異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

三章 海より深い愛だなんて……誰が決めた? ①

 文化祭の出し物を決める締め切りが迫っていた。

 具体的には残り一週間。時は五月の下旬に突入。言わずもがなこんなギリギリになっても企画が真っ白なのは異例で、少なからず切迫する。

 六月上旬の本番に間に合わなければ、そこからいくらケツに火を付けたところであとの祭り。

 というわけで僕は真面目にプランニング。吹奏楽部なら楽器を演奏して、ダンス部ならレッツダンシングして、漫画研究部なら日頃の研究成果をニッチな同人誌にしたためる。

 部の名称からおのずと答えは導き出されるのだが。


「じゃあ、こういうのはどう? みんなで持ち寄った模型を飾って品評会を開催……」

「却下です。ホビー同好会じゃないんですから。もっと『らしさ』を出さないと」

「そもそも文芸部( )らしさってなんなの?」

「命名者がそれを聞きますか」


 カチャカチャカチャ、ターン──気だるい会話の合間に機械的なタイプ音。

 いつもの放課後、いつもの部室に集まっているのは僕と朔先輩……プラスもう一人。

 ひそやかに風景に溶け込んでいる姿は、某ファミレスの間違い探しの最後の三個目くらいに絶妙な難易度だった。


「んー、難しいわね。私のインスピレーションにビビッと来るものがないのよ」

「普段やってるのが相談所なわけですから、それに類する何か……あっ、占いの館なんかどうです? 新宿の母とか銀座の母とか、前にやりたいって言ってたし」

「ここに来て伏線回収ってわけ?」


 熱い展開じゃない、と。そんなつもりはなかったのに朔先輩は乗り気。


「つまりこの部室をアラビア〜ンな感じに装飾しちゃって、紫色の間接照明に怪しげなお香なんか薫いちゃって、極めつきに私は顔の下半分が隠れているのに胸の谷間には謎の穴が空いている通気性マックスのエロい衣装に身を包めばいいわけね?」

「エロ以外は概ね合ってます」

「ヨシ、三十分につき五千円プラス消費税を頂きましょう」

「弁護士の法律相談じゃないんですから」

「取れるもんは取っておいた方がいいでしょ」

「集客が見込めると?」

「だーかーらー、表向きは『基本料金無料』とか大きく書いといて、相談が終わったら『あなたの場合は追加料金が必要です』という流れに」

「悪質な害虫駆除業者か! はぁー……あの、ちなみに価格設定って自由なんですか?」


 と、僕が水を向けるのは隅に座っていた眼鏡の女子。

 柊さん(下の名前は存じ上げない)だった。三年で生徒会の副会長なのは存じ上げる。


「基本的に自由です」


 ノートパソコンに向かって黙々タイプしている彼女だったが、声をかけると律儀に手を止める。


「著しく不当な価格にはメスが入りますが」

「なるほど……ま、そこらへん考えるのも文化祭の醍醐味ですもんね」

「はい。生徒の自主性によって作り上げるのが文化祭ですので」

「ふーん、随分とお利口さんの回答ねぇ……つまんなーいっ」


 厭味ったらしい朔先輩に不快感を示すこともなく、副会長はすぐにパソコンの画面に視線を戻した。


「まー、私的には利益率が高そうで嬉しいわね、占いって。飲食系と違って仕入れがいらないから、一回百円でも丸儲けなわけでしょ?」

「ですね。喫茶店とかやるとメニューも細かく分かれてきますし……目下、クラスの出し物は苦労してます」

「へえ、翼くんのクラスは喫茶店やるの?」

「はい、和テイストのカフェにするんだとか……朔先輩のクラスは何をやるんです? 最終学年ってどこも凝ったものをやりたがるイメージですけど」


 お察しの通り、と少しげっそりしている朔先輩。


「自主製作映画もどき、ショートムービーってやつ? 私はほとんど関与してない」

「面白そうなのにもったいない」

「いいえ、絶望的につまらないわ……つまらないくせにあろうことか、主演を私にやれやれってどいつもこいつもうるさくって敵わなかった」

「あー、大変でしたね」

「安く見られたものよね。この私が素人監督の指揮で演じるわけがないでしょ」


 せっかくだからやれば良かったのに、とは口が裂けても言えなかった。

 このルックスである。中学の文化祭、さらに遡れば小学校の学芸会でも、朔先輩は主役だったりヒロインだったり任されるパターンが多かったのだが。その演技はお世辞にも上手いとは言えない──否、大根役者といっても過言ではない。ある意味傑作だった。


「ま、賢明な判断でしょう」

「なぜ一瞬噴き出しそうになったの?」


 彼女の熱演を皆さんにご覧いただけないのを残念に思っていたとき。


「やったー!」


 ガラリ、歓喜の声と共に扉が開かれて、


「こーもりくん、斎院先輩……あたし、あたしっ、見事に成し遂げたよー!」


 感無量といった具合に瞳を潤ませている獅子原。

 そろそろ現れる頃合いだろうと予想していたので、特に驚きもなかったが。


「古森ぃ〜、せんぱぁ〜い……俺、俺っ……見事に成し遂げたぜー!」


 想定外だったのはもう一人。滝沢奏多だった。こちらも涙目で感無量のご様子、台詞含めて獅子原と丸被りだったけど、同じ行為を高身長のチャラ男がすると急激に気持ち悪くなるから不思議──別に不思議じゃなかった。


「いつものメンバーみたいなノリだけど、どうして滝沢まで?」

「ああ、うん……追試の席、隣だったの」

「へへへっ。よく一緒になるんだよな、俺たち」


 歴戦の勇士みたいに言ってくる滝沢に対して、「よくってわけじゃないでしょ……」と抵抗感を露わにするのが獅子原。同じ追試組でも個人差があるというか、これを見ただけでも滝沢の方はネジが一本抜け落ちているのがわかる。


「それよりも! 見て見て! 追試、合格だったんだけど……」


 獅子原は誇らしげに答案用紙を見せる。点数欄には『94』と朱書きされていた。

 なかなかの高得点である。僕が思う以上に本人はご満悦らしい。


「ねね、ヤバくない!? 数学のテストでこんなにいい点数取ったの初めてだよ〜。やっぱりやればできる子だったんだよ、あたしってば〜」


 褒めて褒めてー、とでも言うように体をくねらせる女。

 やればできる子なんて自分で言うな、そもそも赤点を取らないように頑張れ。

 水を差す言葉なら無数に浮かんでくるけど、口に出すほど荒んではおらず。むしろなんだか僕の方まで嬉しくなってきたので。


「よく頑張ったな」

「うん、だからなんかご褒美ちょうだい? 新しいア○フォンとかでいいよ?」

「やればできる子なんて自分で言うな馬鹿。そもそも赤点を取らないように頑張れ馬鹿」

「ひっっっっど──────い!! 二回も馬鹿って言った────!!」


 言わせたのは誰だ。僕の喜びを返せ、と内心抗議していたら。


「へっへっへっへ……見てくれよ、古森。俺も今回は完璧な点数だったんだぜ?」


 褒めろ褒めろー、とまたもや男子高校生には許されないテンションで絡んでくる滝沢。

 お前の方は百点取っても褒めないぞ。うざったく思いながらも彼の手にする答案用紙を見れば──書かれていた点数は『76』。絶妙にリアクションが難しい。


「今回の追試って、何点以上が合格なんだ?」

「75点だ」

「滑り込みセーフじゃないか」

「そそ、だから完璧。だってさ、合格ラインから十点も二十点も多く取ったら、超過した分は余計な努力ってことだろ。そんなのもったいない。俺は常にギリギリで生きていたい」

「真面目に不真面目だな」


 こういう奴の方が大成したりするので人生わからない。


「つーわけでお祝いしなきゃだな。みんなでパーッと美味いもんでも食いに行こうぜ」


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