異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

五章 誰かの特別になりたくて ⑧

「お兄ちゃんなんかと仲良くしてくれてる時点でそれは本物のギャルじゃないの!」


 ここまで来ると偏見か。高校生に対する理想が異常に高い妹だった。

 朝食を食べ終えた僕は食器を洗って、制服に着替えて、いつもより軽めの鞄を持ったら準備万端だったが、やり残したことが一つだけあり。


「おーい、乙羽」

「ん、なになに?」


 僕は玄関先で妹を呼び寄せて、鞄に入っていた冊子を手渡す。


「文化祭のパンフレットだ」

「おっ! 気が利くねー」

「学校でも配ってるけどな」

「いえいえ、事前にプログラムとか確認しておきたいし…………ん? 二冊あるみたいだけどこれ、同じやつ?」

「ああ。もう一人にも渡しておいてくれ」


 父親が出張中の現在、我が家にいるのは妹と猫一匹の他、深夜に帰ってきて現在は就寝中である三十四歳の美容師だけ。

 もう一人、だなんて。他人行儀な言い方になってしまったけど、そこはさすがに血を分けた兄妹、言葉にしなくても伝わるものがあったらしい。


「ほう。なるほど、理解……お母さんも連れて行けばいいんだね?」

「無理にとは言わない」

「無理にでも連れて行くっての。だってそういう意味でしょ」

「……かもな」

「だいじょーぶ。お兄ちゃんとか朔夜お姉ちゃんに会いに行くわけじゃないんだから、適当に遊んで学校の雰囲気味わっておくよ!」

「それでいい。ありがとう」


 気遣いのできる妹を持って本当に良かった。

 こんなことで何かが変わるわけじゃないけど、何もしないよりはマシだと思いたかった。



 一日目同様、実行委員の校内放送で幕を開けた文化祭二日目だったが。

 一般開放されているだけあり、校内は昨日と比べ物にならない人口密度。かき入れ時のランチタイムは客を捌くのが大変そう──とはいえ、僕は今日のシフトに入っていない。ミスコンの運営に関わっていることもあり、クラスの連中が気を使ってくれたのだ。ありがたい一方、絶対に失敗できないプレッシャーも感じる。

 クイーン武蔵台は最終プログラム。午後三時に開催予定となっている。

 元より人込みを苦手とする僕は、運命の時が来るのをゆっくり待つのみ。何もせずにボーっとしている気満々でいたのだが。


「はー、やきそば美味しかったねー、こーもりくん」

「そうだな」

「たこ焼き美味しかったねー」

「フランクフルトもから揚げもクレープもたい焼きもチョコバナナも美味しかったな」

「次はどこ行く?」

「どこにも行きたくないよ!」


 叫んだ次の瞬間、僕はおえっとえずいた。祭りの料理はえてして油分が多い。もちろん一品や二品なら気にならないが。


「大丈夫、こーもりくん? 気分悪そうだけど」

「当たり前だろ! もう何時間周ったと思って……」


 朝から獅子原に連れ回されて疲労困憊。下手すれば飲食系はコンプリートしている。控えめに言って何も口にいれたくない。茶色い物は目にも入れたくない。

 このまま歩き回っていたらリバースしかねないので、僕は休憩所として開放されていた教室のテーブル席に項垂れる形で飛び付いた。


「文化祭の休憩所で休憩する人、ホントにいるんだ」


 悠々と隣の席に座ってきた獅子原。僕とほぼ同じ量を胃袋に収めているはずなのに。


「お前、大食いの特技でもあったのか?」

「ふっふっふ、実を言えばあたしも無理しててね……うっぷ」

「なぜ地獄の文化祭巡りを?」

「しょーがないでしょーそりゃー。昨日はいくら捜してもこーもりくん、見つからなかったんだから。今日でたっぷり取り返しておかないと」


 朝も聞かされた言い分。何回聞かされても「取り返す」の部分がわからない。


「だから、見つからなかったのは舞浜と周っていたからで……」

「あっそ。碧依ちゃんと何軒くらい周った?」

「数えてない。今日の方が多いのは確実だ」

「おっけー。じゃー取り返せたかな」


 一応、納得したらしい。いったい何を奪われていたのやら。


「ま……今さらジタバタしたって、雲の上の人にはおいつけないんですが」

「なんだって?」

「なんでもありませんよー。ただ、斎院先輩すごいなーって思っただけ。あたしだったらあんな風に堂々と、『ミスコン出まーす!』なんて啖呵切れないもん」

「啖呵は抜きにして、お前が出ても別に変ではないと思うけど」

「はぁ〜? ないない。柄じゃないし、そういうの」


 結構真面目に言ったのだが、謙遜ではない本気の否定が返ってくる。僕からすれば獅子原も十分人気者で愛されているのに、満足はしていない感じ。彼女も誰かの特別になりたくて試行錯誤しているのかも。それが誰なのかは知る由もない。

 数メートルしか離れていない往来の喧噪が、やけに遠くに感じられる。休憩所の利用者は僕たちしかおらず、訳もなく物寂しさに襲われたので。


「そういえば……ほら、これ」

「ん?」


 僕は雰囲気を変えようと、スマホを獅子原に見せた。

 画面ではでっぷりした猫が一匹、香箱座り。寝ぼけた顔でこちらを見ている。


「うちで飼ってる猫だ」

「えっ、なんで急に?」

「前に写真くらい見せろってボヤいてたから、わざわざ撮ってきたんだ」


 せめてもっと可愛い写真にしなさいよ、と不満を垂れることはなく。


「わー、ありがと。可愛いね!」


 獅子原は喜んでいた。


「ってか、茶トラだし。わかってるじゃん」

「お前の髪色と因果関係はないぞ」

「あったら怖いでしょ……名前は? 女の子? 男の子?」

「きなこ。メス」

「へー、きなこちゃん。食べちゃいたいくらい可愛いってわけだね」

「さあな。命名したのは妹だし、僕にはあんまり懐いてない」

「そうなの? 普通に人懐っこく見えるけど」

「こう見えて好戦的でさ。僕にはしょっちゅう頭突きしてくるんだ。ふくらはぎ辺りを重点的に。十中八九、敵対勢力とみなされている…………ん、なんだよ?」


 獅子原が白い目をしていた。あるいは憐れみの視線か。


「こーもりくん、猫の行動の意味とかネットで調べたりしないの?」

「まったく。それがどうした」

「いや、だって。あーたの言う頭突きってさー……要するに、こういうやつでしょ?」


 えい、えい、と。再現VTRのつもりだろう。体を寄せてきた獅子原は、頭頂部を僕の肩辺りにグリグリ擦りつけてきた。まさしくうちの猫が頻繁に行ってくる攻撃方法。

 ともすれば猫よりも激しい頭突き。


「……お前からも敵視されてるのか、僕」

「なんでそうなるんだよー! 猫の行動の意味、調べなさいって!」

「断る。ああいうのは人間側の勝手な願望にすぎない」

「うぅ〜。ごめん、きなこちゃん。この人、予想以上に手強いよ」


 悲愴感を超えた諦観に苛まれる獅子原。コロコロ感情が変わる様は本物の猫みたい。

 思えば最初からずっとそう。一緒にいると退屈しなくって、落ち込んだり悲しんだりする暇もなくって。僕に助けられて感謝しているみたいなことを、彼女は前に言ったが。

 感謝しないといけないのはおそらくこっち。


「今度は実物を見にこいよ。妹にも会わせてびっくりさせてやりたいし」

「妹ちゃん、びっくりするの?」


 獅子原は知らないかもしれないけど、こんな誘いを誰かにするのは初めてで。彼女が僕にとって特別な一人に数えられるのは事実だった。




 そして迎えた、午後三時。


「さあ、みなさんお待ちかね……本日のメインイベント、クイーン武蔵台の時間です!」


 司会者の声はスピーカーを通して体育館中に響き渡る。


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