうな獅子原の目に、僕は財布の紐を固く締める。


「金ならないぞ」

「プライスレスだからご安心を。ってことで聞くけど、勉強できる子って好き?」


 唐突に開始された街頭アンケートのような何か。確かにお金はかからないが。


「なんだって?」

「だから、勉強できる子って好き?」

「一般論? 個人論?」

「こーもりくんにしかできないことって言ったでしょ!」


 それもそうだった。真意は不明だが、やけにこだわりが伝わってくる辺り獅子原のモチベーションに関わるのは事実なのだろう。相も変わらず彼女の思考体系には疑問符がつくけど、いくら考えても答えは出そうにないので。

 僕は答えが出る方の問題を解く。勉強ができる子、か。


「…………うーん、別に好きってわけでもないかなぁ。学校で習った内容が社会に出てから役に立つとは限らないし、難しい大学に合格することが人生の全てじゃない。仮にそのせいで年収が下がったり結婚できなかったりしても自業自得──」

「真剣に考えたように見せかけてどうでもいいっていう結論じゃんっ! もういいから……とりあえず言ってみよ? 僕は勉強できる子が好きですって……ほら、せーのっ!」

「いや、強制したらアンケートの意味がない」

「いいから言えー!!」


 怒鳴られてしまった。なぜかはわからないけど僕が悪い気もするので。


「……できないよりは、できた方がいいかもな」


 最大限に譲歩した発言だったが、それを最大限に拡大解釈したのだろう。


「だったら頑張らなきゃだね!」


 いよっっしゃー、と。シャツの袖をまくった獅子原はシャーペンを握りしめると、教科書を開いて黙々とルーズリーフに数式を書き連ねていくのだった。

 彼女が授業中以外にそうしている姿を、僕は過去に一度だって見た覚えがなかった。下手すれば授業中ですら数回も見ていない気がするため、いい意味で異常事態。


「やるぜあたしは! 偏差値40アップで有名私大に現役合格! うおーっ!」

「黙ってやれ」


 わからない。この女は何をモチベーションに生きているのか。いわゆるブラックボックスみたいな理論かも。獅子原の脳内システムが解析不能だとしても、やる気を出させることには成功しているのだからOK──と、僕が低い次元で満足を得る一方。


「見てるだけで暇つぶしになるから不思議よね、あなたたちって」


 いつからか顎を撫でて訳知り顔なのが朔先輩。十手先を読む棋界のホープみたいな眼光。人間観察──褒められた趣味じゃないけどギャンブルよりは百倍健全か。再び低い次元で及第点をつけていたら。

 ピンポンパンポーン……と、校内放送を知らせる電子音。


『生徒の呼び出しです。二年A組の古森翼くん……繰り返します、二年A組の古森翼くん』

「え、僕?」


 校内放送で名前を読み上げられる初めての経験に加え、


『至急、生徒会室まで一人でお越しください。生徒会長の赤月カミラさんがお待ちです』


 続いた内容には首を傾げてしまう。一人で?


「…………ま、会えばわかることか」


 訝りながらも腰を上げた僕を、「お待ちなさいっ」尖らせた声で制するのは朔先輩。


「ご指名されたからってほいほい従うなんて、翼くんそんなに従順だった?」

「従順ではなく、人として普通に……」

「わかってる? 生徒会室って言ったら巨悪の本拠地なのよ。卑しいヴァンパイアの小娘に何をされるかわかったもんじゃないわ」

「巨悪、卑しい。自己紹介ですか?」


 最近は小悪党に近いか。


「あーら、私の直感を侮らない方がいいわよ」


 朔先輩が流し目を寄越す。危険が迫っているのはお前なんだぞと警告するように。


「だってあの女、翼くんのことを舐め回すように見ていたもの」

「はい?」

「目つきがいやらしかったって言ってるの、性的な意味で。よっぽど文芸部を潰したいんでしょうね。色仕掛けを駆使してブレーンを籠絡するつもりなんだわ」

「言うに事欠いて暴論を……」


 僕の嘆息をかき消すように、


「いやいや、それはないですよ〜!」


 獅子原は半笑い。スラングを駆使すれば「そwれwはwなwいwでwすwよ」って感じ。


「こーもりくんはちびっこが苦手だから、会長のメロメロ攻撃は通用しません!」


 言うに事欠いた暴論パート2。悪意のない刃は、しかし、ノーガードだった僕の心には効果抜群で、そこへ追撃をしかけてくるのが悪意しかない女。


「確かに……小さなものを愛でる、か弱きものを守るという、人として当然の『情』を持ち合わせていない翼くんには、幼女のハニトラなんて馬の耳に念仏。良かったわー、ロリコンだったら一撃必殺だもの」


 単なるタイプ相性の話。応戦するのは悪手だと理解する僕は、


「これでも先日、小学生の知らない女の子と交流する機会があって……そのときは一応、上手くやれたんですよ?」


 冷静に反証を提示するわけだが、彼女たちが持論を曲げるには至らず。


「まあ! それはまた随分と大人びた小学生がいたものね?」

「うんうん、こーもりくんから逃げなかった時点で十四歳以上はかくてーい」

「あっそ。生徒会室、行ってきまーす」


 もはや引き止める者はいなかった。

 涙が流れないように上を向いていた辺り僕も存外負けん気が強いらしい。



 コン、コン、コン。ビジネスマナーに則り生徒会室の扉を三回ノックする。


「入りたまえ」


 毅然とした声音からは扉越しでも老成が伝わってくる。ビジュアル化するならバリキャリの女上司に決まりだが、実際に扉を開けるとそこにはバリロリ(?)の金髪少女が待ち構えている。これでも歴とした高三なのだから倒錯的。


「失礼、します」


 舌が若干もつれながら僕は中に入って、後ろ手に扉を閉めた。


「急に悪かったな」

「いえ……どのみち、あそこにいても心休まりそうにないので」

「随分お疲れのようだな?」

「大丈夫です。いつものことなんで」


 僕は会長の気遣いに感謝しながら微笑むわけだが。静けさに異変を感じる。


「あの……………………」


 右見て。左見て。正面に向き直る。

 困惑を読み取った会長は「ああ、すまない。呼び出した理由だね」と再び気遣いを見せてくれるのだが。すみません、不審に思った点は別にあります。

 お初にお目にかかった生徒会室。一般的な部室より広めで、コの字形に配置された長テーブルや壁際のラック、ホワイトボードなどを並べてもまだ余裕がある。ガサ入れに来た人数からすると執行部自体かなり大所帯なので、これくらいのスペースは必要なのだろうけど。


「副会長の柊さんだったり、舞浜だったり……他の方々はどこへ?」


 その空間に現在、僕と赤月会長の二人だけっていうのはなんとも不可解。


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