異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

五章 誰かの特別になりたくて ④

 ドヤ顔の朔先輩。僕からすれば天災に見舞われた気分。


「……正気ですか?」

「正気を疑う要素、ある?」

「実現不可能ですよ。まず圧倒的に時間が足りない」

「余裕で足りまーす。リミットは文化祭の当日……最悪、一般公開される二日目に間に合えばいいんだから、まだ五日間も残っているわ」

「五日間しかない、の間違いでしょう」

「ま、急ぐ必要はあるわね。その点はすでに真音さんにも説明済みで、人海戦術を講じるつもりだからご安心を」


 働き者だな、あいつ。いや、他人事ではない。


「だから翼くんも死ぬ気で働いてね♡」

「あなたもそうするんなら、やぶさかではないですが」

「もちろん。一緒に頑張りましょう?」

「……仕方ないなぁ」


 駄目でもともとやってみよう。

 地獄の五日間を予期していたが、幸いトントン拍子に事は運んで──



 文化祭、三日前。

 いよいよどこの準備も大忙しに大詰めを迎えている最中、水面下ではとある大掛かりなプロジェクトが進行しており。


「たのもーう!」


 道場破りのごとく、朔先輩は扉を勢いよく開け放つ。


「ちぇすとー!」


 獅子原は謎めいたかけ声でそれに続き。


「……失礼しまーす」


 申し訳ない気持ちでいっぱいの僕が後詰めを務める。本当に申し訳ない。

 押し入ったのは剣術道場ではなく平凡な生徒会室。おまけにミーティングの最中だった。生徒会の役員の他に、文化祭の実行委員も揃っている。

 行儀よく席に着いていた二十名ほどは、


「な、なんだ?」「示現流?」「ノックもなしに失礼な」「アポもないわ」「常識が一番ない」


 一挙にざわつき始める。困惑しながらも口々に非難を向けてくる中、うっすら笑みさえ浮かべている女子が一人。舞浜だった。なんか面白そうなことやってるねーという顔だが、好意的なリアクションを取るのは彼女くらい。


「騒ぐな」


 殊更に語気を荒らげたわけでもないのに、それだけで水を打ったように静まり返る。

 一言で集団を統率した会長は上座で腕組み。露骨な怒りのオーラは感じられないが、煙たがるようなため息を一つこぼした。


「何の用だい、文芸部の諸君。いや、斎院朔夜。今は文化祭当日のスケジュールを詰めている最中で、貴様の相手をしている暇は……」

「ああ、そうなの。だったらちょうど良かったわ」


 バサリ、と。持ってきた紙の束を、手近なテーブルの上に置いた朔先輩。


「これもプログラムに加えてもらえる?」

「なんだそれは」


 怪訝な顔をしている会長の隣──副会長の柊さんが静かに腰を上げる。書類を回収した彼女は自分の席に戻って、「どうぞ」会長にそれを手渡した。


「何かと思えば…………クイーン武蔵台、ね」


 表紙だけ見て笑い飛ばす会長。


「この企画はとっくの昔に却下され──」

「添付してある物をよく見なさい」


 朔先輩の言葉に、「添付?」会長は怪訝な顔のまま書類をめくっていく。

 その手が途中で止まる。同時に、訝しむ以外の感情が表に出た。


「クイーン武蔵台の開催を求める署名、だと……」


 表題は会長が口にした通り。あとはびっしり、生徒直筆の名前で埋まっている。次の一枚も、そのまた次の一枚もずっと。

 数にして優に五百人分を超えている。


「全校生徒の過半数に達したから、とりあえず持ってきたんだけど。続行すればまだまだ増える余地はあると思うわよ」


 大言壮語に思えて、誇張は一切ないのだから恐ろしい。

 知名度の高い朔先輩が旗振り役とはいえ、結局のところ実働人員は僕、獅子原、ついでに滝沢とその友人が数名いる程度。絶望的に手数が足りなかったため、全校生徒の過半数なんて夢のまた夢だと思っていたのだが。

 驚くことに、始まってみれば加速度的に署名は増えていった。それもそのはず、署名をする側だった生徒が次々に協力を申し出て、署名を集める側に回ったのだから。斎院朔夜、ひいてはサキュバスのカリスマ性が成せる業──なんてことは全然なく。

 本当は心の中でみんな、こういうイベントに飢えていたのだと思う。

 今の時代に合っていない、障害が多すぎる、やれるわけがない。そういう建前を理由に諦めながら、本音では思っていたんだ。やれたら絶対楽しいのに、どうしてやらないんだろう。障害があるなら、乗り越えればいいじゃないか──と。


「なるほど……ここ数日、何かゴチャゴチャやっている気配があったのは、これか」


 私も焼きが回ったかな、と落ち込んだ様子の会長だけど。僕たちの動きに感付いてはいたようだ。署名活動の性質上どうしても、まるっきり水面下とはいかず。

 たぶん水上に見切れるギリギリくらいまで浮上していたが、それでもなんとか生徒会の目を盗んでこられたのは、柊さんが執行部の動きを都度リークしていたから。組織のナンバー2が内通者だとは誰も疑うまい。


「わかったでしょう? これが生徒たちの正しい声なのよ」


 勝ち誇ったように朔先輩は言うのだが、この程度で折れる相手なら苦労はしない。


「数が数だ。一定の評価はしよう」


 会長は案の定、「しかし」と強い語調で継ぐ。


「遅すぎる。今さら新しい企画をねじ込めるわけがない」

「あーら、やる前から弱気? 自信過剰なヴァンパイアらしくないわね」

「自信でどうにかなる問題ではなく。この企画を実施するとしたら、運営に新たな人員を割かねばならないし、会場も新たにセッティングしなければいけない。コンテストなら審査員と出場者も必要だろう。最低限これらを用意できる見通しがなければ……」

「すいません」


 恐る恐る、僕は手を挙げる。事前の打ち合わせ通りに。


「その点は僕から説明しても?」

「……好きにしろ」

「ありがとうございます。運営については、元々この企画案を提出していた生徒三名が協力を約束してくれていますし、他にもボランティアの当てが何人か。もちろん僕や獅子原も手伝うつもりですので、人数的には余りが出るくらいかと」


 無言の会長から、続けろという目を向けられる。


「会場は体育館を使えばいいんじゃないですか。セッティングなんて贅沢は言わないので舞台はそのまま、観客用に椅子だけ置いてあればいい。なければ地べたに座るってことで」


 再度、続けろという目。


「審査員は特定の誰かじゃなくって、観客の全員にやってもらう。シンプルに一人一票で得票数が多かった者の優勝。審査方法についてはその企画書にある通り、容姿を基準にするのではなく内面のアピールを予定──」

「出場者はどうする?」


 僕の言葉を遮る会長。御託はいらんという風に。


「今から募集するとでもぬかすんじゃないだろうな。賭けてもいいが、立候補する者なんて一人たりとも現れないし、スカウトや他薦なんて迷惑がられるだけだ」


 そう、はっきり言って他はどうとでもなる。ミスコンの開催において、それも生徒数がさほど多くない高校において、最大のネックとなるのは──


「畢竟、私がミスコンを非現実的だと断じた理由はそこにある。進んで優劣を付けられたい人間なんてそうそういない。無様に敗北するリスクを背負ってまで、後ろ指を指されて悪目立ちしてまで一番の称号を勝ち取りたいなんて、現代ではナンセンス……」

「ここに一人いるわ」

「…………なに?」


 意表を突かれたのは会長に限らず、他の生徒会のメンバーや実行委員たちも同様。

 ざわっ、と。驚きが声にならない声となって広がる。


「私が出場者になってあげるって言ったの」


 朔先輩の宣言に、初めてだった──会長が気圧されている。


「貴様、目的はなんだ?」

「だからあなたも出場しなさい」

「…………」


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