異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

四章 主人公の親がラスボスっていう作品、近頃は少ない気がする。 ④

 マスコットキャラ的なその動作を前にして、僕の脳内は彼女にとっての禁句(『か』で始まり『い』で終わる四文字)で埋め尽くされたわけだが。


「たとえば…………そう、花屋で見知らぬ少女に親切にして、キザな台詞を残して去っていくような……損得勘定抜きに善行を積める、かっこいい男じゃないのか?」

「ハ、ハナ? ショウジョ? すいません、比喩表現の読解は苦手で……」

「比喩じゃなくてありのまま言ってるよー!!」


 急に怒った。やっぱり何かズレてる。


「とにかく! 君だって本当はかっこつけたいんじゃないのか?」

「…………」


 僕がかっこつけている。かっこつけたがっている。初めて言われたかも。そして気が付く。

 自分も本当はずっと、正論を振りかざす側でいたかったのだと。

 本来なら、僕はこの学校に来るべきではなかったんだ。

 朔先輩を外の世界に追いやった、悪意の蔓延するあの学校に残って、正論をひたすらに説くべきだったんだ。孤独でも誰にも理解されないでもいいから、自分だけは正しいんだという信念のもとに戦えば良かった、立ち向かうのが使命だった。

 それを放棄した。あのときできなかったことをやり直そうとしているだけ。

 あるのは後悔だけで信念もないから、母親には立ち向かえないし、朔先輩との距離は永遠に縮まらないまま。


「……すごいなー、会長は。僕に色んな気付きを与えてくれる」

「なに? 大丈夫か、君の方も少しズレてる気が……」

「僕と会長は全然、違いますよ。あなたと同じカテゴリなのはきっと、朔先輩みたいな……」

「あんなギャンブル依存症の腐れサキュバスと一緒にするなー!」

「ごめんなさい」


 スペシャルな人って言いたかったんです。最後まで嚙み合わない僕たちだった。



 生徒会室を出た僕は、ついでに例のブツも確認しておこうかと思い立ち。

 昇降口で靴に履き替え、普段滅多に訪れない校庭の花壇までやってきていた。


「おっ、しっかり育ってるな。よしよし」


 木製の台に載せられた盆栽を発見。綺麗に手入れされ、心なしか前よりでかくなって見える(用務員さんありがとう)。和を演出する小物としては申し分ないだろう。

 しかし、カラフルなガーベラやマリーゴールドに交じって、青々とした松の鉢植えが鎮座している風景はなんともシュール。間違った意味の和洋折衷か。


「……外の準備も、始まってる」


 そっち持ってー、こっち上げるよーという声に視線を向ければ、校舎の近くでテントを設営している生徒の姿があった。主に運動部の担当となっている屋台──まだ屋台らしさはないけど、『サッカー部/やきそば』とか、『野球部/フランクフルト』とか、仮置きの看板が目に入るだけで少しお腹が空いてくる。

 飲食系以外にも、あれは金魚すくい……いや、ヨーヨーすくいか。ビニールプールにまだ水は張られていなかったが、「試しに一個、膨らませてみたぜ」「うお、パンパン」と、水風船の感触を確かめていた男子は、しまいにそれを使ってキャッチボールを始めた。

 ジャージに着替えているみたいだし、濡れても構わないのだろう。楽しそうで羨ましい。


「そういえば……文芸部の準備、全く参加してないな」


 占い館だっけ。あの一件以来、なんだか朔先輩とも顔を合わせづらくって。思えば、好きでもないラーメンなんかを食べに行ったせいでケチがついた。つまり全て滝沢が悪い、と僕が責任転嫁に落ちぶれていたとき。


「あ──!! 見つけたぞ──!!」


 大音声は、遠くの空に浮かぶ雲まで届きそう。

 見れば「邪魔ぁ、どいてぇ!」と、水風船で戯れていた男子共を撥ねのけながら、こちらに向かってくる生徒が一人。肩を怒らせる彼女は僕の前までやってくると、猫科の猛獣を思わせる厳めしい両目を光らせる。


「もー、限界だぁ……あたしのイライラがマックスボンバーに達しちゃったよ、いい加減」

「マックスボンバー……」

「観念してぜーんぶ懺悔しなさいっての、こーもりくん!」


 語彙力は壊滅的だったが、非常にお怒りなのは伝わってくる。

 その声は僕のよく知る女の物に聞こえたが、しかし、奇妙な点も一つ。つい先ほど教室で見かけた彼女は他のクラスメイトと同様、何の変哲もない夏仕様の制服に身を包んでいたはずなのに。目の前にいる人物は全然違う。

 恥をかくのは避けたいので確認しておこう。


「どちら様ですか?」

「あたくしですけど!? 記憶喪失?」

「ああ、悪い…………獅子原だよな。どうしたんだ、その格好?」

「ハァ? 店員が当日に着る衣装、試着中に決まってるじゃん」


 つまんねーこと聞くなよって感じに吐き捨てられてしまったけど、僕は今初めて知ったんだから「決まってるじゃん」というのは見当はずれ。


「へー、本格的な衣装だ」


 思わず、しげしげと観察してしまった。

 抹茶を思わせる緑を基調とした振袖に、同じく渋い色合いの袴。ところどころ白いフリルがあしらわれている。女子大生の卒業式スタイルにメイド服を合体させた感じ。正しい意味の和洋折衷で、和カフェにはベストマッチ。

 だいぶ前から、裁縫の得意なメンバーが寝る間を惜しんで作製中だとは聞いていたが、とても素人作とは思えない出来栄えに仕上がっていた。


「な、なに……へ、変だった?」


 急に恥ずかしくなってきたのか、意味もなく和服の袖をフリフリして見せる獅子原。髪もいつもと違って一つ結び。


「けっこー可愛いと思うんだけどなー、あたし的には……」

「うん。僕も可愛いと思う」

「えっ!?」

「緑が可愛い。フリルが可愛い。袴も可愛い。トータルで可愛い」

「ご、五回も言った!? 可愛いなんて絶対言わないことで知られるあのこーもりくんが!」


 信じられないのを通り越して、影武者を疑うリアクションだった。


「絶対ってことはないだろ」

「あたしの中では絶対なのっ。一回も言われたことなかったのっ」


 足を踏まれた側は覚えてるんだぞ、とでも言うようにムスッとしている女。


「どういう心境の変化?」

「実はさっき、脳内を埋め尽くす『可愛い』というワードに死ぬ気で抗っていて。今のは反動で溢れただけだから、五回とも撤回しておく」

「別に撤回しないでいいんだけど…………どういう状況、それ?」

「僕にもわからない。なあ、汚れたりしたら大変だろ、その服。早く教室に戻ろう」

「あー、そだねー…………って誤魔化されるか!」


 僕の進路に立ちはだかる獅子原。誤魔化したつもりはないのだが。


「なんで逃げるの? 話した方がすっきりするじゃん」

「何を話せって?」

「全部だよ。斎院先輩のこととか、お母さん……飛鳥さんのこととか、いっぱい」

「一口には言えないんだ」


 本音だった。説明するのが難しい。それ以上に知らない方が幸せだと思った。

 優しい獅子原には聞かせたくない。ストーカーとか、差別とか、引きこもりとか。この世の汚くて暗い部分が凝縮された話になるだろうから。

 そうでなくとも包丁で刺されて死にかけたなんて、重すぎて引かれるに決まっている。

 僕は口を割らないつもりでいたが、しかし、その覚悟は無意味だったらしい。


「一口には言えないって、それ……中学の頃に斎院先輩がストーカー被害に遭って、サキュバスだからどうだとか質の悪い噂が広まった結果、外部受験するしかなくなっちゃって」

「…………」

「負い目を感じたこーもりくんはヒッキーを経由したのちに、飛鳥さんの忠告を無視してこの学校を受験。そこでたまたまた斎院先輩と再会して今に至る……っていうことが?」

「大体そうなんだけど…………なぜ知ってる?」


 聞くまでもないか。


「飛鳥さんと話したから」

「あの日、ラーメン屋でか」



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