俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた2

1‐2.イケメンとボディガードと秘密

「はい、終わったよ、トウジ」

「あ、ああ……」


 十数分後、りりさが保健室の扉を開けて、中に入れと促してくる。

 保健室に入ると、そこには制服を着直した周防すおうつぐるがいた。胸の大きさは今までどおり。まったくあるようには見えないが──。

 あれはユニセックス制服とサラシで、そのように見せていただけ。

 女にしては胸板があると感じたのも、つぶした胸のせいだったのだ。


「もう、見られちゃったし。トウジにも事情を話していいよね、つぐるくん?」

「うん……」


 周防すおうは顔を手で覆っていた。

 やはり、俺の知らない二人の事情があるらしい。


「どこから話そうかなー。とりあえず、体調不良ってのはうそね」

「そりゃわかってるけど」


 俺がうなずくと。


「サラシが破れちゃったみたいだから、慌てて巻き直すことにしたの。つぐるくん、一人じゃサラシ巻けないから」

「言わないでくれぇ!」


 周防すおうがまた情けない叫びをあげた。


つぐるくんもわりとおっぱい、おっきいからねー」


 うんうん、わかるわかるとばかりに、りりさがうなずいている。


「もうわかったと思うけどさ、つぐるくん、意外と弱点が多いの。結構泣き虫だし、ホラーも虫も苦手だし、りだし、不器用でサラシも一人じゃ巻けないし」


 俺は思わず、周防すおうを見る。

 もうやめてくれとばかりに半泣きでりりさの腰に抱きつくその様子に、女子に人気な王子様の風格はなかった。


「りりさにふさわしいのは自分だー、なんて言ってたけど、本当は逆で。つぐるくんは、昔から事情を知ってる私がいないとダメなの」

「おいおい、マジかよ……」


 あんだけドヤ顔で勝ち誇っていたのはなんだったんだよ。

 そこまで聞いて、俺ははっと気づく。


「まさか──俺にボディガードを代われって言ってたのもそのせいか!?」


 そうだとすれば。

 周防すおうがやたらと俺に固執するのも、りりさが妙に周防すおうをかばうのも、どちらの態度にも説明がつく。


「自分がりりさがいないとダメだから? ボディガードの建前なら一緒にいてもおかしくないもんな!?」

「り、りりさだって同性のほうが都合がいいのは事実だろう! キミだって男だ、一度くらいりりさの胸に触りたいとか、思ったんじゃないのか!」


 りりさに抱きつきながらも、口だけは威勢のいい周防すおうだった。

 俺はあきれるしかない。

 ボディガードが、りりさより自分の都合を優先してどうする。


「トウジはがんばってくれてるよ」


 りりさが、諭すように周防すおうにそう言った。

 そう言ってもらうだけで、ボディガードの苦労も報われる気がするから、我ながらちょろい男ではある。


「……で? りりさに頼ってまで、サラシで胸つぶす理由はなんなんだよ? 別にそんなにデカくもないんだからいいだろ」

「で、デカくない!? ふざけるなっ、Jカップだぞ!?」

「……いや、小さいだろ、りりさに比べれば」


 サイズ的にはりりさよりだいぶ小さい。


「りりさ! コイツ、りりさと一緒にいすぎて頭がおかしくなってる! Jカップは世間的には十分大きいサイズだぞ!」

「そりゃあ、そうか……」


 りりさのSカップが、俺の価値観を一変させているようだった。

 基準がバグってしまっている。


「と、とにかくっ、胸が大きいと困るんだ。みんな胸が大きいと、ボクのことを女の子だと思って、ちやほやしてくれなくなるし……」

「お前なぁ」


 俺はあきれた。

 あのキザったらしい仕草も、イケメンなムーブも、全部意図してやっていたということか。


「まあ、この胸でつぐるくんも、中学時代大変だったんだよ」

「……?」

「そりゃ大きさは、私と比べたら全然小さいから、正直うらやましいけど……つぐるくんにはつぐるくんの悩みっていうか、境遇っていうか? あるわけよ」


 りりさは、その胸のせいで悩んでいたわけだが。

 周防すおうもまた、別の悩みがあるようだ。


「いいか、キミにもわかるように教えてやる。サラシで胸をつぶさないと大変なんだぞ」


 そうして、周防すおうは教えてくれた。

 俺がりりさと離れていた時期、自分になにが起きたかを。


 周防すおうの話によれば──。

 りりさと周防すおうは、小学校こそ一緒だったものの、小学校時代は、二人ともあまり親しいわけではなかったようだ。


「あー、ちょっといか?」


 話の本題はまだまだ先なのだろうが、導入から気になる点があった。


「なんだい? 話の腰を折らないでくれ」

「そりゃ悪い。けど……お前、おさなじみって言ってたよな? 小学校から仲いいわけじゃなかったのか?」


 周防すおうが気まずそうに目をらした。

 りりさが代わりに答える。


「小学校の時はぜーんぜん。トウジとのほうがいっぱい話してたよ」

「り、りりさ……!」

「いや本当だし? 中学の途中まで私たち、挨拶だけはする、くらいの仲だったでしょ?」


 これはまた、随分話が違う。


「──おさなじみ?」


 あまりの話の食い違いに、つい口を挟んでしまった。


おさなじみだろう? だって小さいころから知ってて──」

「知ってるだけ?」

「…………」


 周防すおうが言葉に詰まった。

 なるほどね。俺への対抗心かなにか知らないが、とにかくりりさとおさなじみだと吹聴していたのも、周防すおうの策略だったわけだ。


「そういうことは早めに言っておけ……りりさ」

「あはは! ゴメンゴメン! おさなじみのポジションをとられたと思って、嫉妬しているトウジがわいくてさ〜! 言い出せなかったの!」

「お前……!」


 どうやら俺はりりさにもからかわれていたらしい。


「ま、つぐるくんは、おさなじみとは言いづらいよねー。特にトウジの前だと」


 りりさがくすくす笑う。


「う、うるさいなぁ! 細かい言葉の定義はどうでもいいんだ!」


 周防すおうが気まずそうに顔を赤くした。


「とにかく、ボクとりりさは、ずっと同じクラスだった。でも、仲良くなるきっかけがあってね──」


 周防すおうの話によれば。

 中学でも引き続き、二人は違う女子グループだったらしい。

 りりさは、女子同士で気楽に過ごすグループ。気の合う数人で固まるだけのこぢんまりとした集まり。

 一方、周防すおうは──周防すおうハーレムを形成していた。

 同じ女子同士でも、友達のグループと、周防すおうを取り巻くハーレムでは意味合いが異なる。

 今と同じだ。イケメンの容貌で、とにかくモテた。

 クラスの王子様であり、頼れるヒーローであり、そこらの男なんて一蹴するくらいの魅力を放っていた。


「いやあ、とにかくね、大変だったんだよ」


 周防すおうは得意げに言いやがる。


「クラスの女子の半数には告白されたし? 知らない下級生の子に呼び出されたと思ったら、その場で押し倒されたり……先輩に不意打ちでキスされたこともあったね? いやあ、思春期の女子の恋愛パワーってすごいよね」

「おい、帰っていいか」


 さっきまでベソをかいていたくせに、今やすっかりドヤ顔である。

 俺がわざわざ悩みを聞く必要がない気がしてきた。


「ちょちょ、トウジ、最後まで聞いてあげて、ね」


 りりさになだめられて、俺はうなるしかない。


「まあ……しろくんの言うことももっともだ。はっきり言おう。ボクは調子に乗っていた。ちやほれされて、モテモテで」


 どうやら周防すおうにも自覚はあったようだ。


「なにかするたびに女の子たちにキャーキャー言われて、休日も誘われまくって相手には困らない。悪い気分ではなかったし、自分は顔がいから、それが許されるんだと信じていた。特定の相手は作らず、このままモテモテ人生をおうできると信じていたよ」

「お、おう……」


 あまりの傲慢さにまた文句が口から出そうになったが、とりあえず黙る。


「でもそれも、中学二年の夏くらいまでだった」

「?」

「その頃から、急に胸が大きくなりだしてね。丁度、りりさの胸が大きくなったのと同じくらいだと思うよ」


 りりさは、胸の急成長によって、着るものにも大変困った。

 好きだった水泳部もそのせいでやめている。


「……服に困ったのか?」

「いいや、ボクも成長はしたけれど、りりさに比べれば普通の範囲だったから、日常生活の不便はさほどでもなかった。ボク自身は、胸が大きくなってもボクはボクだ、と思っていたよ。ただ、ね──」


 周防すおうは少しよどんでから。


「ボクを慕ってくれた小猫ちゃんたちにとっては、そうではなかったみたいだ」


 胸が大きくなってしまった周防すおう

 りりさほどではないとはいえ、Jカップへの急成長は、周りにもよく伝わる。


「今まで構ってくれていた女子たちが、急に冷たくなってね」


 周防すおうは暗い顔でそう言った。

 俺にもなんとなく想像はついた。

 周防すおうつぐるが女子にモテていたのは、カッコいい『男性』だと思われていたから。

 そんな周防すおうが、急に女性を感じさせる体形になった。

 恋愛や憧れの対象から外れるには、十分な理由だろう。なにせカッコいいイケメンが、急に巨乳になってしまったのだから。


「意図せずとはいえ、小猫ちゃんたちを失望させてしまった代償は大きくてね。告白してくれた後輩が、胸が大きくなったらあからさまに避ける、なんて珍しくなかったよ」


 周防すおうは肩をすくめる。

 調子に乗っていた事実はあるとはいえ、ここまで人間関係で手のひらを返されてしまうのには、つい同情してしまう。


「特にキツかったのは……。一番慕ってくれたクラスメイトがいてね」

「…………」

「その子は昔からの知り合いで、ボクのこともよくカッコいい、カッコいいと褒めてくれたんだけれど……胸が大きくなった途端、口もいてくれなくなってね? いやあ、これはショックだったな。クラスでも中心の女子だったから、周りの子もその子にあわせるように、露骨にボクを避けたよ」

「──大変だったな」


 だんだん、俺は腹が立ってきた。

 胸が大きくなったくらいで、態度を露骨に変える。そんなことがあっていいのだろうか。好きで大きくなったわけでもないのに?

 結局、周防すおうを慕っていた女子たちは、イケメンという外側だけを見て、周防すおうの性格も、女性として生まれたことも見てなかった、ということだろう。

 俺だったら。

 たとえば、りりさと再会した時に、胸が大きくなり過ぎたという理由で、全然近づかなかったり、話もしなかったら。

 きっとりりさは大いに傷ついたことだろう。

 そんなおもいを、平気で周防すおうにさせるヤツらに、ふつふつと怒りが湧いてくる。


「りりさと仲良くなったのは、その頃なんだ」

「そうそう。胸が大きいからさ、服とか下着の悩みを共有できたの。まあ、成長ペースは全然違ったけど……」

「ボクも着るものには悩むけど、りりさはそれこそ、爆発でもしたように胸が成長していったからね」

「爆発ってなんじゃい!」


 あはは、と周防すおうが笑う。

 日に日に急成長する胸を、中学時代のりりさのクラスメイトはどんな思いで見ていたのか。

 また、そうした視線を受けるりりさが、どれだけ大変だったか。察するに余りある。


「まあ、とはいえ、悩み相談できる相手がいたのは、正直救われたよ」

「私もー。イケメンのつぐるくんがさ、本当は結構ポンコツだって知れたから、割と仲良くなれた気がする」

「ポンコツじゃない!」


 互いに好き勝手言っているが──。

 りりさと話しているときの周防すおうは、イケメン王子様ではない、素のままで話せているような気がした。

 お互いにがたい友達なのだろう。

 俺はおさなじみでボディガードであるが、それでも再会したのはつい最近。

 りりさが胸が大きくなりつつあるまさにその時に、そばにいて相談しあっていたのは、周防すおうつぐるのほうだった。

 それはりりさにとっても周防すおうにとっても、いことなのだろう。


(俺も──再会したのが高校でよかった……)


 俺が中学のとき、りりさから胸が大きくなっていたことを直接相談されても、できることは少なかっただろう。

 一歩間違えば、おさなじみという関係性も崩れていたかもしれない。

 そう思えば、りりさが大変な時にそばにいた周防すおうに、俺も感謝しなくてはいけないのかもな。


「ただ」


 周防すおうはきっ、と表情をイケメンに戻す。


「ボクは諦めなかった。ちやほやされて、また元通りのモテモテハーレム生活に戻りたかったんだ!」

「…………」


 周防すおうに感謝の念を抱いた瞬間、コイツの承認欲求の強さにあきてた。

 そういうとこだぞ──と言いたいのをぐっとこらえる。

 りりさも、ため息をつきながら首を振っている。


「だって、ボクは顔がいからね。くやればモテるはずなんだ」

「はいはい。んで?」

「中学で胸が大きいのは、もうバレてしまったからね。高校に入ったところで、サラシを巻いてカッコイイボクであることをアピールしたかったんだよ。中学では結局、りりさに頼りきりだったし、あえて別の高校に行って、生まれ変わってみせようと思ったんだけど……」


 なんとなく、話のオチが読めた。


「結局、バレたんだな」

「そうなんだよぉ! ボクは一人じゃサラシが巻けないからぁ! 今日みたいにサラシがちぎれてしまって、巨乳がバレたんだぁ! うわあああんっ!」

「──それで中学と同じことが起こったわけか」


 かける言葉も見当たらなかった。

 王子様扱いをしてくれた女子たちに手のひらを返されるのを、何度も味わったのだろう。

 俺だったら女性不信になりそうだが、それでも周防すおうはめげずに、まだまだチヤホヤされたいなどと言い出すのだ。


「それで……その、居づらくなって……結局、りりさのいる高校に、転校を……」


 えへへ、と気まずそうに笑う周防すおう

 そんな理由で転校するやつなんか聞いたことねえよ。


「あー……まあ、よくわかったよ。りりさにこだわる理由も、胸をつぶす理由も」


 理由がわかっただけで、納得したわけではないが。


「とにかくお願いだよぉ! ボクにはりりさがいないとダメなんだ! ボディガードならボクでもこなせるはずだし、代わってくれよぉ!」


 とうとう周防すおうが頭を下げた。


「ここまで話を聞いて、任せられると思ってんのか?」

「ボクはちゃんと胸をつぶせば男にしか見えないし、イケメンと一緒にいるのもそれなりに威圧になるだろう? 実際、中学時代は何度もりりさの外出に同行したぞ!」

「だからってなぁ」


 はい、そうですかとは任せられない。コイツのポンコツぶりを聞いてしまった以上は。


「まあ、まあ、いいじゃんトウジ。事情は全部わかったでしょ」


 すると、助け舟を出したのはりりさだった。


「私が面倒見てあげないと、つぐるくん、すぐボロが出そうだし。また転校しちゃうのも可哀かわいそうだと思うの」

「りりさぁ! ありがとう!」


 また半泣きで抱きつく周防すおうだった。コイツは……。


「それに、胸で悩む気持ちはよくわかるしね。つぐるくんの力になってあげたいの。だからさ、お願いトウジ」

「う」


 そう言われてしまうと、俺にも返す言葉がない。

 りりさもまた、胸がデッッッッかくなりすぎたという、自分ではどうしようもない理由で俺にボディガードを頼んできたわけだし。

 この二人、境遇は似ているのかもしれないが──。


「とはいってもな、不安だぞ……」

「もー、トウジも頑固なんだから。それじゃあ、提案」


 りりさが人差し指を立てた。


「とりあえず半月くらい、ボディガード交代してみない? とりあえずお試し期間ってことで」

「お試し……ねえ」

「トウジの休暇にもなるでしょ」


 俺のことを気遣ったうえでの提案なのはわかるので、強く抗議できない。


「半月で、なにも問題なければ、今後はつぐるくんにもボディガードをやってもらう。なにかあったらトウジのまま……で、いいでしょ?」

「──わかったよ」


 一番の当事者であるりりさがそう言うなら、仕方がない。

 だが、周防すおうのほうがりりさに面倒を見てもらうのは、やはり釈然としない。


「ふふっ、ボクに任せたまえ! 完璧にボディガードをこなしてみせるからね! 存分に頼ってくれていいんだよ、りりさ」

「うーん、またドジしそうだけど……がんばって、つぐるくん♪」

「りりさ!? ボクの味方なんだよね!? りりさ!?」


 りりさの手前、承諾はしたものの。

 やっぱり不安がぬぐえない。デッッッッかくなりすぎたおさなじみと、ポンコツ王子様の組み合わせ、本当に大丈夫だろうか。

 鼻息を荒くして胸を張る周防すおうを、俺はあきれた目で見つめるしかできないのだった。

刊行シリーズ

俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた3の書影
俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた2の書影
俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎたの書影