異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

二章 死に至るわけでもない病 ⑦

 貸し切りと言えば聞こえは良いが、客観的には不純な交友を疑われかねない──くそっ、朔先輩が余計なこと言うから僕まで脳がピンク色だ。いや脳味噌は元々ピンクだろ。


「今は全員出払っているんだ。出払ってもらった、というのが正確かな」

「はぁ……それはまたどうして?」


 僕と二人きりになりたかったからとか言わないですよね。


「君と二人きりで話をしたかったから」


 ああ、言われてしまった。形容しがたい狼狽に足元が揺らぐ。噓だろまさかだろと思っていることばかり現実になってしまい、世界滅亡の予言者にでもなった気分。これ以上の不吉な占いは避けたいけど、さっきから心なしか赤月会長の声色が艶っぽく感じられるのだ。


「古森、翼……」


 不意にフルネームを読み上げられ「はい?」と返事をするのだが、別に呼びかけたわけではなかったらしい。


「十一月二十三日生まれ。血液型はO型。家族構成は父、母、妹、猫一匹。趣味はミューデントに関する論文を読むこと。北白糸学園の中等部出身で、試験の順位は常に一桁をキープ。斎院朔夜とは同郷のよしみで行動を共にする機会が多く、彼女ほどではないにせよ生徒の間で顔を知られており、ついたあだ名は『コウモリ』だと。蝙蝠……いいね、うん」

「……」


 スラスラ、スラスラ。推しのアイドルのプロフィールを諳んじるような。それをインプットしていることが義務教育だと言わんばかり。舞浜に探りを入れていたという話だが、よもやここまで詳細に暗記までしているなんて。


「僕のガチ勢なんですか、あなた?」

「当たらずとも遠からず、かな。無礼を承知で調べさせてもらった」

「どういったきっかけで?」

「有り体に言えば、運命を感じたからさ。ちょうどここ二週間ほどの間にね」


 割と最近だった。俄然陳腐に聞こえてくるが、彼女の方はそう思っていない雰囲気。

 それこそ生まれる前からの宿命、魂に刻まれた聖痕だとでも言うように。悶絶級のルビを振っているけど、冗談抜きにそんな世迷言を持ち出しそう。


「君には相応の収まるべき場所があるはずだと……そう、神の天啓があったんだ」

「あのですね。こう言っちゃ悪いんですが、さっきから少々イタ…………えっ?」


 芝居がかった台詞に気を取られた、その間隙を縫うようにして会長が動いた。

 滑るように大きな一歩。彼女の小さな体はあっという間に僕の懐に入り込んだ上、事もあろうにネクタイをぐいっと引っ張られる。所有権でも主張するように、あるいは飼い犬に首輪を巻いてしつけるように。


「うん、この位置がちょうどいいな」

「……………………」


 ──何がちょうどいいんです?

 地球が静止していた。僕は己の意思に反して前屈み(変な意味ではなく)になったまま、小指一本動かせない。眼前には赤月会長のご尊顔。幼さを残したままの相貌に宿る、幼さとは無縁の凜然たる瞳に見つめられ、僕は確信に至った。

 気のせいなんかじゃなかった。この目も、鼻も、唇も。全てのパーツが間違いなく、何かに焦がれているときに見せるそれ。何かしらの要求を吞ませたいとき、相手にうんと頷かせたいときに見せる感情の発露だった。


「より直接的に言うなら……君には君に相応しい、付き合うべき相手がいると私は考えた」


 殺し文句を告げたあとの、不敵な微笑みを浮かべる会長。つまりそれこそ彼女の要求なわけだが、直接的と表現した割には含みがあって。僕は、半歩動いただけで事故が起こりそうな現在の体勢を加味して、その言葉が意味するところを探る。

 収まるべき場所というのは、あれか。会長の隣、「カミラのここ空いてますよ?」っていう。ならば付き合うとは必然的にあれ。真摯に答えるべきなのは、わかっていても。


「いいんですか、本当に僕なんかで?」

「むしろ君がいい。君しかいない」

「お気持ちはありがたいんですが………………えぇ? 駄目でしょう」

「なぜ駄目なんだい。何を気にしているのかな?」


 なぜ、駄目なのだろう。何を、気にしているのだろう。僕は自問する。

 医学的に小児性愛の対象年齢は十三歳以下のため、こう見えて十七歳オーバーの赤月会長は余裕でセーフ──って猪口才な雑学で逃避を試みる辺り追い詰められている。どうしても真剣に考えるのを恐れていた。


「ひとえに僕の気持ちの問題…………」

「もちろんそれが一番大事だ。何かあるなら忌憚なく言ってくれ」


 会長の瞳は真剣そのもの。まだ出会ったばかりで互いを知らなかったとしても、今は気持ちがなかったとしても、これからの時間で育んでいけば良いのだと。合理的に思える主張は、しかし的を射ない。ないのが問題ではなく、すでにあるのが問題だったから。

 真面目に思惟すればするほど、僕の心には引っ掛かる何かが存在しており。


「……すみません、僕にはやっぱり──」


 浮かびかけた具体的なイメージを搔き消すため、僕は声を振り絞るのだが。


「ま、あまり深刻に考えず!」


 振り絞る、のだが。


「お試しで一度入ってみるのもありなんじゃないか?」


 途端に会長は僕のネクタイから手を離して、二歩、三歩と退いた。適切な距離感が復活。


「誘いを受けるのなら大いにメリットはあるぞ。たとえば君は将来的に、指定校推薦を狙っていたりはするかな?」

「え…………いや、そりゃもらえたらラッキーですけど、あれって課外活動とかも評価点に含まれるので、熱心じゃない僕には無縁かなーと」

「一理ある。そこでお勧めしたいのが生徒会。校内の活動はもちろん、学外でのボランティアや奉仕活動も多い。これがかなりの加点対象──」


 以下、今からでも遅くないという会長の熱烈アピール。

 僕の頭が冷えるのに十分な時間を与えてくれた。


「というわけで、私が君を生徒会の執行部に迎え入れたい理由を述べさせてもらった」

「なるほど」


 冷静さを取り戻した僕は真っ先に尋ねる。


「ネクタイ」

「ん?」

「ネクタイなんで引っ張ったんです、さっき?」

「ああ、曲がっていたから整えさせてもらった」


 笑いながら「気になってしまう質でね」と釈明する会長に悪気はなさそう。

 小悪魔でもあざとさでもなく素の善意なんだろうけど、紛らわしいったらない。もしも獅子原に同じことされたらデコを小突くくらいの反撃はするが、小学生サイズが相手だと絵面的にDV感が半端ないのでやめておく。

 しかし、今のは危なかった。致命的な勘違い、一歩間違えば大事故に繫がりかねない。


「おっ、寒気が」

「衣替えも近い季節だぞ。私は汗ばむくらいだが……」


 煩わしそうに手で顔を扇ぐ会長。どう見てもブレザーの上に羽織っている謎の外套が原因。暑いんなら脱げばいいのに。お節介な助言はせず。


「気のせいでした。えーっと…………執行部、こんな時期に増員ですか? 人手不足には見えませんでしたけど」

「ああ、みんなよく働いてくれているが、主力はほとんど三年生ばかりでね。そろそろ後継者の養成にも力を注がねばなるまい」


 マインドが企業の経営者だった。


「僕に次期生徒会長になれとでも?」

「不服かい? 資質は十分だろう。学業優秀、大勢に流されない確固とした自意識に、悪は悪だと断じる倫理観、泣かずに馬謖を斬る公平性も兼ね備えている」

「確かに泣いてはなかったんですが」


 ただの薄情者と罵られた気もする。


「何より名前がいい」

「はい?」

「古森翼……うん、すごくすごい、最高といっても過言ではない、極上のマリアージュ……」


 今、俯き加減の会長から「デュフフッ」というゲス笑いが漏れたような……幻聴に決まっているし、ごにょごにょ言ってる内容はほぼ聞き取れないのでスルーして。



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