異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

五章 誰かの特別になりたくて ⑪

 ミューデントである私がいることで、ノイズが生まれるのではないか。母の慈善を偽善と罵る人間が増えるのではないか、と。その不安がよぎって以来、私は母のことを外で話さなくなりました。今、気付きました。それが母にとってどれだけ寂しかったか。そんなこと気にしなくてもいいのに、と。心の中では思っていても、言うことができなかった母の優しさ……気遣いに甘えて、自己陶酔に浸っていた自分の小ささに。

 その過去を清算するために、この弁論テーマは選ばれたのでしょう。

 私は、この学校が好きです。この学校の自由で明るい校風が好きです、この学校に通う生徒が好きです。もちろんいい人ばかりではありません。そりの合わない人だっていますし、嫌いになりそうな瞬間だってあります。それでも本当の意味で嫌いにならないのは、いつも心の中で母の言葉を唱えるからです。人それぞれものの感じ方が違うのは当たり前──何に喜びを感じて、誰のために涙を流すのか異なるのは大切な個性だと。

 だから……今こそ、胸を張って言いたいです。驚かれるかもしれませんが、この学校の理事長を務めているのは、私の母──赤月ミシェルです。母のいるこの学校で、みなさんと一緒にかけがえのない思い出を作れることが、嬉しくてたまりません。

 私にとってお母様は、誇りであるのと同時に、大きすぎる目標でもあるのですから」




「──さて、投票の集計が終わったようです。泣いても笑っても勝つのは一人。勝利の女神が微笑んだのはぁー…………なんと!」


 滝沢が勝利者を高らかに宣言すると、会場は熱狂に包まれた。

 たぶん勝ったのがどちらだったとしても、熱気のレベルは変わらなかったはず。

 僕は人知れず笑っていた。馬鹿みたいに盛り上がる彼らに向けた冷笑ではない。

 足元がふわふわするのは高揚感。はしゃいでいる馬鹿な連中の一人に、自分もなっていることに気が付いたからだ。今まで文化祭にいい思い出なんてなかったけど。


「悪くないかもな、案外」


 呟きは歓声にあっさりかき消されても、胸に芽生えた感情は確かに残っていた。




 文化祭は全てのプログラムがつつがなく終了。校内では撤収作業が進められていた。

 時刻は午後四時──後夜祭は特に設けられていないが、祭りのあとの余韻を楽しむという意味ではこの時間がそれに該当するのかもしれない。

 体育館では生徒たちが、並べられていたパイプ椅子を片付けたり、敷かれていた保護シートを畳んだりしている。僕も本来ならその作業に参加しなければいけないのだが、まったくもって個人的な事情でやり残したことがあり。


「はぁー………………」

「あの、会長。大丈夫ですか?」


 僕は心配になり尋ねる。ミスコンが終わってしばらく経っているのだが、舞台袖にはまだ会長の姿があった。問題はその体勢──地べたに体育座りして膝に顔を埋める、完全なる「やっちまった」のポーズ。自信家の彼女らしからぬ姿。その理由はシンプル。


「私としたことがまさか、一時の感情に流されるなんて…………一生の不覚だ」


 母親との関係を秘密にするという、己に課した制約を破ってしまったことを後悔して、情けなくて、自分を責めている最中なのだ。心底真面目な人だと思う。

 一時の感情と言っているが、あくまで周りの期待に応えたかっただけだろうし。


「いいじゃないですか。その分、結果は出せたんですから……ほら、これ!」


 と、僕が慰めるつもりで掲げたのは金色のトロフィー。何を隠そう会長の勝利を信じてやまなかった執行部のメンバーが、自腹を切って購入していた一品。


「クイーン武蔵台の称号は会長の物なんですよ?」


 彼らの悲願は現実となった。表彰式で授与されたトロフィーに、しかし、今の会長は二度と触れたくないという荒んだ視線を注いでいる。


「……いくらしたんだ、それ」

「リサイクルショップで買ったのでお値打ちだそうです」

「あとで補償するからスクラップにしろ」

「みなさんの気持ちはどうなるんです。あなたのために用意したんですよ?」

「ハァ〜」


 そこを突かれると言い返せないのだろう。ため息混じりに再び膝を抱えてしまう。とても弁論対決を制した人とは思えなかった。傍目にも彼女は憔悴しきっていて──逆にそれは、僕の計画を実行するのには最適な状態だったため。


「…………柊さん、例のやつお願いできます?」


 小声で耳打ちする相手は、無言のまま会長の隣に立っていた柊さん。僕のいわんとすることを瞬時に理解した彼女は動き出す。くじの不正然り、会長が全幅の信頼を置いている副会長と共謀するのは忍びなかったが。これが最後なので大目に見てほしい。


「会長、どうぞ」

「……なんだ?」


 柊さんが差し出すのは銀色のパウチ。会長には見慣れた物。少なくとも外見上は。


「ご気分が沈んでいる際にはこれが利くと、常々おっしゃっておりますよね。クーラーボックスに入れて持ってきたので、温まっている心配もございません」

「ふん、余計な気を利かせて」


 憎まれ口を叩きながらもパウチに手を伸ばす会長。迷わず開封して唇をつける。ごくりごくりと、その中身が喉を通っていく様を確認──よし、上手くいったな。僕が内心でガッツポーズを取っていたら。


「おいおいっ!」


 途端に大声を上げるのだから、気が気じゃない。

 ──まさか、バレたのか?

 不安がよぎるのは一瞬、すぐに会長の顔はとろけたようにほころぶ。

 普段通りに、いや、ひょっとしたら普段以上に非合法な何かをキメた感じの仕上がり。


「美味いな、今日の血液はいつにも増して深みとコクがある……二年ぶりくらいの上物だぞ、これは。香りもいい。まるで干し草の上で寝ころんだときのような」


 極め付きにソムリエみたいな品評が飛び出して、僕は複雑な気分。


「ふぅ、落ち着いた。やはり飲血は全てを解決するな」

「良かったです。お持ちした甲斐がありました」

「しかし、柊……君ともあろう女が、まさかこんな茶番に加担するなんて」

「なんのお話でしょうか」

「とぼけるな。ミスコンのテーマ決め……いや、もっと前か。斎院朔夜が署名を集めてけしかけてきたあの段階で、すでに君が一枚嚙んでいたと考えるべきだろう」


 さすが会長、そちらにはしっかり感付いていたか。


「まったく、とんだ下剋上だな。副会長の発案で、会長の私に一杯食わせるなんて──」

「はーずれ。透子さんは私の指示に従っていただけよ」


 と、そこで現れたのは一人の女性。長いブロンドを揺らして歩く姿は見るからに高貴な出で立ち。体育館の舞台袖なんていう貧相なロケーションはすこぶる不似合いで。


「お母様っ!? ど、どうしてここに……」


 瞬間、立ち上がった会長の背筋がピンと伸びる。

 彼女の混乱をよそに理事長は僕に対してサムズアップ。


「ぐっど、ぐ〜っど、古森くん。しっかり成し遂げてくれたみたいね」

「朔先輩のおかげです」

「こ、古森翼……お前、まさか……」


 その短い会話だけで会長が察するには十分な材料だったのだろう。混乱が徐々に消えるにつれて非難めいた表情を浮かべる。


「……そういうことでしたか。やってくれましたね、お母様?」

「怖い顔しないのー。誇りと同時に目標のママでしょ?」

「聞いていたんですか」

「ばっちり。泣いちゃった。撮影もしてあるから何度だって見返せるわ」

「誇りと申し上げたのは撤回します。まさか、実の娘を罠にはめるなんて……」

「あなたの頑固頭がいけないんでしょ」

「さて、誰に似たのでしょう」

「まっ! そんな口を利く子を産んだ覚えはありません!」


 なるほど、上流階級だろうと親子喧嘩のレベルは庶民と大差ない。



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