異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
四章 主人公の親がラスボスっていう作品、近頃は少ない気がする。 ⑦
そして冷静に現状を分析する。短期間で禍々しく強化(?)された部室だが、いかに朔先輩が魔術師じみているといえども、無から有を生み出すのは不可能。
先立つもの──下世話なハナシ、なんらかの資金源は必要であり。
「やあやあ。盛り上がってるねぇ、諸君」
と、そこで現れたのは白衣を着た美人。生物教師の、氷上牡丹先生だった。
今日も今日とて儚げな雰囲気をまとう彼女は、雪女と呼ばれるミューデント。その透き通った肌がひんやり冷たいことを僕はよく知っている。身を包む白衣は特注の冷感仕様であり、ぱっと見スレンダーに思えるけど、一枚脱いだ下には朔先輩をも凌ぐグラマラスボディが隠されていることも、僕はよく知っていた(卑猥な意味じゃない)。
「おおっ、だいぶ占い館っぽくなってきたじゃないか、素晴らしい」
「……この状況を見た第一声がそれですか」
げこー、げこー、と会話の合間にカエルの鳴き声が挟まり、獅子原は未だに失神しかけているわけだが、氷上先生の泰然自若ぶりたるや。
成り手のいない文芸部の顧問を引き受けてくれた彼女には、頭が上がらないのだが。見ての通りつかみどころがないというか、特に飲酒の量と金銭感覚においては異端。朔先輩と並んでたびたび僕の精神をすり減らしてくる──のみならず、両者が化学反応を起こしてバイオハザードが発生することもしばしばあり。
「斎院くん、依頼されていた例のブツなんだが……」
氷上先生がおもむろにポケットから取り出したのは、プラスチックの薄っぺらいカード。某通販サイトのロゴを確認した瞬間、「ストップ」僕は反射的に彼女の手首をつかんだ。ひんやり冷たくて気持ちいい。このまま抱きしめたいほどに──ではなく。
「あの、それってもしや……」
「ん? ああ、ギフトカードと呼ばれる商品さ。ネットショッピング等で利用可能な紙媒体の有価証券だと聞いている」
「ですよね。なぜそれを朔先輩に?」
「買ってこいと頼まれたから」
朗報だ。資金源、見つかったぞ。
「本当はコンビニの棚にあるの全部買おうとしたんだが、レジに持っていったら店員に止められてね。購入理由を聞かせろだの警察に相談した方がいいだの、まったく何を言っているのかさっぱりだ。一流と呼ばれていた日本のサービス業がここまで廃れているなんて」
「感謝した方がいいですよ、その店員さんには」
国の未来を憂える前に常識を学んでほしい。生い立ちもあって、少し浮世離れしているのが氷上先生。いや、少しじゃない。その善意に付け込む悪党はいつの世にもはびこる。
「とうとう一線を越えましたね、朔先輩?」
先生から取り上げた一万円のギフトカードを、証拠物件として突き付けてやるのだが。占い師もとい詐欺師の女はおとぼけ顔。
「落ち着きなさいって」
「十分、落ち着いてます。バレたら退学もんですよ」
「まあまあ、そう言わず。資金難に喘いでいた私に、援助の話を持ち掛けてきたのは氷上教諭の意思であって。彼女の方は現金支給にこだわったのだけど、私はそれを固辞して足の付きにくいプリペイドカードを提案したのよ?」
「やることなすこと特殊詐欺なんですよ!」
こんな台詞、言う方も言われる方もどうかしている。
つまりこの場の全員タガが外れているから、奇跡的にバランスが取れているのであって、部外者に目撃されれば一巻の終わり──
「お取込み中のところ、大変恐縮なのですが……よろしいですか?」
終焉は、突然に訪れる。いつからだろう、冷めた視線でこちらを見つめる者が一人。眼鏡の似合う彼女は柊さん。瞬間、思考が停止する。香炉から漂う煙は外にダダ漏れ、水槽の中ではカエルがげこげこ鳴いており、僕の手には謎のプリペイドカードだ。
何から釈明すればいいのか迷っているところに、
「ほら、斎院くん。やっぱりこれを使った方が手っ取り早いだろう」
追い打ちをかけるのは氷上先生。生徒にクレジットカードを手渡す絵面は、納得の犯罪臭。
考えれば考えるほど、詰んでいるとしか思えない状況に追い込まれており。
「申し訳ありません。この件はどうか、内密にお願いします」
言いながらすでに僕は彼女の前で膝をついていた。身内の退学がかかっているのだから、土下座の一つや二つ安いもの。それで足りないというのなら、
「こちらのギフトカード、副会長の懐にお収めいただいて結構です」
「臆面もなく袖の下を提示する時点で、あなたの倫理観も疑わしいですが……」
ご心配なく、と僕の差し出した賄賂を突き返した柊さん。
「本日は副会長の任とは関係なく、文芸部に依頼があって参りました」
「依頼、ですか?」
「はい。青少年の抱える問題に寄り添うのが活動目的だと、聞き及んでおります」
そういえば、そんな部活だった。まともな仕事なんて一か月近くなかった気がするけれど、一定の需要が常に存在しているのは確か。
「柊さん、お悩み事でも?」
「私ではなく……さるお方が、みなさまの力を是非お借りしたいそうです」
やけに含みを持たせて来るが、柊さんは大真面目、そもそもジョークを言う人じゃなく。
「へえ、面白そうじゃないの」
他人のクレカの番号をスマホに入力している朔先輩が、怪しく微笑み。
「さるお方、か。なるほどね」
自分のクレカの番号をスマホに入力されている氷上先生が、意味深に目を細める。
両者とも訳知り顔に見えたのには、僕の思い過ごしではなかったらしい。事実、この依頼は文芸部にとって、かつてない大仕事になったのだから。