異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
五章 誰かの特別になりたくて ⑦
武蔵台学院の文化祭は二日間にわたって開催されるが、毎年一日目は校内のみで細々と実施されている。一般公開して客を入れる二日目の予行演習に近いわけだが。
それ抜きにしても、今年の僕は『明日こそが本番』という意識が強かった。
無論、クイーン武蔵台が大トリに控えているから。
やれることはやったので成功しようが失敗しようが悔いはない。当日の進行でグダったらどうしようとか、他のプラグラムが押しまくって「十分しか時間ありません!」とかなったら終わりだぁ──と不安は絶えないが。
悩んでも仕方ないので、そこら辺はいったん忘れよう。
「はーい、五百円ちょうどお預かりします。ありがとうございましたー」
会計、オーダー、盛り付け、配膳、下膳、清掃、エトセトラ。
僕がカフェ店員と化してから、どれくらい時間が経っただろう。幸いにも業務は忙しく、明日のことで不安になっている暇なんてなかったが。
「古森くん、馬車馬のように働くんだね」
と、いつからだろう。引き気味の視線を向けてくるのは舞浜。シフトが同じで一緒に店員をやっている彼女は、獅子原が試着していたのと同じ衣装を着ていた。
「馬車馬ってお前、ひどい言い草だな」
「ホントのことだもん。もしくはマグロだよ。さっきから一瞬も止まってないじゃん」
「それは客の数が多いから……」
「多くないって。一般開放されてないんだから。単に古森くんが働きすぎて他の店員さんの仕事を奪っちゃってるの。全然予行演習になってないんだ。わかる?」
やけに早口。笑いながら怒っているときの舞浜だった。
見れば確かに、他の店員は思いっきり雑談に興じていた。スマン、お前らの仕事まで奪ってしまい……という視線を送ったら。
「心配すんなー。楽できて助かってるぞ、俺たちは」
ああ、良かった。その言葉に僕は救われたのだが。
「暇ならテーブルでも拭いたらどうかなー?」
「は、ハイ!」
舞浜から笑顔の圧を飛ばされた彼は大急ぎで台拭きを手に取る。大して汚れてもいなかったテーブルがピカピカに磨き上げられたころ。
「古森くんと碧依ちゃん、そろそろ上がっていいよー」
シフトの交替時間になったらしいので、速やかに着ていた衣装を引き継いだ。ちなみに男性用は作務衣っぽいデザインになっている。
「働いたなー……」
廊下に出て伸びをする。立ち仕事はきついと実感させられた。おかげで明日のことを考えずに済んだが。
「あ、良かったー。古森くんまだいて」
と、制服に着替え直した舞浜が遅れて出てくる。
「僕に何か用でも?」
「うん、一緒に周ろうよ。他に約束とかなかったら」
「ないけど……」
「ないけど、なに?」
「なんでもない。行こう」
僕はなるべく、視線を遠くに固定して歩き始めた。
廊下には、舞浜のシフト終わりを待ちわびていたと思しきハイエナが多数たむろしていたような気もするが、本当に気のせいだったということにしておこう。朔先輩や赤月会長のせいで忘れがちだけど、彼女も十分な知名度と人気を誇っている。
「行きたいところあるか?」
隣につけてきた舞浜に尋ねる。
「んー、特定の場所じゃなくて、ブラブラ全体を見て回りたいかも。明日、遅れが生じて調整が必要になったとき役に立ちそうだからさ」
「真面目だな。さすが優等生」
「クイーン武蔵台、私も成功させたいの! それから、優等生の称号はとっくの昔に返上しておりますので悪しからず」
「そうだったな」
以前の裏アカ騒動を指しているのだろうけど。
実を言えばあれ以降も舞浜の人望は衰えておらず、周囲としては未だ優等生のまま。
悪い遊びをしていた噂が思ったほど広まらなかったのか、彼女に対する評価はその程度で揺らぐほどチャチではなかったのか。真相はわからないけど、僕からの評価も変わらず優等生──むしろ今の舞浜の方が好きだったりして。
「ん、どうかした?」
「いや、悪いな。生徒会には迷惑かけて」
「まー、急に押し掛けてきたのにはびっくりしたけど。すごいよね、斎院先輩は。あんなゲリラライブみたいな方法で会長にオッケー出させちゃうんだから」
「出してもらえる確証はなかったはずだぞ」
少なくとも僕は無理に決まっていると思っていた。勝負だとか決着をつけるとか、そういうことに対するみんなの熱意が、まさかこんなにも強大だったなんて。
「わからないもんだよな。朔先輩も、会長も、舞浜だって似たようなもんだけど……」
「私も?」
「人気者で、キャーキャー言われて、すでに大勢の人たちから愛されてるはずなのに。それでも全然、満足してない感じがするっていうか……常人にはわからない、こいつだけには勝たなきゃいけない! みたいな感情があったりするのかな?」
雲をつかむような僕の話にも、
「うーん。勝たなきゃいけないとかは、私にもわからないけどさ…………」
舞浜は真面目に回答したいらしく、えらく間を空けてから言う。
「不特定多数のみんなに愛されているのが、イコール幸せかって言われたらそれはちょっと違う気がするね。それよりも特定の誰か……斎院先輩にも赤月会長にも、心の中にはいるんじゃないのかな。一番この人に愛されたい、この人に認められたいって思う相手が。だから他の人にいくら評価されても、代わりにはならないっていう」
贅沢な生き物だよね、と。
自嘲するようにこぼした舞浜は、自分の体験談を語っているように見えた。
「ま、お察しの通り。私にもいるからよくわかるんだ。近いんだけど遠い、昔からこの人にだけはずっと……っていう相手がさ」
認められたい人。愛されたい人。この人の特別になりたいと思う。
舞浜が裏アカで承認欲求を拗らせた理由は、元をたどれば母親の一言がきっかけ。
『うちの子は普通です、人魚だなんて呼ばないでください』
その母親に認められたい一心で、足搔いてきたのだろう。今もきっと。
「あ、ちなみにその人って、残念ながら古森くんのことではないからね」
「言われなくてもわかってる」
「ホント? 一瞬期待しなかった?」
「僕の勘違いしない体質を舐めるな」
「長所みたいに言ってるけど、たぶんそれ損してることの方が多いと思うな」
「ほっとけ」
頑張れよ、舞浜──とか他人事みたいに思うのはいい加減やめにしよう。
僕も彼女を見習って、少しは頑張らなきゃいけないときが来たのだろう。
文化祭の二日目は、突き抜けるような快晴だった。
体育祭と違い雨天決行だが、外にも露店は出るので晴れるに越したことはない。何より来場者からすれば、足元が悪いのといいのとじゃ大違い。日曜日のため、生徒の家族や近隣住民も多く足を運ぶと思われる。
かくいう我が家にも、来場するのが確定している奴が一名。
「はー、楽しみだなー。お兄ちゃんとこの文化祭、行くの楽しみだなー」
休日なのに珍しく早起きしていた妹──古森乙羽(中学三年生)は、朝ご飯を食べている僕の横でこれ見よがしに独り言を呟いていた。
「去年は季節外れのインフルにかかって、行けなかったからなー。憧れるよなー。二つとか三つとかしか違わないけど、高校生って超大人に見えるもんなー」
「謎の説明口調だな」
「本物のギャル、生息してたりするのかな。してるよね、ね、お兄ちゃん?」
「本物のギャルとは?」
「うんとねー。校則にビクビクしないで髪をがっつり染めててー、スカートの丈がこーんな短くってー、ブラウスの胸元パッカーンでー、テストは赤点ばっかりで進級が危ういの!」
「良かったな、僕の友達に一人いるぞ」
「あっはっはっ。見栄張らないでもいいよ?」
「いや、本当に。仲もそこそこいい……」