異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

二章 死に至るわけでもない病 ⑧

「会長候補ならすでに、舞浜が存在するでしょ」


 成績は学年一位、陸上部に水泳部を掛け持ちで、クラスの垣根を越えて頼りにされる、まさしく非の打ち所がない人物。裏の顔には全力で目をつむるとして。


「舞浜碧依か。もちろん優秀だな。しかし、一強多弱は腐敗を招く。ただ圧倒するだけでは意味がない。有力な選択肢を与えてこそ、健全な選挙は成り立つ……身をもって苦汁を嘗めた私が言うのだから、間違いない」

「苦汁、ですか」


 何を指しているのかは明白。朔先輩が裏で勝っちゃってすみません。


「そこで君に白羽の矢が立ったというわけだ。なにせその舞浜碧依が、君のことを高く評価しているのだから」

「好き勝手言ってそうだな、あいつ」

「私は生徒会長として、赤月家の娘として、ヴァンパイアとして、完璧に責務を全うしたい。俗に言うノブレスオブリージュさ」


 フランスの格言。社会的地位の高い人間には相応の義務が伴う、だったか。

 なるほど、彼女は高貴な家柄に見えるし、人の上に立つべき器もある。僕としても導いてほしいくらいだが──一か所、明確に気に入らないのは。


「ヴァンパイア、関係あります?」

「大いにあるとも。それがこの身に流れる血の盟約、ひいては古より続く──」


 また変なモードに突入しているけど、要するに色々背負っているものがあるのだろう。


「…………まあ、僕に何かできるんならお手伝いしますよ」

「おお! 本当かい?」

「ぶっちゃけ断る理由ありません。基本的に暇してますし」

「文芸部なんたらとの掛け持ちになるだろう。あちらに顔を出す機会は減るぞ」

「え? ああ、そうか。減るのか、部室に行くの…………」


 僕はコンマ数秒の思案を挟んでから。


「全然オッケーです」


 今年一番の笑顔を振りまくわけだが。


「全然オッケーじゃないわよ────ッ!!」


 ガラガラガラ〜〜!

 引き戸が乱暴に開け放たれるのと同時に怒号が響いて、せっかくの晴れやかな気分に水を差される。聞き覚えのある声に振り返れば、僕のよく知る先輩の姿。その後ろには獅子原も。廊下で盗み聞きしていたのだろう。


「なーにあっさり籠絡されちゃってるのよ、尻軽コウモリがー!」


 テレビから抜け出した怨霊みたいに、長い黒髪を振り乱して迫ってくる朔先輩。


「見捨てないでー、こーもりくーん!」


 半泣きですがりついてくる獅子原。籠絡された覚えも見捨てた覚えもない。


「いつから聞いてたんです?」

「そんなもん最初からよ! 万が一ホントに色仕掛けでも始まったりしたら面白そう、もとい翼くんがロリコンに道を踏み外さないよう矯正する責任が私にはあるからしてぇ」

「別に文芸部を辞めるわけでは……」

「同じことよ! 長いものに巻かれてどうするの? 生徒会然り、PTA然り、憎き公権力に抗うため私たちは新生文芸部を立ち上げたんでしょ。違う?」

「違います」


 自信を持った僕の答えに、「うぐっ!」と言い返せなくなった朔先輩は、「ほ、ほら、真音さん! あなたからも言ってあげて?」小賢しくも後輩に援護射撃を求めた。


「駄目だよ、こーもりくん……お願い、考え直して?」


 怒り心頭の朔先輩とは対照的に、ぐすんぐすん鼻を鳴らしている獅子原。


「こーもりくんがいなくなったら……いったい誰が斎院先輩の言葉を翻訳してくれるの? 発動のタイミングを逃すだのこの効果はチェーンブロックを作らないだの、カードにもルールブックにも記載されていない用語を急に持ち出されたって、あたしわかんないもん!」

「わからなくてもいいと思うぞ」


 アプリ版なら自動処理してくれるし。着実に腐敗の一途をたどっている獅子原に、僕が手遅れを感じていたとき。


「袖にすがるのはよせ、見苦しい」


 ずばり苦言を呈するのは会長。彼女の顔にはどこか勝ち誇った笑みが浮かんでおり。


「彼は貴様ではなく私、この赤月カミラを選んだ。事実として受け入れるんだな、斎院朔夜」

「いえ、別に選んだとかではなく……」

「へえ〜、言ってくれるじゃない。人のものを取ったら泥棒だっていうトレーナーの流儀、高貴なヴァンパイア様はご存じないのかしら?」

「くだらん。彼がいつから貴様の所有物になった?」


 正鵠を得る。会長の言葉はおっしゃる通り、なのだが。

 何かが崩れ始めているのを感じた。何かはわからないが確かな異変。僕の第六感が告げる。

 この少女──赤月カミラを信用してはいけない、と。


「なーによーかっこつけちゃってー。別にあんたのものでもないでしょーよー。名前でも書いてあるっていうのー? わかったわよー。確認してやるから翼くんちょっと裸になり──」

「ふんっ。肉体を改めるまでもなぁい!」


 バサッと外套を翻した会長は、朔先輩を低い位置から見下すように仰け反りイナバウアー。


「彼が闇夜の眷属たるヴァンパイアに付き従うべきなのは自明の理!」


 ──ヤミヨのケンゾク?

 僕が困惑したのもつかの間、


「なぜなら古森翼は『コウモリ』! 天空を駆ける漆黒の翼なのだからっ!!」


 どうだ! と言わんばかり。

 会長の披露した子供っぽいドヤ顔を見て、僕は目が点になってしまった。

 にわかに信じられない。あの理性的な会長に限ってそんなはず。


「はぁ〜!? コウモリだからヴァンパイアに従うって、あなたねぇ…………」


 チンピラじみた巻き舌の朔先輩は、てっきり僕と同じく、会長の奇天烈発言を理解できずに混乱しているとばかり思っていたが。


「コウモリっつったらサキュバスの使い魔でしょーが!」


 理解した上で反論に転じる。


「格ゲーのモリガン使ったことないのかしら〜? 飛び道具でバンバンコウモリ出す……あっ、そっか、おこちゃますぎてダッシュ移動のレバー制御できないのね〜、可哀そーう。ダークネスイリュージョンも瞬獄殺も出せないんでしょうね〜お気の毒〜」

「ふっ……寝言は寝て言え。対戦型格闘ゲームなんて所詮は歴史の浅い大衆文化。十七世紀の後半にはヴァンパイアとコウモリを結び付けた小説が大量に執筆、これらは実在するチスイコウモリから着想を得た……英名は『vampire bat』だからなー!!」

「英名がなによ、サキュバスは紀元前の神話にも出てくんの!」

「コウモリと結びつけられたのは最近だろうと言ってるんだ!」


 美醜の価値観は紙一重。顔面を突き合わせたでっかい女とちっこい女が、早口で口角泡を飛ばしている映像は十分すぎる絵力を持っている。高いのか低いのかよくわからないレベルの言い争い。尊敬していたはずの会長がその一端を担っているなんて。


「吸血鬼はコウモリに化けるんだぞ?」

「淫魔の羽はコウモリとお揃いなんですー」


 突如勃発した使い魔論争(?)についていけないのは僕だけじゃなく。


「ね、ねえ…………あの人たち、何と戦ってるの?」


 子猫みたいに背中を丸めた獅子原が耳打ちしてくる。


「もしかしなくても、こーもりくんを奪い合ってる?」

「……」


 たぶんそう。部分的にそう。それも美少女二人が。微塵も嬉しくなかった。

 状況を整理するならつまり、赤月会長が僕を欲しがっていた理由、妙な執着を見せていたのもひとえに『コウモリ』というあだ名を気に入ったから。加えて、何かと比較されがちな朔先輩に一泡吹かせてやりたい思いもあったのだろう。

 人間臭くって、逆に安心した。運命だの天啓だの言われて不気味だったし。もしかしたらドラマティックな何か、秘められた過去の出会いがひもとかれたりするのではないかと、期待していたわけじゃない。本当に期待してなかったからこの話は終わり。

 思うに、真に肝要なのはそこから導き出されるもう一つの事実──



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