異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
五章 誰かの特別になりたくて ②
と、朔先輩が眉をひそめている。重大な何かを見落としているように。
「あのロリっ子ヴァンパイア、使命だの責務だのいちいちうるさいし。理事長の娘だっていうんなら吹聴して回りそうなものを、今まで学校のだーれも知らなかったなんて」
学校の誰もと断定するのは、情報通の自分ですら知らなかったのだから、という意味か。
敬語が外れているので、誰に向けたわけでもない、独り言の延長だろうけど。
「さ、朔先輩? ロリっ子ヴァンパイア呼ばわりは、さすがに……」
母君の御前である。いちいちうるさい、もかなりの放言だし。
冷や冷やしながら理事長を見やれば、「いいのよー」と寛容に微笑まれる。
「むしろ話が早くて助かるわ」
「助かっちゃうんですか」
「問題の根源はそこにあるの。お父さんやお母さんがどんな人で、好きだとか嫌いだとか、仲がいいとか悪いとか、友達と話す機会がたまにはあったりするはずじゃない? なのに、あの子は頑として秘密主義者なんだから。変な話でしょ?」
「別に変ってほどじゃ」
僕だって母親のことなんて誰にも話したくないと思っているし。
「会長も考えがあるんじゃないですか? 理事長と親子だってなったらやっぱり、色眼鏡で見てくる人間も現れます。それを避けようと……」
僕のありきたりな推察を、「だったら良かったのにね」と暗に否定する理事長。
「自分を守るためだっていうんなら、私もとやかく言わないんだけど……たぶん、私のためを思って隠しているのよ。ミューデントの認定を受けた、あの日からずっと」
「ミューデントの認定を受けた、あの日から……」
僕は無意識にオウム返しする。気になる言葉だった。僕以上に、獅子原、朔先輩、氷上先生は関心を持ったことだろう。過去、彼女たちにも同じくその日があって。まず間違いなく、人生の岐路の一つだったはずだから。
「振り返ると、昔からこうと決めたら揺るがない、正義感の強い子だったわ。おまけに少し思い込みが激しい……女の子なのに、ヒーロー戦隊とか少年漫画が好きだったから。真似して木の上からダイブしてみたり、よくあちこち擦り剝いて、歯がかけて帰ってきたり。親としては心配が絶えなかった」
「わ〜、ちっちゃい体で勇猛ですね〜」
口元が緩んでいる獅子原。小学生のあどけない会長を脳内イメージしている顔だけど、ロリな彼女の本当のロリ時代って想像しにくかったりする。僕の心を見透かしたわけではないだろうが、「今はちっちゃいけどね」と理事長は語る。
「小学生の頃は平均くらいだったのよ。まさかそこから一センチも伸びないなんて」
「そうです、か……ハハッ」
僕は苦笑い。胃の辺りが痛かった。このエピソードを自分のいない場所で暴露される会長、相当キツイだろうな。一緒に風呂に入っていた年齢を暴露された(かもしれない)人間が言うのだから間違いない。
「そんなあの子がヴァンパイアだとわかったのが、ちょうど九歳の誕生日を迎えた頃」
「九歳、ですか。大分早いな」
「ええ。ミューの認定を受ける年齢って、分布的には八歳から十五歳くらいまでで、結構幅があるんだけど」
「平均値は確か、十三歳と二か月ですもんね」
「大正解。詳しいのね?」
「あ、いえ。大したこと……」
あるかもしれない。平均値を月単位で言えるのはさすがにキモかったか。
「でも、そう。本当に早い時期に発覚したものだから、子供ながらに『私、すごい力に目覚めちゃった!』って思ったんでしょうね。なんといっても『ヴァンパイア』だし。以前にも増してヒーロー気質が強くなったというか……良くも悪くも、自分は人とは違うんだぞって気負うようになっちゃって」
現在まで続く中二病の起源。小学生で発症したのはある意味、早熟といえる。
「すっごいわかります!」
と、全力で共感を示すのは獅子原。
「この能力使ったら戦争止められるんじゃないかとか、ワルモン成敗できそうとか妄想するやつですよね。ウェアキャットですらありましたもん、そういう時期」
あたかも過去を懐かしむように言ってるけど。
「見栄を張るな。今も若干あるだろ」
「今とは比べ物にならないくらいあったってこと! 最初はそう思わないとやっていけない部分もあるよね。病院行ったら急に、あなたはミューデントですとか言われてさ。学校では変なあだ名付けられて。イジられたり笑われたり。それこそ、自分を守るためにさ」
「……そうなん、だろうな」
僕には想像することしかできないけど。
中学生で認定を受けた獅子原でも苦労したのだから。さらに幼い小学生、心と体の両方が成長しきれていない時期にあった会長は、なおさら難儀だったろう。
「そうね……だからあの子はたぶん、不条理や不利益を受け入れるために、自分は特別な存在だって思い込むことに決めたんでしょう。そのおかげで真っ直ぐ気丈に生きられたのは確かだけど。すこーしだけ、高飛車にもなってしまったわね」
会長のミュー二病は元々、自己防衛の手段だったと。
ミューデントならみんな、多かれ少なかれ経験があるのかもしれないけど。彼女の場合はそこに確固たる意志が介在しているような気が、僕にはしてしまう。
「元をたどればあの子は、私がいつも口にしている教訓を実践しているの」
すう、と息を吸い込んだ理事長が瞳を閉じる。
「人それぞれ、肌や髪や目の色が異なるように。声が異なるように。何に喜びを感じて、誰のために涙を流すのか異なるように。ミューデントであることも、あなたたちにとって大切な個性。天から授かったそれを誇りに思って生きられる、平和な世界であらんことを」
静かに諳んじられたそのフレーズに、聞き覚えがあるのは僕だけだろう。すでにキモいと思われているはずなので、かまととぶるのはやめにする。
「国際ミューデント人権機関が掲げる理念、ですか。本部はイギリスにあるっていう」
「えぇ! 知ってるの? うそー!」
「現代史でチラッと名称出てきます」
「そうだった? にしても理念まで把握しているのはびっくり……ふふっ、けど。そんなあなたでもこれはきっとご存じないでしょうね」
理事長は誇らしげに人差し指を立てる。
「ズバリ、私はその駐日大使。アンバサダーをやっているの。知らなかったでしょ?」
「…………存じ上げなかったです、はい」
「良かったー。ね、びっくりしたでしょ」
してやったりの顔をされるが、びっくりの意味がまるで違う。
国際機関の大使って、とんでもない殿上人じゃないか。そのとんでもなさを理解しているのが僕だけかもしれないなんて。もったいないにもほどがあると嘆いていたとき。
「……なるほどですね」
得心したように頷くのは朔先輩。
「だからこそ娘さんは、あなたとの血縁を口外していない、と?」
質問の形を取りながらも、ほぼ確信を抱いていそう。
その意図を僕がつかみきれない中、「鋭いわね、あなたは本当に」と、少し悲しそうな目をしている理事長は何を思っているのだろう。
「自分のせいで、私のことを偽善者だと罵る人が現れるのを、あの子は恐れているの」
偽善者──なぜ、この人が偽善者だなんて罵られる?
「人権なんて偉そうにお題目を並べているけれど、本音ではただ自分の娘が可愛いだけ。自分の子供がミューデントだから。家族が愛おしいから、それを守りたいだけなんだって……非難される隙を与えないように、気遣ってくれているの。まあ、大使はあの子がミューデントの認定を受ける前からやっていたから、前後関係が逆なんだけどね」
批判したいだけの多くの人間は、そんな正論には耳を傾けない。正しい危惧だと思う。