異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

三章 海より深い愛だなんて……誰が決めた? ②

「おっ、たきざぁのくせにいいこと言うねー。あたしも今、無性に大盛り頼みたい気分……体脂肪とか体重とか全部忘れて、背徳感マックスなメニューを胃袋にぶち込もう!」

「よく言った! こりゃニンニク増し増しのこってりラーメンで決まりだなぁ」

「……計量終わったボクサーなのか、お前ら?」

「「似たようなもん!」」


 二人の声が重なる。ギャルとチャラ男だけあり魂魄の色が近い。


「ちょうど最近見つけたいい店があってさ……あっ、斎院先輩も行きますよねー? というか来てくださいホント是非、いるだけで俺の中のいろんなものが元気になるんで」


 下心全開の誘いに顔をしかめるのは僕だけ。


「そうねぇ……奢りなら考えなくもないわ。トッピングに替え玉ありありで」


 がめつさでこの女に敵う者などなし。朔先輩はすでに荷物をまとめてスタンドアップ、タダ飯を食らう気満々だった。女王様気取りの不躾な態度に、


「もちろん出しますってー、ポケットマネーで全員分!」


 二つ返事でへつらう滝沢。需要と供給が一致したのだから仕方ない。「俺に真音ちゃん、古森と斎院先輩。四人分くらい余裕っす」当然のように僕も頭数に入れる男は、


「……おろっ?」


 そこで見慣れない人物──バカ騒ぎにも動じず事務仕事を継続している、柊さんの存在に気が付いたようだ。


「透子さん、いるじゃん。なんで?」


 聞かれた僕は、「トウコさん?」逆に疑問符を返してしまった。


「柊先輩の下の名前、透子だぞ」

「知り合いだったのか?」

「いや、俺が一方的につきまとってる。十回以上アタックしてもライン教えてくれなくって」

「ストーカーだったのか?」

「合法。女子全般に同じことやってるけど逮捕はゼロ回、通報も三回くらいしか……で、どうして透子さんが文芸部に?」

「…………まあ、これには深い訳があって」


 何から話せばいいのか。我知らずため息をつく僕だけど。


「こーもりくんがカイチョーを泣かせたせいでーす」

「翼くんがメスガキヴァンパイアをわからせたから」


 女子二人に断言されて、言葉を探す気力も失せる。

 お願いだから掘り下げないでほしいのだが。


「おいおいおい、古森……面白いことになってるみてえじゃんかっ!」


 詳しく聞かせろよ、へっへっへっへっ……滝沢はハイエナじみた舌なめずり。


「まさかあの高飛車吸血鬼を屈服させるなんて」

「人聞きの悪いこと言うな! 僕はただ──」


 ──高校生ってもう結構いい年齢です、子供じゃないんだから現実に目を向けましょう。

 私がやらなきゃいけないとか、ヴァンパイアの使命を果たさなきゃとか。そうやって自分を『特別な存在』だと思い込むのはいい加減、卒業した方がいいです。

 同じ台詞をもう一度口にしたら、滝沢は「ほーう?」と唸る。


「早い話、中二病は卒業しなさいってわけだ」

「……間違ったこと言ってないよな?」

「間違いかは別にして、泣かせたのは可哀そうだと思う」

「泣かせてはいないんだけど……」


 相当お冠なのは確か。僕を無駄に買いかぶっていた分、反動というか、裏切られたようにも感じたのだろう。あのとき「君がそれを言うのかー!?」と叫んだ赤月会長のご心痛は察するにあまりある。結果として僕は彼女の信用を失い生徒会への誘いも白紙に。

 朔先輩共々、文芸部は『危険思想集団』として、生徒会の監視下に置かれる羽目に。


『私の任期中にこれ以上余計な問題を起こすんじゃないぞ、畜生どもめー!!』だそうだ。


「はぁーん、そんで見張り役として派遣されたのが透子さんなのね。大変だなぁ」

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 と、珍しく自発的に発言する柊さん。延々とパソコンをいじっているだけなので、迷惑をかけられた覚えは一度もなかった。むしろ大変なのは向こう。


「透子さん、副会長っしょ? こんな使い走り、下っ端にやらせればいいじゃん」

「僕からしても謎の人選だなーと。会長に命じられて渋々ですか?」

「いえ、監視役は私から志願いたしました。個人的に見極めたかったもので」

「僕たちがいかに畜生の集まりなのか、を?」

「会長のお言葉でしたら、お気になさらず。あの人はあの人なりに背負っているものがあるのです……ご母堂のことも含めて、過剰なほどに」

「ご母堂って……会長の?」


 どういう意味なのか。当然、続きを聞かせてもらえるものとばかり思っていたら、話はここでおしまいだと言うように柊さんはパソコンの画面に視線を戻す。このモードに入ると完全にとっつきにくい上級生で、僕は話しかけるのを躊躇うのだが。


「ま、事情は大体わかったとして……透子さんもラーメン行くっすよね。奢りまっせ〜」


 にじり寄る滝沢に「せっかくのお誘いですが」と首を振る柊さん。


「ラーメンは好みませんので、申し訳ありません」

「だったら丼物でも食えばいいじゃーん! ってか家ってどこら辺なの? 今度遊びに行ってもいい? 共働きで親の帰りが遅かったりしない? 良かったら今チラッとでいいからさ、一瞬でいいからさ、その眼鏡外して可愛らしい素顔を俺にだけ見せて──」

「あなたのことも好みませんので、申し訳ありません」

「えー、残念。じゃあまた別の機会に」


 似たようなダル絡みを何回もしているのだろう、断り方も断られ方も職人芸。

 僕からすれば嫌われたがっているようにしか思えない滝沢だが、この誘いに乗ってくる女性が一定数いる辺り本当に人生わからない。



 率直に言って、僕もラーメンはあまり好まない。

 というか脂っこいものや胃もたれするものは全般苦手なのだが、口に出したら百パーセント「おっさんかよ!」と嘲笑してくる同級生+先輩がいるためセルフ緘口令。

 僕は自宅の胃腸薬が切れていないことを祈りながら、学校から徒歩圏内にあるらしい滝沢のお薦めラーメン店を目指しているわけだが。


「透子さんってさ」


 道中、話題は件の副会長について。こいつは基本的に女子の話しかしない。裏を返せばそっち系の情報網は学内でも随一。


「赤月会長とはスーパー蜜月な間柄……あ、別に性的な意味ではなくって」


 補足されると逆にいかがわしく思えるからやめろ。


「幼稚園からのなが〜い付き合いなんだとか」

「へぇ、こーもりくんと斎院先輩みたいな感じ?」

「そうそう、ザ・幼なじみってやつ。憧れるよな」


 勝手に見解を一致させている獅子原と滝沢だが、僕らを幼なじみのテンプレみたいに扱うのは甚だ疑問だった。気恥ずかしいとか主観的な部分は抜きにして──一時期、疎遠だったこともあるし──客観的に見てかなり特殊な関係のはず。


「なんでも『赤月家』と『柊家』には古い縁、家族ぐるみの付き合いがあるんだとさ」

「その時点で僕たちよりも格上だな」

「あらー、私たちだって家は近いしセ○ムじゃないのに鍵の在り処だって知ってるじゃない」

「対抗意識を燃やさなくていいですから……要するに、二人とも名家の出ってことか?」

「まさにそう。だから会長も透子さんも、進路とか将来なんて生まれたときから大体決まってる感じ……悪く言えば引かれたレールの上っての? 苦労がおありなんだろうね」

「詳しいな。誰から聞いたんだ?」

「透子さん本人。ガセネタの心配はないぜ」


 お世辞にもお喋りとは言えない彼女からここまで聞き出せる辺り、滝沢には人の心を開かせる才能があるのかも。僕(心の戸締りが厳重なことに定評がある)なんかとラーメン食いに行けてる時点で当然か。


「ってわけで、あの人がさっき言ってたアレ…………ゴボード?」

「ご母堂か?」


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