異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
四章 主人公の親がラスボスっていう作品、近頃は少ない気がする。 ⑤
こちらも聞くまでもないな、と思っていたが。
「ううん、別の日。この前、雇われテンチョーやってる美容院にお邪魔して……あそこ、すっごく雰囲気いいお店だね! リピートしちゃうかもしれないよー」
両者のコミュ力を甘く見ていた。
「随分と仲良しだな」
「たきざぁの方が仲良くしてるよ。連絡先交換してお茶してるっぽい」
その件についてはあとで滝沢をたっぷり締め上げるとして。
「あの女、人の個人情報をベラベラ……」
「飛鳥さんは悪くないの。あたしが聞いたんだから」
本当は僕もわかっていた。ベラベラ喋ったわけでも口が軽いわけでもなく、純粋に必要だと判断したから。獅子原にはきちんと話しておくべきだと、何も知らないのは不憫だろうと、母親は見抜いたのだろう。
何回か接しただけの人間に見抜けたそれを、何回も接しているはずの人間が見落として。
「……こーもりくんとも、それなりに仲良しのつもりだったんだけどな」
こうして今、獅子原を悲しませている。僕はいつも間違ってばかり。
「なんにも知らないよね、あたし……なんにも、話してくれないんだから」
「他と比べたら話してる方だぞ、獅子原には」
「でも……こーもりくんが猫飼ってること、知らなかったし。写真すら見たことないし」
「謎にこだわるんだな、それ」
「中学生の妹ちゃんがいるのも、知らなかったし」
「教えるタイミング、あったか?」
「何歳までお母さんと一緒にお風呂入ってたのかも、知らなかったし」
「普通知らないだろ!」
「ウェアキャットのこととか、りっちゃんのこととか……あたしのことは丸裸にして散々辱めたくせして、自分だけガード固すぎでしょ」
「誤解を生む言い方……」
初夏の日差しが厳しいせいだろうか、無性に頭が熱くて沸騰しそう。温暖化、許すまじ。
僕が青天の空を恨めしく見上げていた、そんなとき。
「ばか、どこ投げてんだ!」
「やっべぇ! 危なーい!」
男子の叫び声と同時、視界に黄色い球体が乱入してくる。
それが暴投された水風船であり、放物線から計算される落下地点が獅子原にぴったり重なっていると認識できた頃には、もう直撃までゼロコンマ五秒。
「え? わっ!」
強引に押し退けられた獅子原がよろめく。
直後、パシャーン……と。破裂する音に湿り気が混じっているのは、液体がたっぷり詰まっていたから。水風船は狙いすましたかのように僕の顔面にクリーンヒット。
柔らかい素材の割には痛かった。遅れて冷たさに震える。顎から雫がしたたってきて、夏用の薄いワイシャツが体にぴったり貼り付いていた。
「ご、ごっめーん!」
「おい、大丈夫かー!」
と、謝罪しながらも決して近付いてはこない実行犯たち。遠目にも僕の怒りを察したのかもしれないが、まったく考えの浅い奴らだ。いくら大人になれない子供でもクソガキではない僕が、この程度でキレたりするはずない。
「涼しくなって、ちょうど良かったよ………………ありがとなァ──────ッ!?」
全力でお礼を言ってやったところ、「すんませーん!」一目散に逃げていった。
残されたのは物理的に水がしたたっている男が一人と。
「くっ……ははっ。ありがとなーって…………はははっ」
ごめん、ごめん、と言いながらも腹を抱えて笑う女が一人。
「衣装、濡れてないか?」
「うん、うん、大丈夫…………ありがとね、ありがとう……」
重い空気が吹き飛んだのは確かなので、彼らには本当に感謝しておこう。
体を冷やしたせいで風邪を引くなんて死んでもごめんだった(少し前に脱臼とのダブルパンチで苦い経験をしている)僕は、素直に保健室に立ち寄ってタオルを借りた。
「濡れた服、これ使って乾かしてもいいですか?」
設置されていたドラム式の洗濯乾燥機を見て、あわよくばと養護教諭に尋ねる。
「あー、だめだめ。生徒の私用で使わせるんじゃないぞって、教頭がうるさいんだわ」
すまんね、と謝ってくる彼女。そりゃそうか、と思った僕はすぐに引き下がったのだが。
「せんせー! でもですね、これはあたしを庇った名誉のずぶ濡れでありまして……」
一緒にいた獅子原が何やら交渉を開始。最終的にふふっと養護教諭は微笑んで、
「しゃーない、見なかったことにするから勝手に使いな」
職員会議があるらしく、終わったら電源切っとけよーと言い残して去っていった。
コミュニケーション能力って偉大だな、と改めて感心させられるのだが。
「……って、おい。なんだ、その手は?」
「なんだってそりゃ……」
教室から着替え(ジャージ)を持ってきてくれた獅子原は、おもむろに僕の来ているワイシャツに手を伸ばしてボタンを外し始めた。
「それ乾燥機にかけるから。恥ずかしがらないで脱いだ!」
「恥ずかしい以前に一人でできるっての」
こいつってときどきオカンになるよな、と呆れながらシャツと肌着を脱いだところ。
「んー? あれー? えい、えいっ…………あっれ〜?」
「いてっ、いてっ。おい、今度こそなんだその手は?」
僕の下腹部、へその横辺りを布団叩きみたいにペシペシはたいてくる女。
「なんかゴミみたいなの付いてるからさ、落としてあげようかなと……取れないね」
「ゴミ? ああ、これは……」
斜めに五センチほどの細いライン、肌の色が黒ずんでいる箇所がある。
「傷跡兼手術痕だ」
「きずあとけん?」
「例の、ストーカーに包丁で刺されて死にかけたときの。これでも目立たなくなった方」
脱いだ服を洗濯機に放り込み、乾燥モードで運転開始。ジャージに袖を通したところで、僕は気が付いた。固まっているというか、絶句しているようにも見える獅子原に。
「どうした、あんぐりして」
「刺されて死にかけたことあるの!?」
「いや、母親から聞いてるんだろ? 朔先輩とのこと」
「色々あったのは聞いてるけど包丁でブスリは知らない!」
「…………」
怖いー、痛いー、と。掛け値なしにドン引きしている獅子原。なるほど、こうならないために母親はところどころぼかして僕の過去を説明したらしい。さすが大人。
「ははっ、引っ掛かったな。ジョークだよ。ちょっぴりビターな……」
「ちょっぴりじゃなくって真っ黒だし誤魔化すには無理がある!」
まあ、そうなるよな。いくら砂糖やミルクを混ぜても中和できそうにないので、今だけは仕方なくその苦味を受け入れよう。受け入れてもらおう、というのが正しいか。
「……真冬の、寒い日でさ」
回転する洗濯機のドラムをボーっと眺めながら、もどかしいくらいにゆっくり言葉を落としていった。下手に取り繕おうとして時間がかかったわけではない。僕自身にとっても思い出す作業が必要だったから。
甘いお茶菓子もなしにブラックのコーヒーを飲まされる羽目になった獅子原は、大方の予想通り、渋くて苦そうに顔をしかめていたけれど。
聞き終わって発した第一声は、予想を外れていた。
「とんでもない格差社会だね」
「は?」
「あたしは水風船で、斎院先輩は包丁。同じ庇うにしても凶器がダンチっていう」
「物騒な格付けはしないでいい」
「ハァー……でも理解しましたわ。そんなことがあったんならそりゃ、忠犬にもなりますわ。やっぱし、あたしにとってのラスボスは斎院先輩かぁ。強いよー、強すぎるー」
負けイベに出くわしたみたいな言い草。なんのRPGかは知らないが。
「ラスボス、か。僕にとっては母親がたぶん、そうなんだろうな」
「飛鳥さん? 強そうではあるけどね……もしかして『守らなきゃいけない人』とか『保護されるべき可哀そうな人』とか言われたの、結構大ダメージだった?」