俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた2

プロローグ.幼馴染が襲来した日

「私もトウジみたいに、男の子になりたい!」


 これは、まだ俺とりりさが子どもの頃。

 待ち合わせをしていた公園に、りりさは半泣きでやってきた。

 開口一番、そんなことを言う。

 なんでも前日に、泥んこになって帰ってきたことを、母の璃々りりさんに叱られてしまったそうだ。


「ママが、あれもしなさい、これもしなさいって言うの! 女の子だからって! もう女の子やだ!」


 小学校に上がる前のりりさは、やんちゃで男勝り。

 髪も短くて、ぱっと見は男の子と言われても仕方ないくらいだった。

 俺も──多分、あの頃は、性別なんて意識せず、ただ一番仲のいい友達として遊んでいた気がする。


「男の子になったら、ずっとトウジと遊べるし」

「じゃあ、男の子でいーじゃん」


 俺は深く考えずにそう言った。


「ずっと遊べるなら、そのほうがいいって。男になっちゃえば?」


 我ながら、バカな子どもである。

 りりさがなにを悩んでいるのかも知らぬまま、そう言ったはずだ。

 けれどそれで元気が出たのか、りりさはぐしぐしと涙をぬぐって。


「うん! わかった! じゃあ今日から私、男の子だから!」

「おう」

「だからトウジは、ずっと私と遊ぶんだよ」

「言われなくても。まだお前に勝ててねーし」


 前後もあやふやな、おさなじみとしての記憶。

 なんで今頃、そんな遠い記憶を思い出すのかというと──。


「はぁぁ〜〜〜っ! 今日も疲れた、おなか空いたぁぁ〜〜〜〜っ!」


 りりさは、俺の家のリビングに入るなり、ダイニングテーブルのに腰かけた。

 ずしっと、胸の重荷をためらわずにテーブルに乗せる。

 もちろん、手荷物のことではない──りりさが成長してデッッッッかくなりすぎた、超重量のバストのことである。

 男の子になりたい、とまで言ったおさなじみりりさ。

 そんなりりさと再会したら、彼女は『一部』がとんでもなく成長していた。

 そのバスト、自己申告によればSカップ。

 男になれば一緒に遊べる──などと言った俺が、今は彼女の女性らしい部分を意識する毎日である。


「ふいぃ〜、生き返る〜」


 りりさは巨乳の置きどころを見つけたことで、あんの息を吐く。

 なんでわざわざ、テーブルに乗せるんだ。ただでさえデカいのがさらに強調されるだろ──と、俺はずっと思っていたが。

 りりさを観察していると、どうやら違う。

 わざと乗せているのではなく、デカすぎて自然とテーブルに乗ってしまうのだ。

 Sカップをその身に抱えたりりさの、無意識の習慣なのかもしれない。


「ああ、暑かったな──今日もお疲れさん」


 テーブルにどでんと乗ったSカップを見ないようにしながら、俺は言う。


「うん♪ トウジも荷物持ちありがとねっ」

「これくらいはな」


 春にりりさと再会してから、俺は彼女のボディガードとなった。

 超重量級のバストを持つりりさは、日常生活に悩むことも多い。そのため、手ごろな男子──すなわち俺をボディガードに指名した。

 再会してからの夏休みも、ほとんど彼女につきっきりである。


「おばさんのご飯、めっちゃ楽しみ〜! いつぶりかな!」

「子どものとき以来だろ──まあ、俺の弁当からつまみ食いはしてたけどな」


 今日も撮影を終えてから、我が家に一緒に帰ってきた。

 俺の母が、久々にりりさに手料理を振る舞いたいと言ったからである。


「いやー、夏休みももう終わりかぁ〜っ。撮影に、プールに、筋トレに……あっという間だったねぇ」

「貸しきりじゃないプールも久々だな」

「へへっ。モデル始めてよかったでしょ〜? 胸が小さく見える水着で、やっとプール行けたよ〜!」


 りりさはファッション誌のモデルをやっている。

 モデルになれば、着るものに悩むりりさのために、オーダーメイドの服や水着が手に入る。そのおかげで、やっと先日、りりさも普通にプールに行けた。

 収縮色である黒の水着で、りりさと都内の大型プールランドに遊びに行った。人が多かったが、ほどほどの注目で済んでいる。

 そんな感じで、俺とりりさは、夏を満喫していた。


「トウジ、宿題終わった〜?」

「大体は」

「あ、じゃあこの後、写させてよ」

「そこまではダメだろ。自分でやれ」

「いーじゃん! トウジのケチ!」


 ボディガードとして、できることはする覚悟ではあるが、さすがに宿題丸写しまで甘やかす気はない。


「ってかさ、夏休み終わったら文化祭の準備もあるよね。ウチのクラスの出し物、結局どうなるのかなー」

「メイド喫茶か執事喫茶でもめてたな……」


 俺はどっちでもいいが、りりさが着れるメイド服があるのかが疑問である。


「売上一位目指したいからね! みんな本気だよー!」

「一位目指そうって宣言したの、お前だからな?」

「わかってるよ! 私が一番本気! 高校の文化祭なんて今だけだし、全力でやらないとね!」


 りりさが高らかに、人差し指を天井に伸ばした。

 そんな背筋を伸ばした姿勢をとると、デカすぎる胸が揺れるのだが──それをいちいち、指摘するつもりはない。

 りりさと一緒にいたら、こんなことはしょっちゅうなのだから。


「ふふっ、青春してるねえりりさちゃん」

「はい! もちろん!」


 キッチンから声がかけられた。俺の母親である。


「良かったねえ。ウチのトウジで良かったらいつでも使って」

「はい、ありがとうございます! おばさん!」


 我が母ながら無責任な言いようである。

 人をなんだと思っているのだろうか。言われなくてもボディガードはやる。


「りりさちゃんが色々大変だって聞いてたからねえ、おばさんも心配してたけどさ──余計な心配だったみたいで、一安心だよ」

「知ってたのかよ、母さん」

「料理講師の情報網、なめんじゃないよ。地元の奥様方から、どんなうわさばなしもぜーんぶ入ってくるからね!」


 肉の下ごしらえをしながら、母が豪快に笑った。

 こんな大雑把な性格で料理講師が務まるのかと、息子の俺は思うのだが──どうも人気が高いらしく、たまにテレビに出演していたりする。


「りりさちゃんも、興味があったらウチの教室に来な! 一から全部仕込んであげるからね」

「えー、えっとぉ……か、考えておきます!」


 母はりりさにも料理を教えたがっている。

 りりさもまたアバウトな性格だから、母は親近感を覚えているのかもしれない。

 両親も含めた付き合いが復活するのもまた、おさなじみだからこそだろう。

 そういう意味では、どれだけ体が成長しても、俺とりりさの距離感は子どものころから変わらないまま──。


「…………」


 りりさが、意味深にこちらを見る。


「それにしても……あっついねー」


 そして、露骨に胸元をあおぎ始めた。

 デカすぎる谷間が、よく見えてしまう。

 ──いや違う、これはきっと、あえて見せているのだ。


「……♪」


 りりさが、にへらと笑いながらこちらを見る。

 俺はあえて無表情で、『まったく全然りりさの胸なんか気にしていないが?』という態度を取る。

 しかし顔に出さない俺の努力すら、りりさには楽しいらしい。ニヤニヤしながら胸元を見せつけてくるのをやめない。

 対面型のキッチンで母が作業しているのに、これである。母にバレたらどうするつもりなのか。

 あるいは、そんなスリルも楽しんでいるのか。


(……ああ)


 ボディガードを通じて、俺は、りりさの胸に興味があることがバレている。

 男だったら、彼女のデカすぎる胸を見てしまうのは普通だと思うのだが──りりさにとって、それは俺をからかう格好のネタになった。

 そんなわけで、ちょくちょく胸を見せては、俺の反応を楽しむようになってしまった。


(俺のせいで……おさなじみがヘンタイに……)


 一応、こんな露骨なからかいをするのは俺に対してだけなのだが。

 りりさの将来が、色々と不安になってしまうのだった。


「はい、お待たせ、からあげだよ」

「わー、しそう! いただきまーすっ!」


 母が山盛りの揚げ物を持ってくると、りりさは胸を見せつけていたことなど忘れたかのように、満面の笑みで箸をとった。

 俺のおさなじみは、デッッッッかくなりすぎた。

 今の彼女は、まったく目が離せない。いや、下心ではなく純粋に。

 新学期からのボディガードも大変になりそうだ。

 とはいえ、りりさに付き合う覚悟はできている。どんなデッッッッかくても、多少ヘンタイでも、大事なおさなじみに変わりはない。


「俺の分、とるなよ」


 全部りりさに食べられる前に、そう忠告するのだった。


 しかし──九月からの新学期。

 俺のボディガード生活は、早々に危機を迎えることになる。

 新学期、俺たちのクラスに転校生がやってきた。


周防すおうつぐるです。よろしくお願いします」


 そう挨拶したのは、背の高いウルフヘアの──男か女か、どっちだ。

 とにかく目鼻立ちがはっきりしていて、爽やかだ。


「え、ヤバ、かっこよくない?」「めっちゃいい」「え? 男の子……だよね?」「女の子じゃないの?」


 クラスの女子たちがざわつく。

 下手をすれば男性アイドルでもやってそうなほど顔がい。

 着ている制服は、最近ウチの高校でも採用したばかりの、ユニセックスの制服。ブレザーにスラックスだから、ますます男に見えるが──。


つぐるって名前だけど、女です。どうかみんなよろしくね」


 周防すおうは、ほほみながらウインクをしてみせた。

 そんな仕草さえ、嫌味がなく爽やかになるのだから、本当のイケメンである。女子から歓声が漏れた。

 男装の女子、ということらしい。

 そして──。


つぐるくん……?」


 俺の後ろの席のりりさが、驚いたように立ち上がった。


「やあ、りりさ! 会えてうれしいよ!」


 自己紹介もほどほどに、周防すおうのほうも、りりさに馴れ馴れしく声をかける。


「知り合いか?」

「う、うん、中学校の時、仲が良くて──」

「ボクとりりさは小学校から一緒さ。つまりおさなじみだね」


 おさなじみ

 実は、俺とりりさは家が近所ではあるのだが、学区の問題で、小学校は別々だった。疎遠になってからは、学校の違うりりさと会う機会はなかった。

 つまり。

 周防すおうつぐる。コイツは、俺の知らないところにいた、りりさのおさなじみなのだ。


「ずっと会いたかったよ。りりさは色々と大変だろうから、心配していたんだ」

「いや別に私は……むぐっ!?」


 周防すおうのヤツは。

 手を広げてりりさに近づくと、思いっきり抱きしめやがった。

 同性だからか、りりさの胸が当たるのもまったく気にしない。

 りりさが周防すおうのスマートな胸の中でなんか言っているが聞こえない。


「ぷはっ……ちょっと、つぐるくん! 恥ずかしいよ!」

「あはは、ゴメンゴメン! りりさとの再会がうれしくて、ついね」


 つぐるは、りりさに笑いかける。

 うーん、顔がい。

 そして、まだコイツのことを何一つ知らないが──俺はすでに、コイツをりりさに近づかせたくない、と思ってしまった。

 これはボディガードとしての警戒心ではなく、おさなじみとしての独占欲だろう。

 嫉妬深い自覚はまあ、ある。


「キミが、りりさのボディガードくんだね」


 俺のにらむような視線に気づいたのだろうか。

 周防すおうつぐるが、俺のほうを向いた。


「りりさから聞いてるよ。おさなじみで、ボディガードなんだって?」

「だったらなんだよ?」


 向こうの方も、どこか挑発的な笑みを浮かべている。


おさなじみとはいえ、やはり男性がりりさとずっと一緒だと、色々と困るだろう? これからりりさのボディガードは、ボクが引き継ぐよ」

「はあっ!?」


 新学期早々。

 俺のボディガードの立場は、突如やってきた新しいおさなじみに奪われそうになるのだった。


「お前……」

「ふふん♪」


 俺は周防すおうにらむが、周防すおうは意にも介さず不敵に笑う。

 会って間もないが、理解した。

 俺はコイツが嫌いだし、コイツも多分、俺のことが嫌いだ。


「ちょ、ちょっとトウジ、そんなににらまないの! つぐるくんもなに言ってるの〜!?」


 二人のおさなじみに挟まれたりりさが、困ったようにそう言う。


 文化祭の準備で慌ただしくなる、新学期。

 突然のイケメン女子の登場で、俺とりりさの周りは、ますます騒がしくなるのだった。

刊行シリーズ

俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた3の書影
俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた2の書影
俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎたの書影