異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
三章 海より深い愛だなんて……誰が決めた? ③
「それそれ。あの会長のお母さんだろ。ぜってーとんでもなく怖い人だぜ。勉強も習い事も恋愛も、全部イチバンじゃなきゃ許しませんってガミガミ言ってくるタイプの魔王」
「……魔王って、お前」
「ヴァンパイアを超える存在って言ったらそりゃもう魔王か魔神くらいだろ!」
偏見を通り越してファンタジー。ミューデントの遺伝性は否定されているが、それを理解した上での発言だろう。
「うーん……でも、ガミガミ言われるの、あたしはけっこー嬉しいけどな」
魔王はノーサンキューだけど、と獅子原は前置きして。
「怒るのも叱るのもぜーんぶ、なんだかんだ愛情の裏返しじゃん?」
「期待してなかったらなんも言ってこないだろうしね。真音ちゃんのお母様はどう。赤点取ったらお小遣い減らされる感じ?」
「いやもう全然ないったら。そりゃ昔は激おこファイヤーだったんだけどさ、いつからか『あたしの娘だもんね、あんた……勉強できたりしたら逆に怖いわ』って諦めの境地。以来、あたしも吹っ切れたね」
「そこで見返してやろうとか思わないのが獅子原だよな」
しかし、不思議なことに想像できる。獅子原のお母さんはたぶんいい人なのだろう。
「たきざぁんちは?」
「うちのマミー? んー、勉強についてはノータッチ。サッカーは頑張ってるのかよく聞かれるけど……それ以上に口酸っぱく言われるのは『女に刺されるようなことだけはするんじゃないわよ』って。ビンタまでならオッケーだと」
「……たきざぁ、お母さんからもチャラ男認定されてるんだ」
「それこそ諦めの境地っしょ。旦那がチャラいんだし」
獅子原同様、滝沢の家庭もなんだかんだ上手くいっているのが想像できる。
別に大それたことではない。これが普通のことなのだと思う。
大切にしすぎることはなく、逆に遠ざけすぎることもない。ただ空気のようにそこにあり、お互い過度に好いても嫌ってもいないのが理想的な母子の形なのだろう。
「……羨ましいな」
「なんか言った、こーもりくん?」
「なんでもない。それより滝沢、道ってこっちで合ってるのか? あそこの通り越えたら思い切り住宅街に入るぞ」
「ああ、手前の交差点曲がるから大丈夫……ってか詳しいのな」
「登下校で通るから」
「おっ? なーんだ、古森の家ここら辺だったのか。じゃあ、これから行くとこも知ってたり……知ってたり…………する……かも……」
「いや、ラーメン屋なんて滅多に行かないし…………おい、どうした?」
「すまん、もう一度確認するぞ。お前の家、この近くなんだな?」
「だからそうだって」
「そうかそうか。そして斎院先輩はお前んちの警備ができるほどアクセス良好だと」
「…………」
嫌な予感。案の定、滝沢は首をぐりんと曲げて後ろを歩く朔先輩を見やる。
「斎院先輩。あなた、この付近にお住まいですね?」
「うるせえよ。キモいんだよ。マジでストーカーなのかよ、お前?」
全力の侮蔑を込める僕に「いやいやいや!」と言い訳がましい男。
「正当な理由があって俺は女子の住所を調査しているんだ。たとえば大きな災害や事件に巻き込まれた際に家族と迅速に連絡が取れるよう……」
「警察の巡回カードを騙るな!」
僕はあと一歩で滝沢の背中を蹴り飛ばすところだったが。
「で、出た〜、こーもりくんの忠犬モード!」
「セ○ムは翼くんの方ね」
若干引き気味の獅子原と、吞気に笑う朔先輩。一人憤慨する僕が馬鹿みたいだった。
「かっかすんなって。俺はただ、斎院先輩のお美しい母君にご挨拶しておこうかなと……」
「何がお美しいだ、見たこともないくせに」
「親子は似るだろ、遺伝子的に。そこんとこどうなんすか?」
「まあ、顔については母親似だってよく言われるわね。でも、性格の方は真逆……あの人はどちらかといえばおっとりしていて、少し抜けているところがあるから」
「ふむふむ、なるほど……耳寄りな情報」
フレミングの左手を顔に当てる男。しかし、脳内で行われるのは物理とも推理ともかけ離れた妄想である。
「この見た目のまんま成長した人妻で、経産婦で、おっとりで、少し抜けている性格の、推定アラフォーのミセス、とくれば…………え?」
導き出された結論に、驚嘆しながらも確信を得た顔。
「百パーセントエロいっすよね?」
「ちなみにおっぱいは私より大きいわ」
「一億パーセントエロいっすよね!?」
「お前、アラフォーも守備範囲なのか…………ん?」
僕は気が付く。滝沢が男の性を爆発させる一方、獅子原は女子特有のセンシティブな悩みに苛まれているらしい。眺望の良さに特化している自分の胸元と、質量に密度までも兼ね備えている朔先輩の胸元。両者を比較検討するように順繰り見比べた末、
「……やっぱり遺伝子が全てってことだよね?」
僕に意見を求めてきた。何がとは言わなくてもわかってしまう。
「真理だな」
「けどさ、ゆーてお母さんあたしよりはあるように見えるってか、絶対あるのよね。なぜ?」
「妊娠・出産を経て体形が変化したのと加齢による体脂肪率の増加が要因」
「無慈悲に現実を突きつけるなー! あたしだってまだ成長するかもだろー!」
「……高二で? 無茶言うなイテッ!」
ガチめに肩パンされた。沈黙は金。この手の話題ってどう答えても角が立つ。
しかし──母親、か。そんなワードで盛り上がるのは、高校生らしいのからしくないのか。僕は心密かに、その話題が自分に回ってこないよう祈っていた。
果たして祈りは通じたのか、目的地に到着したことで雑談は一区切り。
「じゃじゃーん、この店だぜっ!」
焼肉屋やカラオケ店が立ち並ぶ裏通り、滝沢が指差したのは『龍邦』という看板。りゅうほう、だろうか。くすんだ赤色を基調とした外観は老舗の佇まい。
「中国人のご主人と日本人の奥さんがやってる店なんだけどさ。二人とも元々料理人で中華と和食が専門だったから、異国文化が融合されることによってぇ──」
さも第一人者だと言わんばかりにペラペラ喋る滝沢だが、店先のポスターには『全国放送で紹介されました』という文字と共に有名なグルメレポーターが写っている。まず間違いなくこいつが発掘したわけではない。
語りたいだけのうんちくにも女性陣は「へぇー」とか「あらすごい」とか、いちいちリアクションを取る優しさ。時間が惜しかった僕は、初めて来る店なのに先陣を切ることに。引き戸を開けて暖簾をくぐれば、
「大繁盛だな……」
鶏ガラ出汁の香りと共に賑わう人々の声。
ちょっとしたカフェくらいの広い店内にはテーブル席も多く設置されていたが、見た限り全て埋まっている。夕飯時には少し早いはずだけど、テレビの効果は絶大なのだろう。平日なのに家族連れやカップルが多く来ている。
しばらく待ちかな。俄然小腹の空いた僕は出鼻をくじかれるのだが。
「いらっしゃーい。こっちなら空いてるよー!」
と、元気な声。カウンターの向こうで麺の湯切りをしているのは件のご主人だろうか、黒いTシャツで頭にタオルを巻くスタイルは日本文化に染まっている。
言われて気付いたが、十人ほど座れるカウンター席に客は一人だけ。
良かった良かった、これなら四人ともすぐに入れそうだな……安堵した僕は席を確保しようと歩み寄った──の、だが。
「え?」
ピタリ、足が止まる。
理由は、見覚えがあったから。先にカウンター席に座っていた客の顔に、である。