俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた 1
2‐4.りりさと水泳
どうして、りりさは水泳部をやめたのか。
りりさは辛そうな顔で、それでも俺に教えてくれた。
「最初は競泳水着も、ちゃんと着れたんだよ? 部活も水泳部に入って、毎日楽しみで。でも、中一から、どんどん胸が大きくなって……」
「――――」
「下着だって一か月したら着れなくなるレベルだったし、水着なんかもっと買い替えできないじゃん? 最初はがんばって、胸を水着に押し込んでたけど、中二の時にはもう無理だった。そんなに苦労して、胸なんかいっつも痛いのに、男子からの視線も気になるし、胸が邪魔になるからタイムはでないし――」
りりさの子どもの頃のあだ名は『イルカ女』である。
とにかく男勝りで、プールに通っては誰よりも早く泳いでいた。夏なんか日焼けで肌が褐色になっていた。
そんなに、泳ぐことが好きだったのに。
「だから、部活、やめちゃったの」
それが、中学で水泳をやっていなかった理由。
やらなかったのではない。胸が大きすぎて、できなくなったのだ。
「そうか。――ありがとう、話してくれて」
「ううん。いつか言わなきゃだったし」
「それなら部活じゃなくても、泳ぎに行ったりできないか? その、昔みたいに、一緒に」
「ムリだよ。私に合う水着は少ないし、プールだと目立っちゃう」
りりさが首を振った。その瞳には、諦観が浮かんでいた。
水泳に未練はあっても、りりさは気軽に泳ぐことさえ自由にならない。
服を着ていてさえ、この目立ちようである。
ましてや水着でとなると、どれほど人目を集めるから、想像に難くない。
「そうか、悪かった」
俺は簡潔に謝るが、心の底では納得していなかった。
あんなに好きだった水泳が、できなくなるなんて。そんなの理不尽だろう。
俺も水泳が好きだからよくわかる。
「あー、えっと……でもさ、行けるなら行きたいかも! いつかプールとか貸し切って、周りの目も気にしないなら……なーんて、夢みたいな話だけどね」
「別に夢見たっていいだろ。プールくらいいつでも行くのが普通だ」
「や、やめてよぉ。話してたら行きたくなっちゃうじゃん」
りりさは気まずそうに眼をそらしながら、競泳水着を元の場所に戻す。
「ほら、この話はおしまい! トウジも手伝って。今日はウェア探しにきたんだからさ! カワイイヤツ、一緒に探してよ!」
「……可愛いとかわからないんだよ」
「トウジの好みでいいのー!」
その後。
水泳の話から逃げるように、りりさはウェアを探しはじめた。とはいえ、Sカップに適したウェアがあるはずもなく。
結局は、XXLサイズのウェアを買うりりさだった。これでもりりさが着るとちょっと胸がキツいらしい。
「胸だけきつくて、他はあわないけど……」
「まあ、伸縮性あるし……家で筋トレするだけなら大丈夫だろ」
「そうだよね。外で着るわけじゃないし、ちょっとくらいヘンでも!」
気軽に着るフィットネスウェアでこれなのだ。
自分に合った競泳水着など、今のりりさにとっては夢のまた夢。
水泳選手にとって、競泳水着というのはただのユニフォームではない。水着の形状や素材はの選択はタイムに直結する。
自分に適した競泳水着を着れないというのが、どれほどつらいか。
だからりりさは、水泳をやめたのだ。
(……今の俺に、できることはあるだろうか)
ボディガードになったのだから。りりさのためにできることはしてやりたい。
とはいえ、まさか水着を作るわけにはいかないし――。
「はいトウジ、持って」
「荷物持ちかよ。別にいいけど」
「そんだけ体おっきーんだからこれくらい余裕でしょ」
買ったウェアの袋を俺に持たせて、りりさはいたずらっぽく笑う。
水泳の話はするなよ、と釘を刺されている気がして、俺はなにも言えなくなるのだった。
ボディガードになることで、りりさの日常と、俺の日常が急速につながっていった。
りりさの日々の苦労は、俺の想像を超えていた。
人目を気にして、痴漢やナンパを警戒して、重すぎる胸に振り回される。街を歩くのも、服を選ぶのもままならない。
「いや、でも、トウジがいると楽だわ!」
だが、りりさは笑顔でそう言ってくれる。
逆に言えば、今までは日常生活でさえラクができなかったということだ。明るく笑っている陰に、どれほどの苦労があったのだろう。
「校内で声かけられることも無くなったもんね」
りりさがパンをほおばりながら言う。
昼休みの間も、俺はりりさと行動を共にしていた。りりさ曰く、昼休みが一番面倒くさいらしい。
「入学早々、なんかイケメンの先輩に声かけられるしさ! ほーんと迷惑!」
「……告白でもされたのか?」
「ううん、なんか友達と私のトコ来て、『うわすっげー』とか『でっけー』とか、勝手に感心してやがんの! わたしゃ珍獣じゃねーっての!」
「失礼だな」
「ま、ムカつくけど、おっぱいアタックするほどじゃないし――ってトウジ、顔怖い! トウジのほうが殴りそうじゃん!」
「殴らねーよ」
その場にいたらわからないが。
「もー、トウジのほうが沸点低いんだからぁ。アンタはあくまで魔除けなんだから、ケンカしないでよ?」
「だから殴らないって」
まあ、内心で怒ってはいるけどな。
りりさのボディガードになってから、世の中、どれほど失礼な人間がいるか、よ~く思い知らされている。
痴漢のような犯罪行為は論外だが、遠慮なしに見てくるヤツ、ナンパしてくるヤツ、聞こえるように陰口を言うヤツ。
一々、怒っていたらキリがないが、それでも。
「トウジ、その顔やめなー。眉のとこのしわ、ヤバいよ?」
「いや、でも、腹が立つだろ……」
「そりゃね? でも、もうトウジは私のボディガードなんだから。私の日常生活に、トウジの怖い顔がずっとあるのも困るんですけどー」
「うぐ」
りりさが距離を詰めて、俺の眉間をマッサージしてくる。
りりさの場合、たったそれだけでデカい胸が触れるか触れないか、という感じになってしまうので心臓に悪い。
無心、無心で――。
「私といるときくらい、笑顔でいなー?」
「人を鬼瓦扱いしてくれたくせに……」
「それはそれ! これはこれ! 怖い顔するときは思いっきり! でも今は私とお昼食べてるんだから、笑顔笑顔っ!」
「はいはい」
注文の多い護衛対象である。
けれど、まあ――失礼な輩がどれだけ多くとも、そればかり気にして、りりさを心配させていたら本末転倒だ。
俺がボディガードをしているのは、りりさに平穏無事の高校生活を送ってもらうためなのだから。
「ああ、ところでりりさ」
「ほいほい」
パンをもぐもぐしつつりりさが応じる。コイツよく食べるな。
「俺、来週からバイトすることになったから」
「へ⁉」
いきなりの宣言に、りりさは心底驚いたような顔をするのだった。