異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

四章 主人公の親がラスボスっていう作品、近頃は少ない気がする。 ①

『毒親』──子供を駄目にする親の総称である。発祥はアメリカだ。

 日本でいえば、親ガチャなんて関連用語も生み出されたのは記憶に新しい。


「親子の尊い繫がりを、低俗なソシャゲの文化なんぞにたとえるのはけしからん!」


 頑固一徹な批評はこの際、言いっこなしにして。僕は前々から疑問だった。

 ──この場合、本当にガチャを回しているのは誰なのか?

 なるほど、子供の側が産まれてくる環境を選べないのは事実だし、不出来な親のせいで苦労を強いられるケースもあるのだろう。


「親であることは一つの重要な職業だが、このために適性検査が行われたことは一度もない」


 そんな格言を残した作家もいるくらい、親に責任が伴うのは間違いなく真実。

 しかし、少し至らない程度の親をつかまえて「毒親」だの「ガチャ失敗」だの罵るのは、さすがに酷がすぎるのではないか。

 研修所もマニュアルも存在しない中、大体の親は子育てという重責に向き合っているのだから、あまりいじめないでやってほしい。

 加えて不思議なことに、多様性がどうのこうのと騒がれている時代の割には、この分野についてはいつも片面的な議論しかなされてない気がする。

 何が言いたいのかといえば、たしかに子供は親を選べないけれど。

 親の方だって子供を選ぶことはできない。

 非人道的な見解を僕が平気で口に出せる理由はきっと、そう。

 今まで自分が親にとって──少なくとも母親にとっては──お世辞にも『いい子ちゃん』とは言えなかったから。むしろ悪い子。さぞかし扱いにくかったろう。

 振り返れば、彼女が言っていることはいつも正しかった。朔先輩に対する人物評も然り。

 今でこそ混ぜるな危険の両者だけど、変人同士通じ合う何かがあったのか、元来は仲が(無駄に)良かった。「朔夜ちゃわん!」「お母様!」と呼び合って、僕を辟易させる程度には。

 風向きが変わったのは、朔先輩がミューデントの認定を受けてから。

 母親が問題視したのは、とりわけ僕の心持ちについて。

 ミューだとかそんなの関係なく、今まで通りに接すればいい。他のみんなに理解されなかったとしても、自分だけは──と、そこに潜んだ欺瞞は容易く看破されたのだろう。


「なんにも変わっていないと思い込んでいるのは、あんただけだよ」

「現実から目を背けてばかりいると、痛い目に遭う日がいつか来る」


 要約すれば、以上の二点。

 心身共に幼かった僕には、彼女が言わんとしていたことの半分も理解できてはおらず。そのうちに事件は起こった。朔先輩はミュー狙いのストーカーに刺されそうになって、それを庇った僕は大怪我を負い死線を彷徨う。

 痛い目に遭う日がいつか来る──果たして母親の危惧は現実のものになった。

 あるいはその後の展開も彼女には読めていたのかもしれない。

 朔先輩は何も言わずに外部の高校を受験して、僕の前から姿を消した。

 サキュバスだから、ミューデントだから、と。謂れのない誹謗中傷が蔓延している学校の空気に嫌気が差して、だけど不条理な世界に、面と向かって立ち向かう勇気もなくって。短期間の引き籠りを経たのち、僕も新天地を目指した──と。

 かっこよく言い換えてみたが、白状しよう。僕はただ逃げたかっただけなんだ。情けない自分のことを知っている人間がいない場所で、今度こそはかっこつけた生き方を、自己満足の人生を送ろうとしているにすぎなかった。

 息子のそんな甘さを看破していたのだろう。進路について猛反対した母親が、最後に漏らした諦めの言葉はこうだ。


「朔夜ちゃんが可哀そうだよ。こうならないために離れていったんだろうに」


 なぜ朔先輩の名前を出すのか、言わんとすることの半分もやっぱり理解できなくて。


「いなくなったあともあんたのことを縛り付けるなんて、あの子だって望んでないのに」


 ただ、それは明確な非難であり、全てを否定されたのと同義に思えて。

 以来、僕は母親を避けるようになった。元から生活のリズムが違う、向こうは土日も含めて夜遅くにしか帰ってこなかったから。少し意識するだけで、同じ家に住んでいるとは思えないくらい顔を合わせる機会は激減。まともな会話すらなくなった。

 そうして始まった新しい高校生活、僕は思いがけず朔先輩と再会することになるわけだが。

 一年も経てばさすがに、母親の言っていた言葉の意味もわかりはじめる。物理的な距離をいくら詰めても、心の距離は埋まらない。いくら昔と同じように振る舞っても、僕と朔先輩の間には前にはなかったはずの見えない壁が存在していて。

 振り返れば、そう、母親が言っていることはいつも正しい。

 だから僕はあの人を避けていたんだ。避ける理由を怒りや憎しみだと思い込むようにして、自分を守ろうとしていた。本当は違う。立ち向かうのが怖かっただけ。言い負かされるとわかっていたから。無茶苦茶なことを言っているわけではない。あの人は冷静で、正論を聞かされるのが、それに反論できないのが嫌だから、逃げていたにすぎない。

 あんなチャランポランに見えても彼女は立派な大人。

 毒親なんて罵る権利、いっぱしの子供にもなれない僕には与えられていなかった。




 他の月よりも五月を短く感じてしまうのは、やはり大型連休から始まるせいなのだろうか。

 六月はご多分に漏れず、いつの間にかやってきていた。

 重かった冬服を脱ぎ捨ててカレンダーを見れば、僕にとってはあまりいい思い出のないイベント──文化祭が、もう今週末にまで迫っていた。

 今日からは四時間のみの短縮授業。この期間に大部分のセッティングを済ませ、全ての授業がなくなる前々日と前日に残りを片付ける。

 去年で流れは大体把握していた。今回は模擬店をやるので、地味な展示系だった去年よりは大変そうだけど。


「やっとメニュー表できたー……え、これあと十個も作るん!?」

「シフトかっちり決めすぎじゃないか? 不測の事態に備えてヘルプ要員を……」

「衣装のサンプル来てるぞー。誰でもいいから試着してみてー」

「内装に使えそうな小物、まだ集まってないの?」


 その分やりがいも倍増するのか、クラスは活気に満ち溢れていた。

 働きアリの法則とかインテリぶる気はないが、こういうときってタイプが分かれる。

 陣頭に立って仕事をする者、仕事をしないで怒られる者、怒られない程度には仕事をする者。

 その流れの中に埋没していられることが、今の僕は幸せだった。

 忙しければ忙しいほど心を無にできる。余計なことを考える暇もないから。


「目標をセンターに置いて、カット……目標をセンターに置いて、カット…………」


 社畜の才能を開花させつつある僕は、折り紙を畳んで切って開いて糸を通すのを繰り返して幾年月。内職だったら時給換算二百円くらいの速度で、カラフルなハニカムボールを量産することに命を捧げていたら。


「はぁー!? あんた、噓ついたわけ!?」

「う、噓ではないんだけどぉ……事情が変わってさぁ……ごめん」

「タダで使わせてもらえるって話だったじゃーん!」


 何かトラブルが発生したようだ。

 スポーティな刈り上げの男子が、女子二人からものすごい剣幕で詰め寄られている。いかにも気の強そうな彼女たちは獅子原と同じグループのギャル一派で、男子の方は滝沢と一緒にいるのをよく見かけるのでおそらくサッカー部。

 僕の真横で繰り広げられるやり取りは自然と耳に入ってくる。経費削減のため内装に使えそうなインテリア──人形なり置物なり、和風のカフェを演出する雑貨を各自持ち寄る段取りになっていたのだが。その中の一つが急遽、使用不能になったらしく。



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