異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
四章 主人公の親がラスボスっていう作品、近頃は少ない気がする。 ②
「実家のじいちゃんとばあちゃん、少し前に大喧嘩したらしくってさ。庭にあった盆栽、残らず粉砕したんだって……八十越えてるのに怒るとこえーんだ、ばあちゃん」
「は? しれっとおばあのせいにすんなし」
「使えるかもわかんないのに『俺んちにあるぜ!』とかチョーシぶっこいてたわけ?」
うっわぁー、サイテー……ゴミを見るような冷たい視線。
滝沢だったら間違いなく養分にするが。彼はそこまで上級者ではなかったらしい。「チョーシこきました、すんませーん!」と、半泣きで遠ざかっていく背中には悲愴感しかなかった。
「ハァ〜……今さら盆栽ナシなんて萎えるっしょもー、どーする?」
「んー、和のパワー下がっちゃうけど、ミニ盆栽とかで我慢しとく?」
「しゃーなしかぁ…………うわっ、値段はひとっつもミニじゃない!?」
フリマサイトで検索したのだろう、「盆栽やべー!」と驚愕しながらスマホをいじっている。
彼女たちの嘆きや絶望の声が、ばっちり耳に入ってしまったので仕方なく。
「盆栽なら、当てがあるけど」
内職しながら独り言みたいにエサを撒いたのだが。
「「マジッ!?」」
入れ食いみたいな速度で食いついてきた。
「やっりぃ、救世主の登場じゃーん」
「こもりんのおじい、盆栽マスターだったり?」
誰がこもりんだ勝手にあだ名を増やすな。
「おじいじゃなくって、文芸部。いつだったか、朔先輩が急に『盆栽育てたい!』とか言い出したときがあってさ。結構立派なやつ。今は校庭の花壇に置かせてもらってる……たくっ。言い出したのは自分のくせして、世話は用務員さんに任せっきり……」
「うん、とにかくあるんならヨシ!」
うぇーいうぇーいと喜び合っている二人は、しかし、はたと真顔になって僕を見つめる。
「サキュバスのパイセン、なんで急に盆栽育てようと思ったわけ?」
「こっちが聞きたい。で、いるのか、いらないのか?」
「いります! お願いします!」
「わかった。運ぶのは前日でいいよな?」
「おけおけ。うちらも手伝うから声かけて…………あ、そうだ!」
と、女子の片方が僕にスマホを見せる。画面ではメモ帳アプリが起動していた。
「これ、内装に使いたいけどまだ集まってない物の一覧ね」
「パイセンのご趣味で部室に置いてあったりしない?」
「趣味じゃなくてただの気まぐれ……」
どうでもいい訂正をしつつ、僕はリストに目を通す。
派手じゃない提灯、古めかしい火鉢、雪舟っぽい掛け軸、茶屋でよく見る番傘、鹿威しに使えそうなでっかい竹……か。どれもレアリティが高いけど。
「全部ありそう」
「「なんで!?」」
「だからこっちが聞きたい。文句あるんなら貸さないぞ」
ないない、と高速で首振りする二人は「こもりん愛してるー!」「神ってるー!」過剰に感謝を爆発させてくる。背中や肩を撫でくり回されている僕を見て、恨めしそうに唇を嚙むのは先ほど彼女たちから詰められていた男子。俺の手柄を横取りしやがってという目。逆恨みは大概にしろ。お前の不始末をカバーしてやったんだぞ。
「はぁ…………ん?」
世知辛さを嚙み締める僕は、気が付いた。こちらを見つめる人物が他にもいることに。
獅子原だった。作製しているのはポスターか看板か、パステルカラーの水性ペンを手にしている彼女は、作業そっちのけで僕に視線を向けている。
湿った視線に込められるのは、女子とのスキンシップにデレデレしている(してないんだけど)男子への軽蔑──ではなく。もっと深い部分で僕を非難している。
──なんで何も説明してくれないの、と。
その感情は無理からぬもの。あいつからしたら意味不明だろう。ラーメン食いながら母親といがみ合った同級生が、次の日からそんなことなかったかのように振る舞って、のみならず自分を避けているような素振り。避けているつもりは、ないんだけど。
今の僕にとってそれはまさしく、考えたくないことに該当するので。
「……一応、全部あるか確認してくる」
無言の追及から逃れるように、僕は教室を出る。
他所のクラスでもうちと同じように、あれがないこれがない、でも欲しい全部欲しいと奔走している生徒がいて、いかにも文化祭前。物見遊山気味に彼らを眺めながら、僕が向かうのは文芸部の部室──のはずだったが。
「いや、待て」
考えてみれば、部室に置いてあったよくわからない雑貨の数々(朔先輩印)は、ガサ入れが実施されたあの日から生徒会室に保管されているままだった。無論、持ち出すのならば生徒会長の許可が必要だろうけど。
至極真っ当に、顔を合わせづらかった。「中二病は卒業しろ」と、ショック療法なのかもよくわからない一撃を見舞って、彼女とはそれっきり。まあ、少しかっこつけている部分を除けば会長は人格者なので、許可を出すとか取るとかに私情を挟んだりはしないはず。
「…………お?」
気乗りしないままやってきた特別棟。
生徒会室の扉はノックするまでもなくすでに開け放たれており。
「なぜ駄目なんです、会長!」「生徒の希望は無視ですか?」「もう一回、考え直して……」
と、立て続けに声が聞こえてくる。先客がいるようだ。おまけにどう考えてもお取込み中。邪魔するのは憚られるので廊下で待機しようと決めるが、覗き見するつもりはなくても中の様子はうかがい知れてしまう。
人数的に、三対一の構図だった。後ろ姿からして前のめりになっている、必死そうな男子生徒が三名。その向こう側にいる一人が誰なのかは、(ちっちゃくてとかではなく)陰になってよく見えなかったが想像はついた。
「見苦しいぞ。何度も言わせるな」
案の定、凜としてよく通る会長の声。
「すでに決定事項だ。君たちの主張する『クイーン武蔵台』なる大会の開催は、厳正なる審議の結果、見送る運びになった」
「しかし、ですね。元をたどればこの催しは、武蔵台学院の伝統行事の一つだった……」
「もう十年以上前の話だろう。時代が変わったのを理解しろ」
ふむ。全容は見えないが、文化祭の企画にまつわる何か。
おそらく彼らは『クイーン武蔵台』というイベントを開くために嘆願している、と。
女王様か。名称から察するに十中八九。
「内容は『我が校で最も優れた女子生徒を決めるコンテスト』だと……早い話が、ミスコンステトと呼ばれるものだな」
予想通り、ミスコンだった。日本一可愛い○○を決めよう、みたいなアレ。
滝沢に類する男子共だったらさぞかし血沸き肉躍りそう──否、ひょっとすればより多くの生徒を惹きつけるポテンシャル。漫才師然り、鳥人間然り、グランプリとかコンテストにはみんな興味関心が強く、なんだかんだ盛り上がるから。
その点では面白い企画ではある。とはいえ障害となる要素も多い。
「美人コンテストと揶揄されるのは知っているだろう。いわば美醜を競って順位を付けるものだ。ルッキズムを助長しかねないとして、昨今はどこもかしこも縮小傾向。ゆえに我が校でも廃止されたものを、掘り起こすメリットがあるか?」
会長の冷静な問いに「あります!」と声を揃える男子たち。
「つまんない時代になった今だからこそ、復活を期待している生徒が多い……」
「そもそも企業や自治体がミスコンを避けるようになったのは、スポンサーや世間の顔色をうかがっているからでしょう? 一学校のローカルな文化祭で同じ理論は通用しません」
「提出していた企画書の通り、審査方法も全面的に見直して、容姿や外見に関する物はなくす予定です。美人コンテストなんて誹りを受ける危険性は低い……」
我知らず、深く頷いていた僕。わかる。彼らの主張には一定の正義がある。