異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
三章 海より深い愛だなんて……誰が決めた? ⑤
「おお、キグーキグー。うちの息子もそこ通ってんだわ」
女はなんの気もなさそうに言って、ラーメンの汁をすするのだが。
「「高校生の息子さんいらっしゃるんですか!?」」
滝沢と獅子原の驚愕が重なる。あんぐり開けた口の形まで一致。
「うん、いらっしゃりまするよ。中学生の娘もね」
「あー……えー……結んだのが離れ離れになって連れてきた、複雑なアレっすか?」
空前絶後の気遣いを見せる滝沢に、「連れ子ではないっちゅーの」と半笑いでツッコミ。
「がっつり腹を痛めて産んでるからさー。可愛くて可愛くて仕方ないんだわ。ま、その割に向こうからは好かれてない……特に長男の方がね。ヤバイんだ。好かれてないどころか嫌われてるもん。露骨に避けられてんのよ、あたし。ほとんど家庭内別居の状態で……」
「うっそー、あり得ない。こんなお母さんいたらあたし、最高に嬉しいのに」
「俺も、俺も。めちゃくちゃかっこよくて自慢……なあ、古森もそう思うだろ?」
「恥ずかしいだけだ、こんな奴!」
限界だった僕は、もうどうにでもなれという気分で叫んだ。
どうした急に、と驚く獅子原たちを無視して、罵声を浴びせた相手を睨みつける。瞬間、眠たげだった彼女の瞳は大きく見開かれる。こうして見ると確かに顔の造りは整っており、クールキャラでも気取っていればチヤホヤされそうなものを。
「わ〜〜お!」
冷たさとは程遠い声を発するのだから台無し。
「翼じゃ〜〜〜〜ん! どーしたぁー? 今帰りぃ? こちらご友人? ねえ、ねえ?」
高校生の息子に対してとは思えない馴れ馴れしさに、ご友人たちはポカンとしている。僕は過去に何度もそうしてきたように、心の中で謝り倒すしかない。
彼女の名前は、古森飛鳥。血の繫がった僕の母親です、ごめんなさい。
「んん〜! 鶏ガラ醬油ってやっぱラーメンの王様だよ〜! あたし大好き〜」
「くぅ〜! 俺も大好き〜! 追試を突破した五臓六腑に、油分と塩分が沁み渡るぜぇ〜」
丼を持ち上げ、琥珀色のスープを喉に流し込む二人。それこそ減量明けのボクサーがごとく至福を爆発させているけど。果たしてどういう一品なのか全然伝わってこない。テレビだったらクレームが殺到しそうな0点の食リポにも。
「ありがとよっ」
聖人の店主は笑顔。言葉を飾るよりも真心が大切ということか。
僕はレンゲでスープを一口。続いて箸で麺を一すすり。どちらも美味しい、気がする。ラーメンを好んでいない僕にそう感じさせるほどだから、店主の腕は一流。惜しむらくはその味を堪能する環境が整っていない点にあった。無論、店側に落ち度はなく。
「ハッハッハッハ。いいねぇ、若いねぇ、胃腸が弱ってないうちにたらふく食え」
忘年会じみたテンションで囃し立てている女が原因。じわじわ胃腸が弱ってくる年齢のはずだが、向こう見ずにもチャーシュー麺とレモンサワーを追加注文していた。
「そのままデザートに杏仁豆腐まで行っとけな」
「甘いもんも美味しいんすか、ここ?」
「さあ? 値段がぼったくりだから一回も手ぇ出したことない……しかぁーし、喜べ少年少女たちよ。息子の友達に会えた記念で、今日はあたしが奢ってやろう」
「マジ? あざーっす。じゃ、追加でコーラと餃子とライスの並お願いしま……」
「遠慮を知れバカーっ!」
遠慮なく滝沢の頭をぶっ叩く獅子原だが、「いいのいいのっ」と寛容さを見せる女。
「今月はお店の売り上げ絶好調マックスなもんだからさ、パーッと使いたい気分なのよ。少年少女の胃袋を満たす程度じゃあ豪遊のごの字にも入らんね」
お店、と。堅気に見えない女の口からそんな単語が出れば当然、真っ先に思い浮かぶのは酒の酌をしながら楽しくお喋りする例のアレだが。リアルはどうなんだろうか、ものすごく気になってしまう──と、微妙な空気感に包まれるのが我慢ならなかったので。
「サロンというか、美容院な。普通の……」
仕方なく僕が答えた。普通じゃない美容院ってなんだよ、と突っ込んでくる者はおらず。滝沢は変な緊張感から解放された様子。
「へえー、道理でキレッキレのファッション。美容師だったんすね、飛鳥さん」
「うん。これでも一応、雇われ店長だぞ」
「…………」
無言のまま身をよじらせる僕。初めての経験だった。同級生から母親を下の名前で呼ばれることが、よもやここまでむず痒いなんて。訂正しようにも他の呼び方が思いつかないため、断腸の思いで受け入れるしかなさそうだった。
「あたしよくわかんないんですけど……雇われ店長って、店長じゃないんですか?」
「店長だよ。店の中じゃ一番偉いし。ただオーナーっていうさらに偉い人がいて、あたしはこき使われているわけ。おかげでどんどん老けてくわ」
「全く老けてないです! 若すぎてびっくりしてますって、あたしもたきざぁも」
「そう? ありがとー。つってもすでに三十四歳だしなー……三十四で、いいんだっけ? 三十五にはまだなってない気がするから……いいんだよな、四で?」
おばあちゃんみたいに一人問答している女をよそに、「聞いたか、おい……」「うん……」とアイコンタクトを取った二人。最終的に滝沢の方が「なあ、古森」と僕を見てくる。
「三十四か五で、十六か七の子供がいるって、それはつまり…………ヤバくね?」
「産んだ年を計算するな」
具体的な数字を出されると僕も引いてしまうのだが。これについてヤバいのは父親の方だと思っている。何がとは言わないでおくけどさ、父さん……。
「しっかし、三十代半ばで二児の母でなお、この体形をキープしてるわけっすか……」
「興奮するだろ?」
「筆舌に尽くしがたく」
「はっはっはっは、正直でよろしい。あたしの見立てだと滝沢くんはアレだね。遊んでる風に見えて実際も遊びまくっているという、期待を裏切らないタイプのすけこまし」
「おおっ、よくわかったっすね」
誰でもわかる。意外性皆無だったが。
「で、逆に獅子原ちゃんの方は……見た目ギャルだけど男遊びは全然してないでしょ?」
「えっ! あっ! えっ!?」
「昔からそこら辺の眼力は鋭いんだぜ、あたし」
こちらについては誤算だった。たぶんいい方の誤算。僕は少なからず身構えていたから。酔っ払いの軽率な一言が、傷付く必要のない善人を傷付けるんじゃないか、と。
幸い僕が出張る必要もなく、獅子原の尊厳は守られたわけだが。
「い、いーえいえいえいーえ! あたし、遊びまくってますから」
図星を突かれた本人は、裏返った声で奇妙なイントネーション。
見栄を張りたいお年頃なのか。獅子原の交際歴なんて僕は関知しないけど、普段から遊びまくってる女子はこんな初心な反応しないだろう。
「学校の男子という男子を弄んでますし、手玉に取りまくってる……ねー、こーもりくん?」
「今どういう感情なんだ、お前」
「安心したまえ、獅子原ちゃん。ギャルの皮を被った乙女が男にはいっちゃん受ける」
「そ、そうですか? 皮を被ってるつもりは、ないんですけど……」
「もちろん。ギャルってのは心の在り方だもんねぇ……にしても、こんなにプリティーチャーミングな女の子とお友達だったなんて、うちの息子も隅に置けんなぁ」
「ぷ、ぷりちーっ!」
死語なのか古語なのかわからない表現に、しかし、獅子原は「これだけで白飯三杯はいけちゃいます」と言わんばかりに喜び勇む。かっこむのはラーメンだけど。
「うんうん、超絶可愛い。特に髪が素晴らしいね。明るいカラーにふんわりセットがマッチして……変な言い方かもしれないけど、家で飼ってる猫ちゃん思い出す」
「ぜんっぜん変じゃないです、嬉しいです。猫なんで、あたし」