異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

五章 誰かの特別になりたくて ③

 しかし、なんだろう、この気持ちは。怒りではなく、やるせなさ。

 可愛くてもいいだろう。愛おしくてもいいだろう。身近にいる誰かを大切にしたいのと同じように、遠くにいる誰かも大切にしたいと思うことが偽善であるはずない。


「そんなこんなで、ちょっと思い込みの激しいあの子は、私の並べるお題目を体現するべく、ミューデントであることに誇りを持って生き。私の言葉が薄っぺらいものにならないよう、親子であることを隠しているわけなの」


 なんとなくわかった気がする。会長が背負っているものがなんだったのか。


「会長は優しい人なんですね」


 僕はポツリと呟いた。心底からこぼれたその思いを、


「優しいわけないでしょーが。ただの痛い女よ」


 真っ向から否定してくるのは朔先輩。頼むから感傷的なムードを壊さないでくれ──いや、もしかしたらあえて空気を読まなかったのかも。


「ふふっ。ありがとうね、二人とも」


 アンニュイな理事長はお茶目な理事長に戻っており。


「と、いうわけで!」


 パチン、と合わせた両手の上に浮かぶのは輝かしい笑顔。僕が外交官だったら国益をかなぐり捨ててどんな条約にも「Sure!」してしまいそうな魔法の表情で、


「あなたたちには、娘を呪縛から解き放ってあげてほしいの」


 今日の本題。いわば要求を口にする。


「あの子には自分の口から、母親が私であることを打ち明けて欲しい。大使の娘だとか、教えに従うだとか、大層なことは考えず。特別だなんて思い込まないで……どこにでもいる普通の女の子、ただの『赤月カミラ』として生きてほしいの」


 ひとえに素晴らしいお考えであり、協力したいのはやまやまだったが。


「えーっと…………具体的にどうやって? 僕らは何をすれば?」

「方法はお任せするわ」


 一番困るやつだった。今どきフリーランス相手でもこんなに雑な発注はしないぞ。

 滝沢に裏アカの特定を頼まれたときに「無茶苦茶ぬかしやがって」と思ったが、よもやそれ以上のモンスターが現れようとは。

 これは、アレだな。お力になれず誠に申し訳ありません、またの機会がございましたら是非──と、僕が脳内でお断りメールの文面を推敲していたら。


「差し出がましいようで恐縮ですが」


 口を開いたのは柊さん。今までずっと、唇を結んでいたはずの彼女が。


「私からもどうか、よろしくお願いいたします」


 ただ一言、深く頭を下げていた。

 文芸部の監視役を通じて何か、彼女が「見極める」と言っていたのが思い出される。


「柊さんが、僕たちのことを理事長に紹介したんですか?」

「はい。ですが、それより以前に会長ご自身で……」

「そうそう、娘から聞いていたのよ。あなたのことを色々ね」


 あなたたち、ではなく、あなた。僕はてっきり、朔先輩を指している──会長と犬猿の仲であることが、耳に入っていたのだろうと思ったら。


「古森翼くんっていう男の子が、並々ならぬ人格者なんだって」

「僕ですか!?」

「とぼけなくていいわよ。お花、きちんと受け取ってるから」


 理事長がウインクしてくる。目尻にはしわ一つない。しかし、僕は困惑するしかなかった。

 ハナ、と。会長も言っていたな。隠語めいたワードにあらぬ誤解が生じたようで。


「こ、こーもりくん……さすがに見境なさすぎない?」

「親子同時攻略とか、滝沢くんもびっくりの守備範囲してるわね」

「待って、おかしい。それは色々おかしい」


 仲違いに等しい醜態を晒しているはずなのに、


「いいトリオね、あなたたち」


 理事長からは太鼓判を押されて、


「ええ、顧問の私も鼻が高いです」


 なぜかそれに同調する氷上先生。超然としている一族だ。


「理事長も柊さんも僕らを買いかぶりすぎです。頑固そうなあの会長に、何年も続けてきた生き方を変えさせるような芸当──」

「できるわ、もちろん。できますとも」


 鶴の一声とはまさしくこれ。


「謹んでお受けしましょう、そのご依頼」


 臆面もなく言い放った朔先輩を止められる者なんて、今生にはおらず。

 ──ええ! 大嫌いな赤月会長のために一肌脱ごうだなんて、聖人すぎやしないか?

 手放しに称賛する輩がいるのなら、いい加減学習したまえと説教したい。


「難しく考える必要はないわ、翼くん。だって方法は自由なんだから」


 ほら、彼女の顔を見てみろ。嬉しくて仕方がないという恍惚の笑み。私が嬉しければ何をやっても許されるのだという、自信に満ち溢れた笑み。笑うという行為は本来、聖人などとは程遠い、牙を剝く獣にたとえた人がいるほど。


「要はあの高飛車ヴァンパイアをケッチョンケッチョンに叩きのめして蹂躙して、自分は所詮人の子にすぎないんだってことを、骨の髄までわからせてやればいいだけなんだから」

「もはや犯行予告なんですが!?」

「うっふっふ……神に感謝するしかないわね。お誂え向きに文化祭が近いじゃない。あの女が陣頭に立って指揮をする舞台で、あの女自身の無様な敗北を公衆の面前に晒すだなんて、最高のショービジネスだわ!」

「なんか壮大な話に……理事長、いいんですか。娘さんの身に危険が迫ってますけど」

「やるからには徹底的にお願いね」

「いいんだ……」


 だったら僕がゴチャゴチャ言うのは野暮。一つ確認しておきたいのは、


「占い館はどうするんです?」

「中止よ。もとから毛ほども興味なかったんだから」


 本音が出たな。

 まあ、確かに。薄暗い部屋で水晶玉やカードをいじっているより、真っ黒な悪行に花を咲かせている方が朔先輩のあるべき姿かもしれない。




 そこからの展開は目まぐるしかった。

 以前に舞浜のアルバイト先を一日で特定した例があるように、ひとたびこうすると決めた朔先輩は普段の怠惰さが噓のように即断即決スピーディ。

 会長に敗北を味わわせてやるのだと、依頼にかこつけて私怨を晴らすのは結構だが、果たしていかように達成するのやら。

 想像するのも憚られた僕が全てを忘れて床に就いた、翌日。


「我ながら名案が浮かんでしまったわ」


 部室には目が覚めるような笑顔を浮かべる朔先輩。現実逃避が困難なのを思い知らされた僕は「案ですか」と、控えめに相槌を打っておく。


「イエス。あの女と雌雄を決する方法についてね。ヒントはこの二つよ」


 クイズがしたいなんて誰も言ってないのだが。

 彼女が右手に持っているのは、『むさしの新聞』と銘打った大判の紙。

 見覚えがあった。案の定、見出しは『斎院朔夜、裏選挙を制する』──舞浜に見せられたものと同じ、頒布されることのなかった幻の記事である。


「どこからくすねてきたんです?」

「くすねてない。資料室に忍び込んで拝借しただけ」

「同義です」

「ちなみにこちらも同じ要領で手に入れたわ」


 と、戦利品のように左手を差し出す朔先輩。握られているのはダブルクリップで留められた書類。表紙には『クイーン武蔵台(企画案)』と題されていた。思い起こされるのは昨日──文化祭でミスコンを開催したいのだと、会長に嘆願していた生徒たち。


「却下された企画ですよね、それ」

「あら、ご存じだった? ならばおのずと答えは導き出されるでしょう」

「全然。いったい何をするつもりなんです?」

「んもーう、しょーがないわねぇ」


 冗長に自画自賛を交えながら、朔先輩はクイズの答えを教えてくれた。たぶん、マジックショーで人を驚かすことよりもその種明かしに幸福を覚えるタイプ。

 素人の僕は口を挟まずオーディエンスに徹したが、壮大なイリュージョンであればあるほど種を明かされても理解が及ばないもの。


「──という計画なんだけど、どう? 天才的でしょ」



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