俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた2

1‐1.イケメンとボディガードと秘密

 転校生・周防すおうつぐるうわさは、すぐに学校内を駆け巡った。

 男装のイケメン女子というだけでも話題になりそうだが、とにかくやることなすこと、完璧に見えた。

 学校中の女子が一目、アイツを見ようとクラスにやってくる。

 りりさの胸も、入学時はだいぶ話題になったが──周防すおうつぐるうわさは、それ以上に広まっているようだった。

 早速、女子に告白されたとかなんとか。

 まだ転校して一週間なのに、あらゆる展開が早すぎる。

 とはいえ、周防すおうつぐるが女子にモテようが、話題の中心になろうが、そんなことは俺には関係ない──。

 関係ないはずなのだが、俺には悩みが増えていた。

 もちろん、周防すおうつぐるのせいで。


「えー、じゃあ、次の問題を──しろ

「げ」


 数学の授業中、当てられてしまった。

 黒板には、円の中に三角形の図形が描かれている。

 授業を聞いてはいたのだが、早口に説明される公式にまったくついていけてなかった。


「なんか俺だけ当たる頻度高くないスか。昨日も当たりましたよ」

「最前列だし、大きくて目立つからなー。ほれ、ここの角の角度は?」


 災難である。

 ただでさえデカい身長なのに、俺はクラスの最前列が固定席となっている。

 それもすべて、りりさが理由だ。俺の使うは、後席のりりさの机と合体して、りりさ専用の筆記台となっている。

 こうでもしなければ、りりさはそのデカすぎる胸のせいでノートもろくにとれないので、仕方のない措置ではあるのだが。

 ちなみにりりさは一心不乱にノートをとっていた。数学が苦手だから一生懸命なのだろう。


「えーと……わかんないっス」

「ちゃんと授業聞いとけ」


 数学教師が苦笑した。


「じゃあー、えー……周防すおう

「はい」


 俺の次に当てられたのは周防すおうだった。

 彼女の声は、大声を出しているわけでもないのによく通る。


「角BOCは180度になります」

「正解だ。前の学校だと、そこまで進んでいたのか?」

「いえ、授業ではやっていませんでしたが──夏休み中に予習していました。新しい学校で授業についていけなくなると困るので」

「感心だなあ」


 周防すおうの解答に、数学教師はうんうんとうなずきながら、授業に戻った。


「えー、このように、外接円の中心、つまり外心Oから、三角形の各角に引いた線は半径となるので……」


 説明される内容を、必死にノートに書いていく。

 別にどうでもいい。周防すおうつぐるが頭が良かろうが、授業で答えられようが、俺には関係ない。ないの、だが──。


「────♪」


 ふふんと。

 勝ち誇った笑みで、周防すおうがいちいち俺を見てくるのに、腹が立つだけである。

 周防すおうつぐるは、なぜか俺を、ライバル視しているのだった。


「そんじゃあ、男女に分かれて1000mトラック走、それぞれタイム計れよー」


 体育の時間。

 俺ははっきり言って、勉強よりも体を動かす方が好きだ。

 もちろん一番好きなのは水泳なのだが、筋トレなども含め、汗を流すことは嫌いじゃない。

 悩みがあるとすれば。


「ふうっ……ふうっ……はあっ……」


 りりさが外周コースを、息を切らしながら走っている。

 体操着に身を包んだりりさだが、サイズが合ってないのは遠目からでもよくわかる。

 Tシャツの上から着たジャージのファスナーが、胸の下で止まっている。おかげでただでさえデカい胸が強調されていた。


(早く体操着もオーダーメイドしてもらわないと……)


 俺は頭を抱える。男子たちが好奇の目でりりさを見ている。

 走るたびにデカい胸が揺れるのだから、目で追ってしまうのもわかるが──俺はそんな男子たちに、表情だけでけんせいした。

 体操着のりりさを、あまり男子たちに見せたくない。

 特にりりさは、胸があるせいで足が遅い。ちょっと走っただけでもう息が上がっている。

 日々の筋トレのおかげで体力もついているはずだが、やはり胸に11キロの重りがあると、ただ走るだけでも大変だろう。


(水中じゃあ、あんなに速いのにな)


 そんなことを考えつつ、自分もトラックを走る。

 すると──。


「やあ」


 隣を走ってくるヤツがいた。周防すおうである。


「──なんか用かよ。ってか、女子は内周だろ」

「キミと勝負したくてね。どうだい?」

「ああ?」

「ボクに負けるのが怖かったりする?」


 周防すおうの体つきは、りりさとはまったく違う。

 体のラインがでる体操着でも、女らしい曲線は少ない。割とがっしり肉がついている。

 心なしか、胸板も厚いように見える。ジャージのせいか、それとも胸筋が鍛えられているのか。本当に男子のようだ。

 引き締まった足腰を見る限り、かなり足が速そうだが──。


「そうそう負けるか」

「じゃあ決まりだね」


 言った瞬間、周防すおうが加速した。


「なっ……!」


 スプリントを思わせる加速だった。おいおい、1000mだぞ、わかってんのか?

 途中でバテるのでは──と思われたが、すでにぐんぐんと距離が離されている。


(ふ、ふざけんな……!)


 数学ならともかく、得意の体育で女子に負けていられない。

 俺もそのまま速度を速めたが、周防すおうのペースはまったく落ちることはなく、結局差は縮まらなかった。


「はあっ……はあ、こ、この……!」

「ふふ、ボクの勝ちだね」


 先にゴールした周防すおうは、余裕の笑みを浮かべていた。

 そんな様子を見て、またクラスの女子がきゃーきゃーと声をあげる。すっかり女子の人気者である。

 俺は息を整えながら、周防すおうのドヤ顔を見つめるしかできないのだった。


「──なんなんだアイツは!」


 昼休み、体育で消耗した体力を、母謹製の弁当で回復する。

 中庭でりりさと昼食をとるのも、すっかり習慣となっていた。


「うーん、ライバル視されてるねえ」


 りりさが、胸に乗せたパックジュースを飲みながら、ごとのように言う。

 飲み物の容器を胸に乗せるなと再三言っているのだが、りりさが聞いてくれる様子はなかった。


「昔からあんな感じなのかよ、あの周防すおうって女は?」

「まあ、目立ちたがりっていうか、主張が強いっていうか……でも今は、トウジのことをめっちゃ意識してるよね」

「迷惑なんだが──」


 クラスの人気者が、なにかにつけて突っかかってくる。

 俺まで一緒になって注目されるし、いちいち見世物のようになるのがイヤだ。


「なんでそんなに俺に構うんだ」

「私のことが大好きだからでしょー? トウジにさ、私をとられたって思ってるんだよ」

「とられたもなにも、アイツのもんじゃねーだろ!」

「でも、トウジといない間は、仲良かったし?」


 りりさはいたずらっぽい笑みを浮かべている。

 俺の知らない、りりさのおさなじみ。その言葉を聞くだけで、どうしてここまで胸がざわつくのだろうか。

 俺は勝手に、りりさのおさなじみが自分一人だと思っていた。

 それが傲慢な考えだったということを、思い知らされている。


「いやあ、それにしてもモテるよね。つぐるくん! みーちゃんなんかもうメロメロだし」

「ミーハーだな、どいつもこいつも」

「女の子なんてそんなもんだって」


 りりさは達観したように言う。


『みーちゃん』とは、かさしよう──クラス委員で、女子のまとめ役。

 ショートカットで、日に焼けたバレー部女子だ。周防すおうが転校してくる前は、彼女こそが女子にモテる女子、という雰囲気だった。

 それが今では、転校生へ、なにかにつけて話しかけている。

 周防すおうのほうも、そんな王子様扱いされることに慣れているのか、よく相手をしたりスキンシップをしたり。

 とにかくかさをはじめ、クラスの女子人気は全てアイツが持っていった。


つぐるくん、ボディガードは自分がふさわしいと思ってるから、とにかくトウジに負けを認めさせて、ボディガードを代わりたいんでしょ?」

「後から急に出てきて、そんな理屈が通じるかよ……」


 俺はあきれるが、かといって周防すおうをバカにはできない。

 なら、俺も同じだからだ。

 もし、俺がりりさと再会した時、ボディガードをやっていたのが周防すおうだったら──俺もあるいは、周防すおうに突っかかっていたかもしれない。

 りりさをとられた、なんて理不尽な怒りを抱いたかもしれない。


「まあ、悪い子じゃないんだよ。トウジをライバル視してるのも今だけだと思うからさ、ちょっと付き合ってあげてよ」

「その結果、ボディガードをとられたらどうすんだよ」

「えー?」


 りりさはにやにやと、俺をからかう時の顔になった。


「まあ、確かに、女子同士のほうが色々と都合がいいよねー?」

「……おい」

「女の子に頼みづらいからトウジに頼んだけど、つぐるくんは男の子にしか見えないし? イケメンが一緒にいれば、声かけてくる変なヤツもいないだろうし?」

「悪かったな、イケメンじゃなくて」

「そういう意味じゃないって〜っ! ねんなよ〜!」


 りりさが俺の背中をバシバシたたく。

 コイツは──胸がどんだけ成長しても、距離感は昔のまんまだ。

 男の子になって、俺と一緒に遊びたいと言った、ガキの頃と同じ。


「でも実際、トウジだって四六時中、私にくっついてたら、自分の時間作れないでしょ? トウジの負担を考えるとさ、つぐるくんにボディガードしてもらうのも、悪くないと思うんだよね?」

「ここまで付き合わせといてよく言うよな、お前……」

「あはは、ごめんごめんっ! 感謝してるんだって、本当だよ?」


 りりさの信頼と感謝は、もちろん俺もわかっている。

 こうやって気軽に接しつつ、俺の時間を奪うことを気にしているのは、りりさの優しさだ。

 そういう意味では、周防すおうと役割を分担するのは、悪くないのだろうが──。


「トウジはどう思う? ボディガード代わってもらうのって」

「俺に聞くのかよ……りりさのことだろ。お前が決めろよ」

「ええ〜? 現ボディガードの貴重な意見でしょ〜?」


 りりさとは、ファッションモデルの件で一度、ケンカをした。

 ケンカの原因は、俺の単純な嫉妬だったのだが──それ以来、りりさは俺に嫉妬心を抱かれるのが楽しくてしょうがないらしい。

 露出癖といい、隙あらばおさなじみをからかう、悪い女である。

 しかもりりさは、俺のうそをあっさり見抜くので、ヘタな誤魔化しは通用しない。


「まあ、確かに気に入らない」

「うんうん♪」

「イケメンがドヤ顔してると、無性にムカつくからな。なんとかしてアイツの鼻を明かしてやりたい」

「ええっ!? そっちなの!?」


 りりさが期待した答えとは違ったようだ。


「私をとられたくないとか! りりさは俺のものだ! とか言わないの!?」

「言わねえよ……俺のモンじゃないし」

「むー、面白くなぁ」


 りりさは唇をとがらせて、足をバタつかせた。


「まあ、いいか。とにかくさ、つぐるくんにも色々事情があって、大変だから……なんていうか、あんまり意地悪しないでよ? トウジ?」


 りりさがそんなことを言う。


「……事情ってなんだよ」

「言えませーん。女の子同士の秘密でーす」

「都合のいい時ばっかり女子扱いかよ」

「そーゆーもんなの」


 りりさが話は終わりだとばかりに、胸のパックジュースをずず、とすすった。

 俺と周防すおう、りりさにとってはどちらもおさなじみ

 どちらか一方に肩入れできないのはよくわかるが──今現在、意地が悪いのは周防すおうのほうだと、俺は思うのだった。


「……で、またお前が出てくるのかよ」


 そして、数日後の体育の時間。

 外は雨だったので、男女ともに屋内でバスケをすることになった。

 それはいのだが──なぜか、男子の試合に、周防すおうつぐるが交ざっている。しかも俺の相手チーム。

 もう完全に、俺への嫌がらせとしか思えない。


「まあ、いじゃないか。やるなら本気で勝ちたいし、ラフプレーで、クラスの小猫ちゃんたちにケガさせたくないしね」


 なにが小猫ちゃんだ。

 キザったらしい言い回しも、いちいちしやくさわるのだが──クラスの女子たちにはそういうところがいらしい。


周防すおうくーん! 頑張ってー!」「周防すおう様〜っ!」「いところ見せて〜っ!」


 自分たちの試合が終わった女子たちが、口々に周防すおうを応援する。

 周防すおうはそんな女子たちにウインクしてみせた。女子たちから、ほう、とため息が聞こえる。


「おい、絶対勝つぞしろ」「周防すおう、モテまくってムカつくから」「女子人気ぜーんぶとられてんぞ」「お前の身長なら勝てるだろ」

「お前らな……」


 チームメイトの男子たちが、醜い嫉妬を見せる。

 とはいえ仕方がない。周防すおうつぐるのイケメンぶりはとどまるところを知らない。なんかファンクラブもできたとかいううわさがある。

 男子たちのやっかみに付き合うつもりはないが、フィジカルに恵まれている俺が、バスケで周防すおうに負けてはけんにかかわる。


「まあ、やるだけやるよ」


 俺がそう言うと──。


「トウジーっ! がんばれーっ! ファイトーっ!」


 周防すおうばかりを応援する女子たちの中から、そんな声が届いた。

 言うまでもなくりりさである。ぺたんと女の子座りをしながら、俺に声をかけた。

 りりさは胸が邪魔をするので、体育座りができないらしい。


(アイツ……)


 りりさが応援しつつ、笑顔で手を振ってくれる。

 ──無反応なのも悪いので、手を振り返した。


「ズルい……」「そうだったコイツも持っている側だった」「爆乳おさなじみだと……?」「あの超おっぱいを自由にしやがって……」「周防すおうに勝ったら次はお前だ……」


 いかん、嫉妬の矛先がこっちに向いた。

 自由にしてるわけあるか。俺もりりさも、あのでっかい胸に振り回されてんだよ。


(はあ、もう、やってられるか)


 さっさとこんなこと終わらせよう──もちろん、勝ってな。


「りりさ、ボクには応援をくれないのに……ボクのりりさ……」


 気持ちを切り替えようと前を向いたら。

 なんと周防すおうつぐるも、俺に恨みがましい視線を向けてきた。

 お前もかよ。さっき散々、女子から応援されてたじゃねえか。


しろトウジ──キミには負けないからな」


 ジャンプボールのためにコートの中央に来た周防すおうが、俺をにらむ。

 ヤバい。

 敵も味方もろくなのがいない中、試合開始の笛が鳴る。


「っ!?」

「はっ!」


 ジャンプボールの瞬間、周防すおうが高く飛んだ。


(女子のジャンプ力じゃねえぞ、おい)


 俺のほうが背が高いのに、手の到達位置は、ほぼ互角。

 周防すおうが空中でくるりと手首を返して、そのままボールを奪った。


「ふっ!」


 そのまま低く沈んで、ドリブル。

 俺も必死に追いかけるが、周防すおうの俊敏さにチームメイトもまったく追いつけない。

 観客の女子たちから歓声が上がる。


「はっ!」

「くっ」


 ゴール前で足を止めた周防すおうに追いつくが、そのままシュート。

 阻止しようと飛び上がったが、周防すおうのボールは美しい放物線を描いて、ゴールリングに収まった。


「ふふんっ♪」


 爽やかな汗をかきながら、周防すおうが笑う。


「本当に女子かよ……」


 チームメイトの誰かがつぶやいた。

 女子どころか、男子バスケ部でも即戦力になれそうな動きである。

 周防すおうのチームメイトも、彼女の独壇場にぜんとしている。


あせるな。一点返すぞ」


 俺はそう言って、前へと走る。

 ゴール下からスローインされたボールを、チームメイトたちがパスで回す。

 その隙に俺は相手ゴール前へと走る。

 周防すおうは、俺にぴったりとくっついてきた。


「……っ」


 狙いどおりである。

 いかに周防すおうのフィジカルが優れていても、一人で全員をマークすることはできない。必然、マークするのはデカい俺になる。

 バスケで狙われるのは当然だし、周防すおうは俺を意識しまくってるからな。


しろっ!」

「っ!」


 チームメイトから投げられたボールをキャッチ。

 そのまま周防すおうをかわして、ジャンプ。

 ダンクシュートはさすがにできないが、レイアップで得点できれば──。


「甘いねッ♪」

「!」


 周防すおうも飛び上がってきた。ボールに手をかけ、レイアップを阻止。

 リバウンドしたボールは他の男子の手に渡った。

 相手チームはさっさとボールを回し、シュートを決めてしまう。


「ほら、見ただろう?」


 周防すおうが得意げな笑みを浮かべる。


「勉強でも運動でも、ボクは男子にそうそう負けないよ。りりさのボディガードは、ボクの方がふさわしいと思わないかい?」

「──お前な」


 俺は汗をぬぐいつつ、周防すおうの嫌みったらしい顔をにらみ返す。

 全然、思わねえよ。

 こっちはりりさと再会してから、半年近くサポートしてきた自負がある。ぽっと出のおさなじみなんぞに負けてたまるか。

 そう言おうとした瞬間。

 びり、という音がした。


「?」

「あっ……」


 音の出所は、明らかに周防すおうだった。周防すおうは慌ててその場にしゃがみこむ。

 なんだ? なにが起こった?

 布が破れたような音だったが──。


「あっ、せ、せんせーっ!」


 なぜか慌てたように、りりさが立ち上がった。


「あの、私、ちょっと体調が悪いので、周防すおうくんに連れてってもらいます!」

「は?」


 めんらうのは俺のほうである。

 りりさの体調になんの問題もないのは、朝からずっと一緒の俺がよくわかっている。

 体調が悪そうなのは、むしろ突然しゃがみこんだ周防すおうのほうだろう。


「ほ、ほら、つぐるくん、いこっ!」

「あ、ああ」


 りりさは、周防すおうにぴったりと寄り添い、体育館を出て行った。

 保健室へ促しているのもりりさである。周防すおうが体調が悪いならそう言えばいいのに。


(な、なんなんだ……?)


 あれほど自信満々だった周防すおうだが、りりさが寄り添った時は弱々しく見えた。

 訳がわからない。

 二人にしか通じないなにかがあるようだが──。

 ここ半年、学校でもそれ以外でも、俺たちはほとんどずっと一緒だったのに。

 りりさのことで、俺が知らないことがあるのが、無性に寂しく感じてしまった。


 体育の授業が終わっても、りりさたちは保健室から戻ってこなかった。

 ちょうど放課後になったので、俺は保健室へと向かう。

 りりさのことが気になるのもあるが、どのみちりりさは俺と一緒でないと下校ができないのだから、彼女を待たなければならない。


(……周防すおうと一緒に帰ったりしてないだろうな)


 そうだとしても、さすがに俺に一言告げるだろう。

 なにも言わず帰るほど薄情ではない──はずだ。

 保健室にたどりつく。入り口の札には、養護教諭不在と書いてあった。


(先生いないのか。じゃあ、二人でなにしてんだ……?)


 二人で治療ができるわけでもないし、ベッドで休んでいるのだろうか。

 そもそも俺は、りりさが体調不良というのはまぎれもないうそだと思っているが──。


「あっ……ちょ……っ、り、りりさっ……!」


 などと考えていると。

 中から周防すおうの声がした。あれだけ自信満々な女とは思えないほど、動揺している。


「もーっ! ほらつぐるくん! 動かさないで!」

「い、痛たっ! りりさ、もっと優しく!」

「そんなこと言ってらんないでしょー? ちょっとだけ我慢して! すぐ終わるから!」

「あっ……ああっ、りりさ……そんな」


 中から、りりさと周防すおうの言い合う声が聞こえてくる。

 ──いや、マジで二人でなにしてんだよ。

 しかも、なぜかやたらりりさが強気だ。


「おい、お前ら、一体なにして──」


 俺は保健室の扉を開ける。するとそこには。

 上半身裸の女子と、後ろから彼女に抱きついているりりさがいた。

 いや、抱きついているのではない。手に持った白い布を巻こうとしているのだ。

 サラシか?


「あっ……あっ」


 ──そして、気づく。

 両手をクロスさせて、デカい胸を押さえている女は、周防すおうつぐるだ。

 全然りりさほどではないが、周防すおうの胸もまた、それなりの大きさだった。


「いやぁぁぁ─────ッ!」


 あれだけ王子様然としていた周防すおうが。

 泣き声の混じった悲鳴をあげた。


「バカトウジっ! ノックくらいしろ!」

「ぐおっ!」


 りりさに容赦なく蹴飛ばされる。

 さして痛くはない。りりさの言い分もごもっともである。


「あとで説明してあげるからっ!」


 ぴしゃりと保健室のドアが閉じられる。

 説明してくれるのか。

 女子の身体からだを見てしまったのは俺に非があるが、その割には優しい。

 仕方がないので俺は、保健室の外で二人を待つ。

 保健室の中からは、えぐえぐと、イケメンからは程遠い周防すおうの泣き声が響くのだった。

刊行シリーズ

俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた3の書影
俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた2の書影
俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎたの書影