俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた 1
1‐4.解決のためには
「で? なんであんなことしたんだ」
昼休み。
俺は、裏庭で購買のパンを食べながら聞いた。
昼休みになるやいなや、りりさを呼び出して、こうして一緒に昼飯を食っている。りりさは手作り弁当を開けながら。
「えー? なんのこと?」
「朝のことだよっ」
「だからさ、朝の、どれのこと言ってんの?」
りりさは卵焼きを口に運びながら、からかうように言う。
「そうだな。まずはホームで、あの痴漢をぶっ飛ばしたやつだ」
「あーおっぱいアタックね」
俺が言葉を選んでいるのに、りりさは直截に言う。
「すごかったでしょ、結構練習したんだよ? こう、腰のひねりが大事で……」
「いつもあんなことしてんのか?」
「いつもじゃないよ。アイツで三人目」
まあまあ、あの攻撃の犠牲者がいるようで、俺は唖然とする。
「私のおっぱい、11キロあるからね。下手に平手打ちとかするより、こっちのほうが効果的でしょ?」
「まあ、あの痴漢は、瀕死だったな……」
11キログラムの肉の塊が、遠心力を加えて顔面に飛んでくるのは恐怖でしかない。
――っていうか、りりさの胸、11キロもあんのかよ! 重りつけて日常生活してるマンガのキャラかよ。
「……じゃねえよっ。痴漢ぶん殴って逃げる被害者がどこにいる!」
「だって、駅員さんや警察呼んでたら、遅刻しちゃうでしょ?」
「遅刻したっていいだろ。学校には説明すれば――」
「毎日それやるの?」
「は?」
りりさの答えに、俺は目を丸くした。
「え? お前、毎日痴漢されてんのか⁉」
「いや、今朝みたいに、実際に触ってくるヤツはなかなかいないけどさぁ、わざと胸に近寄って来たり、逆に胸をガードしてるからってお尻狙ってきたりするバカは、満員電車にたくさんいるわけよ? 信じらんないよね!」
りりさはぷんすか怒りながら、弁当を食べる。
「せっかくこれから、花の女子高校生ライフなのにさぁ! 毎朝毎朝、痴漢のせいで遅刻なんかしたら、貴重な時間が台無しになっちゃうでしょー⁉ どうせ捕まえてもらっても、次のバカな痴漢が出てくるわけで……そしたら自衛するしかないじゃん!」
これは俺の想像力不足だったらしい。
りりさは――おそらくその大きな胸のせいで――毎朝痴漢に狙われていた。そのたびにトラブルとして処理されれば、当然、登校どころではない。
だから自衛手段として、あんな変な技を覚えたということか。
まあ、相手の不意をついて痛い目を見せる技としては、なかなか効果的なのかもしれない。相手だって、平手打ちや蹴りは想像できても。
まさか胸で殴られるだなんて思わないだろうし。
「じゃあ、お前――大ごとにしたくないってのは……」
「うん。駅員さんとか呼ばれたくないの。おっぱいアタックで痛い目見せて、もう二度とやらないように釘を刺したわけ。そんで私は遅刻しないから、いい方法でしょ?」
りりさはどや顔で、デカすぎる胸を張るが。
俺はとてもそうは思えなかった。
「暴力ふるったら、お前が加害者になるだろ」
「むこうが警察や駅員さんに言う訳ないでしょ。痴漢してたのは自分なんだから。大ごとにしたくないのはあっちもでしょ」
「そりゃそうだが……相手が逆上したり――」
「だからすぐに逃げたじゃん?」
私悪くないとばかりに、りりさは唇をとがらせた。
「まあ、お前の考えはわかったよ」
痴漢に狙われやすいりりさ。原因はまあ、デカすぎる胸だろう。
「……トウジって、地元の中学だよね?」
「ん? そりゃまあ」
「そこってさ、あんまり水泳強くないじゃん? ウチさ、水泳がどうしてもやりたくて、だから水泳の強い私立の学校に行こうと思って」
「そうだったのか」
どうりで、地元の中学にりりさがいなかったわけだ。
たしか学区は同じはずなのに、と思っていたが、中学受験だって珍しくはないし、そんなものかくらいに思っていたのだ。
(ん? あれ、でも中学で水泳はやってないって……)
どういうことだ?
疑問に思ったが、口を挟む前にりりさが続ける。
「で、ちょっと遠くの私立通ってたんだけど、そこも電車通学でさ」
「ああ……」
「中学でどんどん胸が大きくなっていって……そんで、胸が大きくなるのにあわせて痴漢って増えるの! ほんっと、腹立つよねーっ!」
「――そうだな。頭に来るな」
俺も朝からずっと、怒りを抑えるのに必死だ。
「だからいっぱい筋トレして、おっぱいでぶん殴れるようになった! 私は絶対に、痴漢なんかに負けないし、高校生活も謳歌してやるんだから!」
「……だから、の意味が分からんが、まあ経緯は理解したよ」
りりさに群がってくる害虫のような痴漢がどれだけいたことか。
胸が大きいというだけで、りりさがそんな目に遭わなくてはならない道理はないはずだ。
だが。
「それでも痴漢を殴るとか、危ないことはやめろよ。変な技もってても、相手は男だぞ。なにしてくるかわからないだろ」
「えー? トウジだって今すぐ殴り掛かりそうだったじゃーんっ」
「っ」
やはりバレていたらしい。
「お、俺は良いだろ……別に、どうなったって。それよりお前が傷つくほうが……!」
「ふふっ、心配してくれたの?」
「当たり前だろ――幼馴染なんだから」
ただそれだけを告げるのに、顔が赤くなってしまった。
なんだか照れ臭い。幼馴染を心配するなんて当たり前のことだ。恥ずかしがるようなことではない。
「知ってるヤツが痴漢されてて、黙ってみてられるほど人間できてねえよ」
「うん、トウジはそういうタイプだよね。体が大きくなっても、中身は全然変わってない」
「うるせ」
感情的な子どものままってことか?
それはそれで、ちょっと頭に来る。ちょっとは成長しているはずだ。
「――トウジはさ、私の胸、触りたい?」
「はっ⁉」
りりさが、ふにょん、と自分のデカすぎる胸を持ち上げる。11キロの重量に、どうしたって目が奪われる。
なに聞いてんだコイツ。
「さ、触りたい……わけないだろっ、そんなデカいもの!」
「ふーん? 女子も男子も、みんな触りたがるけど?」
「俺を一緒にすんなっ」
りりさは意味深に目を細めてくる。どういうつもりでそんなこと聞きやがる。
もちろん、その胸に触りたい男なんて星の数ほどいるだろう。巨乳が男の目を引き寄せるのは常である。
しかしここで間違っても触りたいなんて言ったら、痴漢どもと同じになってしまう。そんなのは絶対に嫌だ。
「ええと……お、俺はアレだよっ……そのっ、脚フェチだから! だから胸にはあんまり興味なんてねーし?」
いや俺もなに言ってんだ。
ありもしない性癖暴露してどうする。
「ふふっ。そっか。興味ないんだね」
「ああ。そんなデカいのつけてて、本当大変そうだなって思うよ」
「それはマジでそう」
一瞬真顔に戻って頷くりりさが面白かった。
「じゃあさ、そんな脚フェチなトウジに、お願いがあるんだけど――」
「お願い?」
そういえば。
いつかの朝にも、お願いを聞いたような気がする。
「私のボディガードになってほしいの!」
りりさは真剣な顔で、俺に向かってそう言った。