異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
五章 誰かの特別になりたくて ⑨
応えるように観客から沸き上がった「おおーっ」という歓声を、運営サイドである僕は舞台袖で聞いていた。並べられたパイプ椅子はざっと見た限り満席、立ち見も多数。全校生徒プラスアルファの人数が収容されている光景は圧巻。
ひとえに生徒会と実行委員の努力──目立ったトラブルもなく定刻通りに始められたこと、呼び込みをしっかり行ったことの成果。彼らの苦心惨憺を讃えたい。
「ホントに助かった」
その中でもよく知る一人に直接、僕は感謝を伝える。同じく運営として袖に控えていた舞浜は、「うん、頑張っちゃいました」と珍しく自画自賛。
「冗談、冗談。みんなが頑張ってくれたおかげだね。士気もモチベーションも高くって。企画自体にパワーがなかったらこうはならないよ」
「そう言ってもらえるのはありがたい」
多方面からの協力を得て最高の舞台が整った──と言いたいところだったが、おこがましいのは承知で一か所だけ不満を述べるなら。
「あ、申し遅れました。僭越ながら本日の司会……MCっていうのかな? とにかくそういうのを務めさせていただく、二年A組の滝沢奏多でーす。よろしくどうぞー」
舞台上の男が軽薄な挨拶をすると、
「ひっこめー」「なんでお前なんだ」「どんなコネ使った」「でしゃばるなー」「女の敵め」
途端に口汚く罵る観客たち。僕と同じく人選に不満があったのだろう。溜め込んでいたものが爆発するようにブーイングの嵐だったが。
「元気が良くていいねぇ。もっと聞かせてくれ!」
滝沢はノリノリで観客席にマイクを向けていた。卵とか投げられなきゃいいけど。
驚くべきことに、舞浜から推挙される形で彼は司会進行を任されており。
「良かったのか、あんな奴にやらせて? もっと真面目な奴の方が……」
僕は不安いっぱいで尋ねた。滝沢はちょいちょい台本から横道に逸れていて、今は出場者の二人について独断と偏見の混じった紹介をしている。
「逆だね。いくら真面目にやったって、文句をつける人は現れるんだからさ。そういう人たちのために、わかりやすい落ち度を作ってあげればいいの。言うなればクレームの受け皿、滝沢くんにはスケープゴートになってもらったんだ」
「その道のプロなのか、お前?」
「炎上から学びを得ただけ」
怖いことを真顔で言う舞浜。失敗も糧にするとは恐れ入る。
「──で、気になるスリーサイズはぁ〜……っとと、やべー。袖の友人がものすごい形相で巻きの指示を出してますんで、ルール説明に移ります。今回の勝負方法につきましては、わかりやすく言えば『弁論大会』っすね」
滝沢は持っていたカンペに目を落とす。台本に戻った証拠だ。
「二人には統一のテーマに基づいて、制限時間内で語りたいだけ語っていただき、それを聞いたみなさんはより心動かされたと思う方に清き一票を投じてください。ルックスや個人的なフェチズムで判断するのは、厳に慎んでいただくようお願いします」
ほとんど立会演説だよな、と改めて思う。裏でも表でもない選挙がここに成立する。元の企画書にあった案を体よく採用した形。
しかし、多少の仕掛けはあって──
「そして、気になる弁論のテーマですが……今この場でランダムに決定されます。おーっ、びっくりしましたか? ご想像の通り、出場者もまだテーマが何かは知りません。即興で語らねばならない難しさがあるのです!」
討論というほど立場を区切ってはいないが、パーラメンタリーディベートに近い。
そんなことできる高校生、この世にそう多くはないだろうけど。会長にならそれができると判断したからこそ、朔先輩もこの計画を立てたのだろう。
「というわけで、さっそくテーマを決めましょう」
と、舞台上に運ばれてきたのは大きな紙箱。上には手を入れる穴が空いている。
AIによって生成された弁論に適するテーマが三十。紙に書かれて入っており、内容は一部の人間しか知らないと滝沢は説明する。ちなみに一部の人間とは僕と柊さんを指すが、僕も彼女も理事長からの依頼に基づいて動いており。
「じゃかじゃかじゃーん……………どん! おお、出ました」
滝沢の引いた紙に書かれているのは、もちろん。
「テーマは、『あなたにとって母親とは?』です! 続いて先攻を決めるくじを引きますが…………はい、出ました。まずは斎院朔夜さんに弁論していただきます!」
「うおっ、マジか」「先攻が圧倒的不利だろー」「やれんのか?」「さ・く・や!」
朔先輩を推している層だろうか、一部の観客が頭を抱えている。人気投票じゃないって言ってるだろと呆れつつ、申し訳ない気分にもなる。文芸部の面々と柊さんを除けば、みんなこのくじ引きをガチンコだと思っているわけだから。
だが、仕込みはここまで。
観客がどちらに投票するかも、会長が何をどう弁論するかも未知数。
無論、狙いは会長の口から母親である理事長の話を引き出すことにあったが、それをさせるには彼女に相応の対抗心を燃やさせる必要がある。言うなれば先攻の朔先輩がどれだけの弁論を披露できるかに懸かっているわけだが。
「さーて、そろそろ出番かしら」
五分とない幕間──演台やマイクスタンドがセッティングされていく中、舞台袖の朔先輩は大きなあくびを一発。居眠りしてたんじゃないかってくらい緊張感がなかった。テーマは事前に知っていたとはいえ、これから大観衆の前で演説するんだぞ。
「ハラハラしている僕が馬鹿みたいじゃないですか……」
「心配ご無用。私、弁論には自信があるの」
「それは知ってます」
朔先輩はディベートにはまっていた時期があって、僕も相手をさせられたから。口八丁に心にもないことや噓八百をベラベラ、妙な説得力を発揮して喋る彼女は最強。
今日もまた、実体験に見せかけた創作エピソードで観客を沸かせるのだろう。
心配するのも馬鹿らしかったな、と思い直すのだが。
「ああ、そうだった。翼くん、一つだけいい?」
「なんです、こんなときに。あとでいくらでも──」
「ラスボスだろうと天敵だろうと、最後まで逃げ回るわけにはいかないんだから」
「…………」
「私もあなたも、立ち向かうときが来たんじゃない?」
僕は虚を衝かれた。そう言った彼女の横顔に噓は一つもなくって。
「それでは斎院朔夜さん、お願いします」
滝沢の声がかかり、僕が何かを言う前に、朔先輩は舞台へ出て行ってしまった。
彼女の言葉を反芻する。ラスボス、天敵。誰を指しているのかは明らか。
深い意図はわからない。わかった例なんてない。
だけどたぶん、ラーメン屋で戦略的撤退をしてから、彼女も思うところがあったのだろう。可能性は低いけど、そのラスボスは妹に連れられて観客席にいるかもしれない。
気が付けば弁論のテーマに僕は立ち返っていた。
──あなたにとって母親とは?
観客席が静まり返っている中、簡単な自己紹介を終えた朔先輩は弁論に入る。
「私の母は子供のころから体が、心臓が弱かったそうです。当然、私を産むときにも大変苦労したと聞いております。『江戸時代に出産するみたいなもんだぞ!』と、父親はまことしやかに語るのですが、大げさなたとえではないはず。
そういう経緯があったからなのでしょう。手前みそになってしまいますが、他の家庭よりいくらか愛情深く育てられたと自負しております。