俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた 1
1‐5.幼馴染のボディガード
「ふー、ごちそうさま」
弁当を食べ終えたりりさは、礼儀正しく手をあわせて、そう言った。
身長はあまり高くないのによく食べるりりさだった。子どものころからそうだ。
「で……ボディガードだって?」
「うん」
改めて聞き直す。
ボディと言われて、どうしてもりりさの胸に目が行きそうになるが――あわてて視線を逸らす。
「トウジだから言うけどさ、私、この胸だから、普段の生活がもめちゃくちゃタイヘンなわけ!」
「それはまあ、よくわかる」
たとえば、今の昼食も。
りりさはベンチに座り、体の横に弁当箱を置いて、わざわざそこからおかずを口に運んでいた。膝の上に乗せれば楽だろうに。
膝に乗せない理由は明白である。デカすぎる胸が邪魔をして、手元が見えなくなるからだ。
「机もさ、半分くらい胸で埋まるわけよ! こんなんじゃ書けないじゃん?」
「授業はどうしてんだ……」
「なんとかこう、背中を丸めて~、おっぱいを押し込んで……机の上にスペースを作って、それでどうにか……」
「おおう……」
たまに猫背になっているなと思ったら、あれは胸をつぶして場所を作っていたのか。
「あとさ、外に出るときもさ、ホントめんどくさいわけ! 痴漢とか、ナンパとか、スカウトとか、とにかく男の人に声かけられまくって……」
「スカウトって?」
「えっちなビデオのやつ」
「ぶっ!」
俺は飲んでたコーラを吹き出しそうになる。真顔で言うな!
「どいつもこいつも胸ばっか目当てで声かけてきやがって……私、怒ってんだからね!」
「制服ならそういうのないだろ」
「いや制服でも全然声かけられるけど⁉ 未成年だってーの! コスプレかなにかかと思ってんのかしら」
マジかよ。治安悪すぎる。
「街を歩くだけで、そういうのが寄ってくるわけか」
「そうなの。ママには一人で街を歩くなって言われてるけど、そういう訳にもいかないでしょ? 友達だっていつでも来てくれるわけじゃないし」
「生活に支障がでてるじゃねえか」
人より胸が大きいだけで、これだけの被害である。
ただでさえ重そうな胸だというのに、そこにくわえて様々な面倒がくっついてくるのだとしたら――。
りりさが望む高校生活を送るのは難しそうに思える。
「そこでトウジなわけよ」
「お、おう」
「身体がデカい! 顔もまあまあ怖い! 小さいころからよく知ってる! 駅が一緒だから通学のときも頼れる! 私がちょっとくらい困らせても申し訳なくない! いい条件がそろってるでしょ」
「おい、最後」
言い方はともかく、気を遣わない関係であればりりさもラクということだろう。
「それに、今の話を聞く限り? 私の胸には興味なさそうだし――変な気を起こさないなら、なおさらボディガードに適任かなって」
実際にはなにかにつけて、その胸を目で追っているわけだが――。
りりさには気づかれていないことを祈るしかない。平気、だよな?
「クラスの女子に頼むとか……」
「痴漢への威嚇とかあるのに? 女子にお願いできないって」
「まあ、危ないか」
「女子で痴漢に立ち向かうな、ってトウジもさっき言ったでしょ」
気心の知れた男子が適任と言われれば、筋は通っている。
「具体的にはなにをすればいいんだよ」
「ん、私の通学とか下校とか、お休みの買い物とかに付き合って。横に立ってて、セクハラしてくるヤツとかいたら睨みつけて!」
「魔除けの鬼瓦か俺は」
「鬼瓦より頼りになる幼馴染だよぉ!」
りりさは両手をあわせて、拝む――じゃなかった、頼む仕草。
りりさが人の多いところに付き合うのは、結構大変そうだ。拘束時間もそれなりだろう。
だが、どうやら俺が思っていたよりも、りりさの日常生活が破綻しかけているようだ。一人で街を歩けないのは相当である。
誰かの助けが欲しいのは、当然だろう。
「――わかったよ」
再会してからずっと、りりさのことが気になっていた。
それは、もちろんりりさの一部分が成長したからではなく――それによって困っているりりさを、どうしても放っておけなかったからだ。
こういう形でりりさの助けになれるなら、俺としても本望である。
「ホント! マジで! 助かるぅ!」
りりさは顔を近づけてくる。あまり近づかないでほしい。胸に目が行く。
「――確認するが、通学も下校も、休みも一緒だって言ったな」
「うん。だって痴漢が多いのは電車だし、ナンパとかスカウトは休みに街を歩いてるときにされちゃうし?」
「それって、つまり、ほぼ四六時中、俺と一緒に行動するってことだよな」
「そだね」
なにを当たり前のことを、とばかりにりりさは頷く。
「いいのか? それ?」
「なにが? ボディガードなんだから傍にいてもらわないと」
「……わかったよ」
そんなにずっと一緒にいるのは、恋人みたいなものだろう――などと。
思いはしたが、口にはしなかった。りりさが気にしないのであれば、俺も気にすることではない。
りりさの抱えている事情は切実だ。それくらいしなければ、朝の痴漢のような輩を排除することはできないのだろう。
「トウジには、負担かけちゃうかもけど……よろしくね」
「気にするな」
どうせ一緒に登下校する相手なんていない。デカくなった体も、こういう形で活用できるなら悪くない。
りりさの安全な高校生活を守るためなら、安いものだろう。
「一緒に行動なんて、ちょっとガキの頃に戻っただけだろ。同じだ同じ」
「うん……えっと、ありがとね。ボディガードさん」
りりさが、ちょっと茶化してそう呼んできた。
胸のデカすぎる幼馴染と再会した時は、どうなることかと思ったが――。
こうして、俺の高校生活は、りりさのボディガードとして始まっていくのだった。