異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
四章 主人公の親がラスボスっていう作品、近頃は少ない気がする。 ⑥
言われたのは僕なのによく覚えてるな。
「ダメージ以前の問題だろ」
明らかに致命的。即死魔法に近かった。
「言い返す気力もない。僕は結局、あの日あのとき……朔先輩のためにできなかったことを、お前も含めて別の色んな人に対してやり直すことで、自己満足してるだけなんだ。いくら背伸びしてもかっこつけても特別にはなれない。一生、普通の人間のまま」
覆しようのない事実を前に白旗を揚げる僕を見て。
「何がいけないの、それ?」
だからどうしたと言わんばかりに開き直る獅子原。
「自己満足とか背伸びとか、あたしは知らないし」
「……」
「助けられる側からしたら、そんなの関係ないんだ。仲のいい友達にあたしが言えないこと、代わりに言ってくれたり。庇って水風船ぶつけられて濡れちゃったり。そういうとこ見せられたら素直にカッケーって思っちゃうの。コロッと好きになったりしちゃうの。あたしにとってこーもりくんは十分、特別な人なの!」
絶対に違う。かっこいいわけがない。頭では理解できているし、きっぱりと否定すべき場面なのに、それをさせない魔力、魔性──見よ、彼女の曇りなき眼を。
ロジックを超越した説得力の獅子原は、へっぴり腰を矯正するように僕の尻を叩いてくる。
「うっ」
「血の繫がった母親相手にビビりすぎなんだって。あたしのことイジメてるときみたいに、血も涙もない感じでビシッと言い返してやればいいんだ」
「イジメた覚えがない」
「と、に、か、く! いつも通りのこーもりくんでいいの!」
ピー、ピー、ピー。
演説めいた獅子原の台詞が終わるのと同時に、ドラムの回転が止まる。
「おっ、乾いたみたいだね。あたしを庇って濡れちゃった名誉のシャツちゃん♪」
「……念のため言っておくと、庇ったのはお前じゃなくて衣装の方だからな?」
「あーはいはい。わかってますから、大丈夫ですよー?」
余裕の笑みを浮かべる獅子原は、「ほいっ」と洗濯機から取り出した服を差し出してくる。
言いたいことは山ほどあったけど、結局は一つに集約される気がしたので。
「ありがとう」
受け取りながら、僕はお礼を口にする。
そしてもう一つだけ、忘れずに言っておかなければいけないことがある。
「獅子原。一個、真面目に苦言を呈すけど」
「ん?」
「好きになったりしちゃう、とか。冗談でも簡単には言わない方がいいぞ。この世にはその言葉だけであっさり勘違いする男子がごまんといるんだ。勘違いさせたら可哀そうだろ。ま、僕は絶対に何があっても勘違いしない体質だから心配いらないけど」
「あーはいはい! わかってますから! 大丈夫ですよー!?」
三十秒前と文言は同じなのに、獅子原の笑みには余裕がなさそうに見える。
よくわからない中、やっぱり勘違いしない体質で良かった、と僕は安堵するのだった。
僕はジャージから乾いた制服に、獅子原の方も店員の衣装からもとの制服に、それぞれ着替え直して教室に戻ったところ。
「暇になってきたし、部活の手伝いしたい人はそっち行ってもいいよー」
委員長の舞浜から号令がかけられて、それを合図におよそ半数の生徒が教室を出ていった。各自部活動の出し物を準備するためだ。
曲がりなりにも文化部に所属する僕たちも、一応その流れに乗ってはみたのだが。
「どーしよー。斎院先輩、怒ってるかなー?」
「不貞腐れてる可能性は高いな。まるっきり放置だったし」
「あたしもここんとこ、クラスの方に出ずっぱりで……」
部室へ向かう足取りは非常に重い。
先々週くらいだろうか。文化祭では占い館をやると決めて以来(正式に決定したのかも怪しいが)、今日まで一度も文芸部に足を運んでいなかった。
ひとえに僕も獅子原も、心に余裕がなかったから。
心に余裕がないときに朔先輩の相手をするのが、どれだけ危険かは今さら説明するまでもないだろう。正常な判断能力が奪われる上に下手すれば精神を病んでしまう。ひどいことを言っているとは思わない。全然思わない。
「でも占い屋さんって具体的に何準備するんだろうね」
「水晶玉とかタロットカードとか。内装は暗幕張って薄暗くするぐらい」
「だいぶ解像度の低い占いですけども…………ん?」
特別棟の階段を上っている最中だった。獅子原は鼻をスンスン鳴らす。
「なんかちょっと、いい匂いしてこない?」
「僕は特に感じないけど」
嗅覚に優れるウェアキャットが言うからには、どこかに発生源があるのだろう。
「模擬店で出す料理、試食でもしてるのかもな」
「ノンノン、食べ物系ではなくって、なんだろう……仏壇のあるおじいちゃんちとか、お寺の境内とかに立ち入ったときのアレ」
「線香臭いって言いたいのか。学校の敷地内で墓参りもクソもない…………え?」
驚いたことに、一般人である僕の鼻にもだんだんその匂いは届いてきた。届いてしまったというべきか。無性に嫌な予感。往々にしてそれは現実のものとなり。
「うん。ここからだね、匂うの!」
と、我ら文芸部の部室を指差してくれた獅子原。麻薬を嗅ぎ分ける警察犬みたいに鼻を利かせているが、たとえ口呼吸でもここが発生源なのは一目瞭然だろう。
だって、ドアの隙間からなんか、白い煙が漏れてるし。
「なんかもくもく出てるね」
「……まあ、大体想像できる」
この程度では動じなくなっている自分に侘しさを覚えながら、僕は扉を開ける。ふわりと鼻を衝いてきたのはジャスミンの匂い。案の定、お香が薫かれている。部室内はしばらく来ない間にすっかり様変わりしていた。
壁には暗幕が張られ、窓には黒いカーテン、テーブルや椅子にも黒いシーツを被せる徹底ぶり。床には六芒星の描かれたカーペットが敷かれている他、パワーストーンやペンデュラム、占いグッズなのか千年アイテムなのかも判別できない物体が転がっていた。
「占い館……なのか、これ?」
我知らず疑問を呈する。とりわけ気になるのは、隅にひっそり設置されている水槽。中には枯れ葉や枯れ木が敷き詰められていた。何を飼育しているのか特定しきれずにいると。
「失礼ねー。どこからどう見ても占い館でしょーが!」
不満いっぱいに頰を膨らませて見せるのは、この館の主──朔先輩はアラビアンな紫色のベールを頭に被り、顔の下半分を隠す(隠せていない)のは半透明のヒラヒラした布。初めてお目にかかる装いではあったが。
「無駄に似合いますね、占い師コス」
存在自体が胡散臭いだけはある。
「無駄には余計よーう。結構お高いんだから」
「一人でここまで準備するなんて。案外真面目なんだ」
「誰も来ないんだから一人でするしかないでしょーが!」
おっしゃる通りだった。その点は正当に評価すべきなのだろうが、何か見落としがあるはずだと僕があら探しに目を光らせる一方。
「すっごーい。いろんなもの集めたんですねー」
獅子原はテーマパークにでも来たかのように楽しげ。相変わらず順応スピードが人並み外れている女は、「わー。このカエルさんのフィギュア、めっちゃリアル」不用意にも、僕が最も警戒していた水槽の中身に顔を近付けて。
「ゲコー」
「んぎゃぁー!!」
次の瞬間、絶叫していた。さすがに生きているのは想定外だったらしい。元気な鳴き声を上げたカエルを前に「ぶぶぶぶっ……」と、白目を剝いて震えが止まらない獅子原。
「占いっぽい生物として飼育することにしたの。ふふっ、意外と可愛くって」
自慢げに宣う朔先輩に、「黒魔術の間違いでしょ」我ながら的確なツッコミ。