異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
五章 誰かの特別になりたくて ⑤
「決着をつけましょうよ、今度こそ。裏じゃなくって、表の舞台できっちりね」
何をもって裏で何をもって表なのか。触れることはなかったが、触れずとも理解できただろう。少なくとも意味がわからないと首を傾げている者は一人もおらず。
空気が、期待を寄せるような色に変わったのは幻覚ではない。
「何を言っているのか、さっぱりだが」
それを振り払うために、会長も態度を変えるのがわかった。こいつのペースに乗せられてはいけない、と自戒するように首を振っている。
「元より、クラスと部活の代表者が投票して、否決されていた案だ。結論は曲げられない」
揺るがない基準を持ち出すのは守りに入っている証拠。こうなると強いのはあちらで、どうなるかは未知数。朔先輩は任せなさいと言っていたけど……
「あらあら、半数以上の生徒が支持している事実は無視?」
「どちらを優先すべきか、という話だろう。たとえばアメリカの大統領選でも、最も得票数が多かった候補ではなく、代表たる選挙人の支持が多かった候補が当選する。現行の規則がそうなっているのだから従うまで。加えて、だ」
会長は、手にしていた書類をテーブルに置く。価値がないものだと言うように。
「この署名が真の意味で民意を代弁するとは、私には思えなくなってきた」
「まあ、どうして?」
「貴様に扇動されて、いわば口車に乗せられるまま名前を書いた者が、一定数以上いると言いたいんだ。端的に表現すれば、貴様の信奉者の署名にすぎない」
「それを言ったら、あなただって代表者の意思を誘導したんじゃない?」
「なんだと?」
「生徒会長サマの顔色を窺って、みんなこの案に反対票を投じたんじゃないの」
「言いがかりはよせ!」
気色ばむ会長。ペースを乱されている兆候にほかならず。
「加えて、よ。あなたは何もわかっちゃいない。本当に私のファンばかりが、このミスコンの開催を望んでいると……本気で考えているようなら、それこそ民意を履き違えているわね」
煽り立てるのではない、事実を提示するように朔先輩は言った。
「わけの、わからないことを……」
会長が言葉に詰まる。
わずかな沈黙が生まれた、そのときだった。
「やりましょう、会長」
耳に入ってきた声は、誰の物だろう。生徒会の役員なのか、実行委員なのか。
どこから上がったのかもわからないほど微かな声だったが、しかし、たった一人の見せた勇気が、この場にいる人間の意思を代弁していることはすぐにわかった。
「俺たちの会長が一番なんだってところ、見せてください!」
「永遠の敗北者なんて陰口叩いてる奴ら、黙らせたいんです!」
「こんなチャンス二度とありませんよ?」
「白黒はっきりつけて、私たちの世代の総決算にしましょう!」
「お、お前たち……」
溢れる言葉は違えども、突き詰めれば一所に思いは集約されている。
会長へ寄せる全幅の信頼──彼らもまた信奉者なのだ。会長にだって当然、信者はいる。
彼女は堅物で、正論で、常に壁となって立ちはだかる権力の象徴で。それに楯突く朔先輩は革命児さながら、ともすればかっこよく見えてしまいがちだが、やっていることは所詮テロリストと大差ないのだから。
どちらの正義に惹かれるかなんて蓼食う虫も好き好き。ファンもアンチも傍観者さえも巻き込んでミスコン待望論に行き着いた。
「お、落ち着け。安い挑発に乗るのは愚の骨頂……」
腰の引けている会長の一言に、群れを統率するほどの力はない。裏を返せば統率されるまでもなく、すでに一丸となっていたのだ。
我らが会長の最強を証明したい──と、彼らの瞳は訴えかけている。
「し、しかし、スケジュール的にカツカツ……他のプログラムを中止にしろと?」
この期に及んでもあくまで、正当に逃げ道を作ろうとする会長だったが。
「二日目の最終演目として、やればいいじゃないですか」
それを正当に塞いでしまうのが優等生たる舞浜。他の生徒たちが沸き立つ中、彼女だけは平静を保っており。
「ちょうど六十分、予備時間として確保してありますよね?」
「それは必要な余白だ。不測の事態で遅れが生じた場合、軌道修正するため……」
「じゃあ、滞りなく進められるように全力を尽くしましょう。万一遅れが生じたら、その都度進行を見直して、巻きで行けそうなところは巻きで全体を修正する。各所各員、連携連絡は密に取って……まー、大変になるのは確実だけど。みんな、頑張れるよね?」
「余裕で行ける!」「頑張りましょう!」「ってか大トリじゃん!」「腕が鳴るぜー!」
舞浜の問いかけに意気込みで答えるメンバー。情熱に突き動かされた巨大な塊は文化祭マジックの力も相まって制御を逸脱。自壊するまで止まることはない。
賽は投げられたといっても過言ではなく。それでもやはり勢いに流されるのはプライドが許さなかったのだろう。
「柊。君ならどうする?」
腹心に尋ねた少女は、最後の一押し、この奔流に自らも吞まれる口実を欲して見えた。
──是が非でもやるべきです。
敵方と通謀している柊さん(すまん会長)は食い気味に答える、と思いきや。
「会長の判断にお任せします」
情緒の乗らない声でいつも通りに言うのだから、僕は少し焦ったけど。
「柊透子がどう思うか、私は聞いているんだ」
杞憂だったらしい。彼女たちにとってはそれが既定路線、つうかあのやり取りなのだ。柊さんには依然として感情らしい感情は見受けられなかったが。
「負けないでしょ? カミラなら」
「……ああ。それもそうだな」
瞬間、会長の心も決まるのがわかった。
感情よりも感情的な何かで二人は通じ合っているように思えた。
文化祭、二日前。
本日から授業は全てキャンセルされ、残りの作業が急ピッチで進められる。誰もが準備やリハーサルに余念がない中、にわかにトレンドに挙がっているのは──
「ねえねえ、聞いたー? 例のミスコン、十何年かぶりに復活するんだってさー」
「マジかっ。頭の固い生徒会長がよくオッケー出したもんだな」
「オッケー出したどころか、会長さん自ら出場して優勝を狙いに行くらしいよ」
「はぁ? なんだそりゃ?」
「しかも対抗馬はあの斎院朔夜先輩。サキュバスVSヴァンパイア、夢の対決が実現するの」
「はぁー!? なんだそりゃー!?」
面白すぎるだろ、という歓声があちこちで上がっていた。
クイーン武蔵台の開催が公式にアナウンスされたことで俄然活気付く。
意気揚々と広報活動に飛び回っている獅子原を見て、このシチュエーションを楽しめる人間って本当に勝ち組だと思った。
負け組の僕にできるのは憂鬱に浸るくらいだが、いくら憂えても渦中に放り込まれている事実は覆せない以上、歯車の一つとして働くほかない。
ゆえに僕は考える。今すべきことを。
机上の空論じみていた朔先輩の目論見──クイーン武蔵台の開催を承認させた上で、会長自身をその出場者に引きずり込むという、最大級の関門を突破できたのは御の字だが。本番はまだまだこれから。ミスコンは手段(及び朔先輩の私怨)にすぎず、達成目標はあくまで『赤月カミラを呪縛から解き放つ』こと。
具体的には以下の二つ。
① カミングアウト部門……母親との関係を打ち明けさせる
② ミュー二病治療部門……自分は普通の女の子だと認識させる
一見すればミスコンなんて達成方法になり得ないが、そこにもきちんと目論見が用意されており……朔先輩の悪賢さは折り紙付き(?)なので、カミングアウト部門については問題ないと踏んでいる。不安があるとすれば治療部門の方。