異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
五章 誰かの特別になりたくて ⑫
「それからねぇ、あなた。頑固以外にも一つ、治さなきゃいけない病気があるでしょ。ちゅーにびょう? みゅーにびょう? ママは詳しくないけど古森くんが専門家らしいわ」
「おい、古森翼。君は私のことを裏で病人扱いしているのか?」
その通りですとは言えないので、僕は苦笑を返してから。
「まあ、でも大丈夫。特効薬を打ってあるんで、会長のそれは治ったも同然です」
「特効薬だと? 君は何を言って……」
再び困惑を浮かべる会長だったが、その表情がこれからどのように変化するかは、おそらく神様にも予想できない。
「カミラ、ごめんなさいね。ママはそろそろ真実を伝えなきゃいけないの」
申し訳なさそうに切り出したのは理事長。
「ヴァンパイアってあなたが思っているほど、本当はスペシャルでもノーブルでもないわ」
「ふっ、何を言い出すのかと思えば……」
ニヒルな笑いを浮かべる会長。わかりやすく自分に酔っていた。
「特別ではない人間がこんなものを飲めますか? その味を品評できますか?」
反証を示すように見せるのは空のパウチ。
「お母様もご存じでしょう。これはただの血液ではありません。医療機関にコネのあるお父様にお願いして、昔から特別に高貴な血液──味から出自に至るまで厳選された最上級品を、私は常に与えられて育ちました。ヴァンパイアの中でも格が違う──」
「それがぜーんぶ噓なのよ」
軽いノリで理事長が放った一言に、
「………………………………はい?」
明らかに動揺して見える会長。
「パパ、悪い人よねー。酔った勢いで小学生のあなたに大噓教えたんだから。『これは貴族から提供を受けた血だ』『飲んでいるお前には貴族の高潔さが宿るぞ!』とか。不可能に決まってるのにね。輸血用のパックを分けてもらっているだけなんだから」
「し、しかし。証拠を見たいと私が言ったら、公的な鑑定書も見せてくれた……」
「引っ込みつかなくなって噓に噓を重ねたんだわ。偽装工作までして悪質でしょ」
「…………」
「だからね、あなたが美味しい美味しいって飲んでいた血液は全て、普通の血だったのよ」
少し語弊があって、そもそも特別な血液なんてこの世には存在しない。
だが、それが世界のどこかに実在していると思い込んでいた会長にとっては、おそらくサンタクロースの真実を知ったくらい衝撃だったろう。
「で、では……なんです? まさか、私は今までずっと、どこの馬の骨ともわからない輩の血液を自らの体内に流し込んでいたとでも……?」
どこの馬の骨って。輸血を受ける人間は誰でもそうだし飲めるだけありがたいだろ。
「今飲んだこれも例外なく?」
信じられないと首を傾げている会長に、
「あー、えっと。それについては、どこの馬の骨ともわからないわけじゃなくって……」
とどめを刺すのは恐縮だが、汚れ仕事は最後までやり遂げてこそ。
「会長の知っている人の血液ですよ」
「私が、知っている?」
「あ、ご心配なく。きちんと病院で調べてもらって、輸血に供するのに問題ないとお墨付きをいただいていますし……会長のお口にも合っていたみたいで何よりです」
「……待て、古森翼。待ってくれ」
「いやー、まー、あれです。『輸血用のパックからランダムに選出されたのなら、今までワンチャン高貴な血を引き続けた可能性もある!』とか主張されたら厄介なので。目を覚ますには庶民代表の血液を飲んでもらうのが一番かなーと」
「何を言いたいのか、はっきりしろ」
はっきり言うなら。
「それは僕の血です」
「っ──────────────────────────────────!!」
絶句、という表現は百パーセントこの瞬間のためにある。
第一段階、口をぱっくり開けた会長は無の表情で固まって。
第二段階、青白くもあったその頰は見る見るうちに赤みを帯びていき──最終的に、触っていなくても熱さが伝わってきそうなほどに紅潮した顔になる。
「お、おまっ、おまえっ、おまえ……」
僕のことを指差すのだが思考に口の動きが追いついていない。絡まりそうな舌を鎮めてようやく絞り出した台詞はこうだ。
「責任を取る覚悟はできているのか!?」
「責任ってなんの……」
「常識的にわかるだろ! 自分の体液を同意なく婦女子の体に注ぎ込んでおきながら、なんて無責任な男なんだ!」
「言い方!」
「君の行いはなんらかの犯罪に該当する! 該当しなかったらこの国は終わりだー!」
頭を抱えた会長は膝から崩れ落ちる。その瞬間、
「ぷっ」
「……柊さん。笑いました、今?」
「いえまったく」
否定されたけど、噴き出した破裂音が確かに聞こえた。鉄仮面の彼女が笑うほどの珍事が起こっているのだと実感させられる。
「うんうん、これは責任を取るしかないわね」
「理事長まで便乗しないでください」
「娘にムーンダストを譲ったあの日から、運命は決まっていたってことよ」
ムーンダスト。青いカーネーションをそう呼ぶと、僕は最近知ったのだが。
母の日、小学生くらいの金髪少女がそれを買いにきていたのは、記憶に新しい…………え?
「あれって会長だったんですか!?」
「あらあら、もしかして気付いていなかったの?」
「普通、気付かないですって! あの日はなんか、フリフリした可愛い服着てたし」
「可愛いって、言うな……」
真っ赤な顔で膝立ちしながらも、禁句にはちゃんと反応する会長を見て僕は思った。
可愛いもんは可愛いんだから仕方ない、と。