異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

四章 主人公の親がラスボスっていう作品、近頃は少ない気がする。 ③

 しかし、正義なんてものは所詮、人の数だけあって。


「ほう? ローカルな文化祭、だと。そうはいっても学外から多くの来場者が訪れる以上、私たちも世間の目は気にするのが道理だろう。加えて審査方法をいくら変えたところで、出場者に仮面を被らせるわけにはいかないんだ。容姿や外見に囚われないなんて、お題目を並べても結局は見た目が基準になり得る。審査する側の偏見を排除しきれない」


 僕はもう一度、深く頷いていた。わかる。会長の主張にも一定の正義がある。

 このレベルでは決着がつかない。どちらにも傾きうる天秤だからこそ、絶対的な基準が必要になってくる。今回それを握っているのは、おそらく。


「……と、ここまでは私個人の意見にすぎないから、聞き流してくれて結構だが」


 こちらについては受け入れろ、と会長は何かの書面を三人に突き付ける。


「全学級と部活動の代表が集まって行われた審議会において、企画案は投票に付された。結果としてクイーン武蔵台の開催については、反対票が賛成票を上回っている」


 ぐぬぬっ、と彼らが歯嚙みするのは見えなくてもわかった。


「ロビー活動が足りなかったんだよ、君たちは」

「……生徒会長が堂々と、そんな用語を使っていいんですか?」

「もちろん。クリーンな意味で使っているからね。みんながやりたがっているとか漠然としたエビデンスを提示するより、全校生徒の過半数の署名でも集めてきた方が私の考えを変えられたかもしれんな」

「そんなの不可能だって、わかって言ってるでしょ?」

「やる前から不可能だと決めつけている人間に、民意を語る資格はない」


 強い。そして怖い。

 部外者の僕でも「ひええ……」と言ってしまいそうになるのだから、面と向かって正論をぶつけられた彼らのショックたるや計り知れない。覚えていやがれよ、と。そんな捨て台詞が聞こえてきそうなほど、半べそかいた顔の三人が走ってきて。


「くそ、冷酷な吸血鬼め……」「可愛いからって偉そうに……」「ロリの罵倒はしみるぜ……」


 悔しさを言葉に変える。ちょうど僕の目の前で。瞬間、思った。

 ──なんの関係があるんだよ?

 吸血鬼なのも、可愛いのも、ロリなのも。今はどうだっていいはずだろう。その些細な一言で傷付く人間がこの世にどれだけいるのか、少しは理解した方がいい。

 普段だったら思うだけじゃなくって、口に出していただろうけれど。


「……ハァ」


 ため息を漏らした僕になんて興味を示さず、彼らの姿はやがて見えなくなった。

 口に出さなかった理由は、母親から言われた台詞がちらついたから。

 僕にとって朔先輩は、ミューデントは、保護されるべき可哀そうな人たちなのだと。

 そんなつもりがなくても、そう受け取られたって仕方ない。守ってくれなんて誰からも頼まれていないのに。どうして僕は固執していたんだろう。


「おい……おい、古森翼」

「え?」

「用がないんなら閉めるぞ」


 扉に手をかけた会長が僕に半眼を向けていた。


「あっ、あります。ちょっと確認したいことが……入ってもいいですか?」

「勝手にしろ」


 背を向けた会長を追う形で僕は生徒会室に入る。

 目的の物はすぐに見つかった。部屋の隅に積み上がっているのは、ゴムバットだったりピアニカだったりこけしだったり、統一性がまるで感じられない物品の数々。整然としている生徒会室の中では異彩を放つ。持て余しているのは察するにあまりあった。


「えーっと、提灯、火鉢、掛け軸、番傘、それから竹だっけ…………うん、あるな。すみません、会長。この中の一部、模擬店で使いたいんで持ち出してもいいですか?」

「結構。一部と言わず、折を見て全部持って帰れ」


 うざったそうに答える会長は「場所を取って仕方ない」と、やはり持て余していたようだ。

 ご迷惑をおかけしました。会釈する僕は、会長の姿を見て小さな変化に気が付く。ブレザーを脱いだ夏服スタイルは他の生徒と同じだが、彼女の場合はもう一か所。


「外套、脱いでるんですね」

「もう夏だからな」

「夏用の薄いタイプも売ってそうですけど」

「持ってはいるが、今年から着ないことにした」


 朔先輩に馬鹿にされたから、だろうか。存外、人間味があって微笑ましい。

 ついでにあまり怒っていないようなので安心した。


「冷房効いてると寒かったりしますし、僕は別に着てもいいと思います」

「察したような顔をするな、鬱陶しい……ふぅ」


 会長はお疲れの様子。文化祭の本番を間近にして仕事がてんこ盛りなのだろう。


「疲労の蓄積に有効なのは、やはりこれだな……」


 と、カラカラに渇いた肉体に命の水を与えるように、会長は冷蔵庫へ手を伸ばす。取り出したパウチはご存じ、彼女にしか飲用を許されない赤き血潮。

 十秒チャージとばかりに一瞬で中身を飲み干した会長は、


「────っくは〜〜〜〜! 生き返る〜〜ッ!!」


 色んな意味でキマッている顔。何回見ても慣れないし何回見てもヤバイ映像だった。


「前も聞きましたけど……それ、ただの血液ですよね。ヤバイ成分入ってません?」

「んんー、よくぞ聞いてくれた。無論、非合法な物質は何も混ざっていないが……これを『ただの血液』などと呼ぶことに関しては、断固として『否ッ!』と答えよう」

「具体的には?」

「ここだけの話、祖父母が医療関係の仕事をしていてね。ヴァンパイアの中でも特別に、私は『A5ランクの血液』だけを与えられて育ったんだ。ゆえにこの血液は、舌触り、喉越し、爽快感、どれを取っても一級品」

「牛肉じゃないんだから……」


 血液に格付けがあるなんて、今まで読んだどの文献にも載っていなかったが。


「ふっふっふ……君にはわかるまい。あるんだよ。一般人には決して周知されることのない、ヴァンパイアにのみ知らされる秘伝の流通ルートが」

「ああ、はい。わかりました……にしても、やっぱり生徒会長って大変ですね」

「先ほどの連中のことか」

「ミスコン、悪くない案にも思えますけど」

「いい悪いじゃない。ルールに則った運営が大原則だ」

「ブレないですね。嫌になったりしないんですか?」

「嫌になる、かい?」

「正論にも相手は納得しなくって、自分が悪者になったみたいで、不条理だなって」


 僕に対する母親が、まさしくそれに思えた。いくら正しい道を説いても、意固地な息子は聞く耳なんて持たずに反発するばかり。親だろうと生徒会長だろうと、誰かを導く立場にある人って孤独で損な役回りだな、と感じるのだが。


「夢にも思わなかったな、そんなこと」


 会長は僕の考えを明確に否定して。


「私は私の行為に納得しているから、不条理だなんて嘆いたことは一度もない。誰かが正論を振りかざして恨みを買わないといけないのなら、私は喜んでその役割を担おう」


 自分で選んだ生き方だから、と。彼女の瞳には真正の覚悟が宿って見える。


「人の上に立つ者の義務として……なんて言ったら、君は馬鹿にするかもしれないが」

「いえ、かっこいいと思います」

「ああ。かっこつけたがりだからな、私は」

「……少しズレてる気がする」


 会長の中では『かっこいい』=『かっこつけ』なのだろうか。


「…………君も、私と同じタイプの、かっこつけでかっこいい人間だと思っていたけどね」

「僕が? 何をもってそんな風に………………え?」


 若干、たじろいだ。純粋にかっこよかったはずの会長が、かっこいいのとはまた違う表情を今は見せているから。小さな体をモジモジさせたり、小さな指をいじいじさせたり。


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異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2の書影
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