俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた3

1-2.告白と女子会と遠い約束


「ただいま」


 家に帰り、リビングに顔を見せる。

 ソファに座っていた母親が、驚いたようにこちらを見た。


「ありゃ、トウジ。どうしたの、いつもより早いんじゃない? りりさちゃん送ってこなかったの?」

「ああ、なんか──女子同士で話すんだって」

「へー、交ざりゃよかったのに」

「交ざれるか!」


 本当に適当というか、大雑把な母親である。


「つーか、なんか読んでるなんて珍しいな母さん。なにそれ」

「ん〜? アンタたちが子どもの頃のアルバム……片付けしてたら出てきたのよ」

「げっ」


 よくよく見れば、色が落ち始めた古いアルバムだった。

 俺が赤ん坊のころからの成長過程が、写真となって収まっている。


「ほらこれ見てトウジ! アンタとりりさちゃん、カブトムシ捕まえたーって、見せてきたのよ」

「あったな、そんなことも」


 俺はソファに近づいて、母の見ているアルバムをのぞきこむ。

 いつかの夏休みだろうか。虫かごを持って、麦わら帽子をかぶったりりさが、満面の笑みで、捕まえたカブトムシを見せつけている。

 申し訳ないが、このころのりりさは、ほぼ男児にしか見えない。


「まーまー、りりさちゃんったら真っ黒に日焼けして。お母さんがウチに相談してきてたよ、りりさがヤンチャで困るって」

「そうだったのか──なんて答えたんだ」

「病弱よりいでしょって言ったねえ確か」

「それフォローになってんのか……?」


 料理講師の俺の母親は、たまにテレビにも出る。頼れる主婦の味方。

 ──のはずなのだが、アドバイスがいまいちアバウトというか、繊細さに欠けている。

 我が母ながら、という思いも、我が母だから、という思いもある。


「こっちはスイミングスクールの帰りねえ。ん? 学校のプールに行ったときだっけ? どっちだったかしら?」

「わからん。夏は特に、毎日のように泳いでたからな」


 俺とりりさは、同じスイミングスクールで知り合った。

 最初に知り合ったのは、小学校にあがる前。4歳とか5歳とかか?

 小学校は違ったものの、あっという間に仲良くなった俺たちは、すぐに互いの家を行き来する関係になった。

 母が料理講師なのもあって、付き合いが母同士、家族ぐるみに変わるのもすぐだった。


「ホントになつかしいな。この頃のトウジ、りりさちゃんの話ばっかりだったのよ」

「やめろよ……」


 親からそういうことを言われるのは気恥ずかしい。

 母はしみじみと思い出に浸りながら、アルバムのページをめくっていった。

 というか──。


(……昔のアルバム、りりさのほうが写ってないか?)


 まるで、りりさが主役である。

 どこでも真っ黒に日焼けし、満面の笑みを浮かべる女児がそこにはいた。

 俺はこの頃は、まだりりさより体も小さく、りりさの陰で気弱そうな笑みを浮かべているだけである。俺ってこんなだったか?


(はー……当たり前だけど、変わるもんだな)


 この写真と、今のりりさ、並べても同じ人物とは思えない。

 胸が成長したから──ということではなく、今のりりさを感じさせる要素はほとんどなかった。目元が全然変わらない、くらいか。

 それはもちろん、俺もである。

 りりさより低かった身長は、いつの間にか追い越した。

 体つきも全然違う。

 十年以上の月日と、成長期には、そのくらいのパワーがあるのだろう。


「あら……りりさちゃんの写真、なくなっちゃった。もっと見たかったのに」

「主旨変わってるぞ」


 ページをめくる母が、残念そうに告げる。りりさの写真目当てになってないか。


「この頃から、りりさちゃんとは会わなくなったのね」

「そりゃ、まあな。小学校も違うし」

「でも、小学校入っても、しばらくは一緒だったじゃない。どうして会わなくなったのよ」

「…………」


 会わなくなった理由──。

 今の今まで、意識もしなかった記憶なのに、母の言葉をきっかけに次々と思い起こされる。


「さあな。もう忘れたよ」

「まー、薄情なヤツ。私の息子とは思えないわね」

「うるせ」


 母の適当な言葉を聞き流し、俺は自分の部屋へと向かう。

 薄情なヤツ、か。

 りりさも俺のこと、そう思っているのだろうか。

 自分の部屋で、俺はため息をついた。

 子どものころの嫌な記憶が、アルバムのせいで、まるで映画のように鮮明に思い出されてしまった。


(会わなくなった理由──か)


 どうして会わなくなったのか。

 なんとなく、疎遠になった──くらいに思っていたが。


(そうだ。俺のせい、だったんだっけ)


 小学校低学年。

 あの頃は、毎日のようにプールバッグを持って、りりさと泳いでいた。

 毎日、公園で決まった時間に待ち合わせをしてから、学校のプールや市営プールに向かう。

 あの頃は、りりさと泳ぐのが楽しくて仕方がなかった。しかし。

 水着で泳ぐりりさとか、俺の目の前で無遠慮に着替えだすりりさに、少しずつ性別の差を感じ始めていた気がする。

 おさなじみだからりりさは気にしなかったのかもしれないが。

 俺はやはり、徐々に男女の差というものを意識していたはずだ。

 だから、会う回数が、だんだんと減っていった。

 俺のほうから、避けるようになっていたのだ。

 そして──。


(最後に会わなくなったのは、たしか……)


 ある日、教室で、同じクラスの男子に言われたのだ。


『お前、女と遊んでんのかよー』


 どうやらりりさと遊んでいたところを、クラスメイトに見られてしまったらしい。

 今にして思えば、実にくだらない、ガキらしいからかいである。

 しかし小学生の自分は、それを過度に気にしてしまった。

 女子と遊んでいる自分が、急に恥ずかしく思えてきてしまったのだ。

 結局、それで──。


(公園、行かなかったんだよな)


 いつの日か、りりさが待っていたであろう公園。

 また、同級生にからかわれるのがイヤで、行くのをやめてしまった。

 小学校が違ったし、子どもだから連絡手段も限られる。

 たったそれだけのことで、家族ぐるみの付き合いは、あっさり終わりになってしまった。

 約束を破ったのが後ろめたくて、そこからもう、りりさに会う気がなくなっていた。

 もしかすると、親同士は連絡をとっていたのかもしれないが、俺とりりさは結局、高校生になるまで再会しなかったのだ。


(そうか──)


 全部、俺のせいだったのだ。


(あの時のこと──りりさ、覚えてんのか?)


 待ち合わせに来なかったことを、怒っているだろうか。

 それとも、もう昔のことだからと、流してくれるだろうか。


(まあ、思い出しちまった以上は、謝るか……)


 正直、気が進まない。

 なんとなく、今の俺とりりさの間では、毎日水泳に行っていた『あの頃』は楽しかったものとして共有されていた。

 できれば、イヤな記憶を掘り起こすようなことはしたくないのだが──それはそれとして、けじめはつけなければ。

 謝るべきことをしたのなら、それ相応の態度がある。

 どうだろう──許してもらえるだろうか。

 りりさなら、いつもの笑顔で笑って済ませるはずだ──と思うのに。

 あまりに昔の出来事のせいか。

 自分の後ろめたさのせいか。


(りりさは──どう思うかな)


 か、りりさにあっさり許してもらうが、想像できない俺なのだった。

 子どものころに破ってしまった約束。

 そのせいで、りりさとは疎遠になってしまったこと。

 次の日、俺はしっかり、りりさに謝ろうと思ったのだが──。


「…………むー」

「────」


 なんか、今日はりりさの機嫌がずっと悪い。

 いつも明るく笑顔満点なりりさが、ずっと半眼でくうにらんでいる。


「り、りりさ、なんかあったのか?」


 いつものように昼飯を食べながら、俺はおそるおそる聞いてみる。


「んん〜、ちょっとね」

「ちょっと、って……」

「別になんでもないから。ホント。トウジが悪いとかじゃないから」


 その割には、徹夜でもしたかのように、目つきが悪い。

 朝からずっとこんな調子である。

 しかも──。


「なんか……ちょっと近くないか?」

「そ? いつもこんなもんじゃない? フツーフツー」


 てっきり俺のせいで不機嫌だとばかり思っていたのだが。

 その割には、りりさがやたらと近い。肩が触れるか触れないかの位置で食事してる。

 逆に食べづらくないか。


(つーか、こんだけ近いと当たるだろ!)


 肩が触れそうな距離ということは、りりさのデカすぎる胸も相当近い位置にある。

 りりさのSカップは前だけでなく、横にも大きく張り出しているのだ。その胸に当たらないよう、食事をとるのは、独特のスキルが要求される。

 りりさは、相変わらず半眼で、くうを見つめている。

 ぼうっとしているわけではないようだが──。


(一体なんなんだ……)


 原因にまったく心当たりがない。

 過去のことを謝ろうと思ったのに、そんな雰囲気ではない。

 もしかして、りりさも過去の約束を思い出したせいで、機嫌が悪いのだろうか?


(──いやいや、二人同時に思い出すって、どんな偶然だよ!)


 しかも、それで勝手に不機嫌になられても、こちらは困惑するばかりだ。

 りりさは、そんな理不尽を押しつけてくる人間ではない。言いたいことがあったらまず言う、そんなタイプだろう。

 つまるところ、俺が悪くないというりりさの言葉を信じるしかないのだが。


(昨日、なんかあったのか……?)


 昨日は女子会だったはずだ。

 クラスでは、かさ周防すおうも普通の様子だった。もし、りりさに異変があれば、二人がボディガードの俺に共有してくれるだろう。


「……じょ、女子会はどうだった?」


 とりあえずつついてみることにする俺。


「ん〜……まあ、フツー? いつも通り? 楽しかったよ」

「そ、そうか」


 女子会が原因という推測は、外れだったのだろうか。


「ってかさ、トウジに聞きたいんだけど」


 りりさがこちらを向いた。

 同時に、デカい胸もたゆんとその向きを変える。

 しまった、前方もSカップで遮断されてしまった。りりさが動かない限り、俺は立ち上がることすらできない。


「な、なんだよ」


 胸が当たらないように背を反らしつつ、俺は受け答えする。


「昨日、告白されたじゃん? トウジ、文化祭から何回告白されたの?」

「はあ?」


 なんでそんな話になるんだ。


「正直に話してよ〜? うそついたってわかるんだからね!」

「なんでそんなこと聞くんだよ」

「いいから! 気になるの! おさなじみとして!」


 りりさが拳を握って、力説した。

 そんな何気ない仕草でも、ぽよんと胸が弾むことを、きっとりりさは気づいていない。


「はあ。昨日が初めてだよ。一回きり」

「ホント〜?」

「本当だよ。ってか、文化祭からそんなに日にちもってないし、何度も告白されるわけないだろう?」

「ふうん。うそはついていないみたいね。いいでしょう」


 いつの間にか尋問が始まっているのか?

 りりさが満足し、前を向いたことで、俺もおっぱい遮断機から解放された。

 りりさの尋問は心臓に悪い。彼女の胸の圧によって、いやおうでも答えざるを得ない状況にされてしまう。きようだろそのやり方。

 ってか、やっぱり俺のなにかが不満なのか?


「昨日の子──はしやまさんはどうだったの?」

「ど、どうって?」

「かわいいと思った? 彼女にしたい?」

「?????」


 誰か助けてくれ!

 りりさの真意がわからん! 結局なにを聞きたいんだ!?


「かわいい……っていうか、そもそも名前すら知らなかったんだぞ? 当然、性格もだし……彼女にしたいもなにもねえよ」

「ふ〜ん? じゃあさ、どういう子がタイプなの?」

「さっきからどうしたんだよ!?」

「はいダメ〜! 今は私が質問するターンですぅ〜!」


 コイツ……小学生みたいな返ししやがって……!


「もー、仕方ないから質問の仕方を変えるね。ミスコンさ、いっぱいかわいい子が出てたじゃん? どの子がタイプだった!?」

「だから、タイプとか考えたことねえよ!」

「注目の女子とかいた!?」

(……お前だ!)


 心の中では即答できたが、それを言葉にするとニュアンスが変わってしまうので、ぐっとこらえるしかなかった。

 そもそもミスコンの時は、りりさが自分らしく文化祭を楽しめるかどうか、それしか俺の頭にはなかったのだ。

 他の参加者なんて見る暇もなく、りりさにばかりフォーカスしていた。

 うっすら顔と名前を覚えてるくらいで、とても注目などと呼べまい。


「ミスターコンと、オムライス作りで忙しかったからな。全然覚えてない」


 ギリッギリ、うそにならなそうな範囲で答える。


「ふーん……?」


 りりさが意味深な視線を向けてくる。

 さっきからなんなんだ、この質問の嵐はよ。


「なあ、なんで俺、責められてるんだ……?」

「べ、別に責めてないし! ってか、ちょっと気になっただけっていうか」

「なにが?」

「トウジの恋愛事情的な?」

「???」


 昨日、告白されたからなのか?

 だがしかし、ボディガードで手一杯の俺には、恋愛をする暇もない。

 恋愛事情など無いに等しいのだ。


「と、とと、とにかくさ! もしトウジが告白されたら、私に報告すること!」

「なんで」

「一応、私のボディガードだから! ボディガードの状況を把握する義務があるでしょ!」


 りりさがんべ、と舌を出す。

 やっぱり機嫌が悪いのか? 俺がなにかしたのだろうか。


「そんな心配しなくても、もう告白なんてされねえよ」


 あんなイベント、そうそう起こってたまるか、という話。

 加えて言うなら、勝手に巨乳好きだと思われてフラれてしまうのも、できれば避けたい。


「そんなのわかんないでしょー!? トウジってば意外と──」


 りりさがなにか言いかけて、自分で自分の口を押えた。


「意外と、なんだよ」

「なんでもない! なんでもないから!」


 りりさは慌てて、購買のパンをもぐもぐと食べ始めた。

 そんないきなり食べたら、喉に詰まらせるぞ。


(はあ、まったく、なんなんだ……)


 俺は頭を抱えるしかない。

 とても子どものころ破った約束を謝る──なんて空気ではない。

 結局、その後も、りりさの機嫌が直ることはなかった。

 やたらと距離が近かったり、かと思えばすれ違う生徒たちに鋭い視線を向けたり。なにがしたいのか。


(仕方ない、あんまり頼りたくないが……)


 りりさがいきなり変になった原因は、きっと昨日の女子会だろう。

 となれば、話を聞くべき相手は一人に決まっていた。


「──りりさが変?」


 放課後。

 りりさがかさたちと話している隙に、俺は周防すおうに接触した。

 部活があるから手短にしてほしい、と言われたので、俺は率直に本題を切り出す。

 りりさがおかしいといえば、周防すおうだって話を聞くはずだと判断した。


「ああ、心当たりはないか? たとえば……昨日の女子会でなにかあったとか」

「さて。乙女の秘密を聞き出そうというのは感心しないな、しろくん」

「別に洗いざらい話せって言ってんじゃないんだよ。りりさがおかしくなった理由が知りたいだけだ」

「ふーむ……」


 手を口元に置いて、流し目でこちらを見る周防すおう

 相変わらず、仕草がいちいちキザだった。


「りりさが変って、具体的にどんな感じなんだい?」

「なんというか……俺のことアレコレ聞いてきたり、くっついて離れなかったり……」

「キミたちいつも一緒にいるんだし、普通じゃないのかい」

「距離感がおかしいんだよ! いつもよりも近いっていうか……!」

「あれ? これボク、惚気のろけられてるのかな」


 周防すおうがショックを受けた顔をする。


「とにかく様子がおかしいんだって。昨日の女子会くらいしか、思い当たることねえんだわ」

「……まあねえ。昨日の話題から、りりさはそうなっちゃったかー」

「なにを話した?」


 周防すおうつぐるは押しに弱いことはわかっている。

 わざとすごんで顔を近づけてみるが、周防すおうは涼しい顔だった。


「ナイショ♪」

「……なんでだよ。ボディガードとして知っておきたいんだが」

「キミも大概、独占欲が強いねえ」


 周防すおうがケラケラ笑った。

 割とメンタルがぜいじやくだったはずだが、文化祭が終わって演劇部に入ってから、コイツのかぶる王子様の仮面は強固になってきた気がする。

 話を聞きだすには一番い相手だと思ったが、もしかして人選ミスったか?


「心配しなくても、りりさの安全に関わるようなことじゃないのは保証するよ。いくらボディガードだからって、乙女のプライベートに踏み込むのは野暮だろう?」

「そうは言っても、あんな風に、いきなり態度がおかしくなったら、心配になるだろ」

「それこそ、乙女心と秋の空、というヤツさ。女の子の気持ちは変わりやすいんだよ」

「…………」


 とても困る。

 乙女心なんて、繊細で気まぐれそうなものを、どう読み取って、どう扱えばいいってんだ。


「あはは、しろくん、イヤそうなのが顔に出てるよ」

「うるせえ」


 周防すおうは乙女心を扱うのに慣れていそうで、それもまた腹立たしかった。


「ま、そんなに気にすることもないんじゃないかな。時間が解決すると思うけれど」

「……本当かよ」


 昔のことを謝りたいのに。

 りりさがあんな調子じゃ、全然タイミングもつかめない。


「まったく──最近のりりさ、なに考えてんだかほんとわからん」


 俺が頭をかくと、周防すおうは一瞬、驚いたように目を見開いた。


「ふふっ」

「? なんだよ」

「いや、なんでも──もしかしたら色々と、お互い様なのかなと思ってね」

「なんの話だよ」

「だからなんでもないってば」


 あからさまに含みがある物言い。

 問い詰めようかと思ったが、周防すおうはこれ以上話すことはないとばかりに肩をすくめた。

 だから仕草がいちいちかんさわるんだよ。


「トウジーっ! そろそろかえ……つぐるくん?」


 りりさが声をかけてきた。

 しまった、早々に話を終わらせるつもりだったのに。周防すおうが全然口を割らないから──。


「トウジ、つぐるくんとなに話してたのー?」

「いや、別に……」


 昨日の女子会のことを聞きたかった──などと。

 正直に言えば、りりさを不審がらせることは明白だった。適当にごまかす。


「──トウジ」

「な、なんだよ」


 ごまかすにしてもヘタ過ぎたか。

 だが、りりさにうそは通じないので、曖昧な言い方にするしかない。


「……もしかして、つぐるくんみたいな子が、タイプなの?」

「ぶっ!?」

「はははははっ!」


 いきなり意味わからん言いがかりをつけられて、俺はめんらう。

 周防すおうに至っては腹を抱えて笑い始めた。


「ばっ……なっ……なんでそうなるんだ!? 誰がこんなヤツと!」

「だって秘密の話してたし!」

「ちょっと聞きたいことがあっただけだ!」


 とんでもねえこと言いやがる。

 周防すおうもまた、絶対ありえないことがわかりきっているので、いつまでも爆笑していた。


「あはははっ……あー、面白い……っ! りりさ、ボクとしろくんは百パーセントありえないから、そんなこと考えなくてもいいよ」

「……本当?」

「もちろんさ──あ、ボク、そろそろ部活の時間だから、じゃあね」


 周防すおうは笑うだけ笑ってから、逃げるように去っていく。

 ちくしょう。

 結局、肝心のことはなにも聞けず、周防すおうに笑われただけじゃねえか。


「トウジ、ちょっと、つぐるくんのどこがいのか、ちゃーんと聞かせてもらうから」

「だから、そういうんじゃねえって!」


 そして、りりさの様子もおかしいまま。

 あーもう! なにがどうなってんだよ!

 それから、しばらく時間が過ぎた。

 周防すおうのほかにも、かさざきいわといった、りりさと仲のい女子にも探りをいれてみたのだが──そろいもそろって回答は同じ。


「ノーコメント」


 であった。

 訳が分からないまま、時間だけが過ぎていき、気づけば一カ月以上──あっという間に冬休みになってしまった。

 まあ、ぶっちゃけ冬休みに入っても、りりさとはボディガードとして毎日会う。

 撮影、買い物、そのほか遊びにいくとか。

 クリスマスには、りりさが俺の家で、母親の作るクリスマス料理を食べることになっていた。そういう意味では、昔のことを謝る機会はいくらでもあるのだが。

 問題はりりさである。

 何を考えているのかわからないのが、まあまあ悩みのタネだった。


(はー、なんなんだ、アイツは)


 今まではおさなじみという立場で、それなりに以心伝心だった。

 りりさの悩みが、言葉にせずとも察せられることも多かったのだが──今回ばかりは、りりさの考えてることが全然つかめない。


「現実逃避したい……」


 ぼそっとつぶやいたのは俺ではなかった。

 隣に立つメガネの女性──アリカさんである。


「……さん、大丈夫ですか」


 今日は冬休み初日。

 りりさは早速、雑誌の撮影が入っていた。

 胸が小さく見える服の広告塔として、りりさは知り合いのさんが編集する雑誌のモデルをやっているのだ。

 敏腕キャリアウーマンというイメージのさんだが、今はちょっとしようすい気味のようだ。


「お疲れっすね、さん……」

「あ、ああ、すみませんしろさん──やっぱりわかってしまいますか?」

「いや、今、現実逃避って……」


 もしや自覚がなかったのか。

 声をかけると、ぴしっとした態度に戻るさんだが、いつもの大人の雰囲気はやや薄れている気がする。

 俺が指摘しても、さんは眉根を寄せて深いため息をつくばかり。


しろさん。業界には、年末進行という恐ろしい概念がありまして──」

「はあ」

「年末年始は印刷所も流通も書店も──もちろんモデルさんも、ライターさんも、そして私も、全てが休みになってしまうため、十二月は全てのスケジュールが前倒しになるのです。はあ、休みたい……」

「お、お疲れ様です」


 敏腕編集にそこまで言わせるとなれば、よほどのことなのだろう。

 それでも、ちゃんとりりさの撮影に立ち会ってくれるのだから、感謝するしかない。


(アイツは──)


 最近、どこか様子がおかしいりりさではあるが。

 撮影となれば、いつも通り、屈託のない様子で写真に撮られていた。

 着ているのは暖色ニットのタートルネック。

 普段のりりさなら、胸が強調されるから絶対に着ない服だが、胸を小さくみせる技術が使われているのか、シルエットもかなりスマートになっている。

 そりゃ、胸の心配が減った服を着るのは、楽しいよな。


「温泉旅行に行きたい」


 また、さんがぽつりとつぶやいた。


「──行く時間、ないんですか?」

「いえ、クリスマスまでに全ての仕事を終わらせれば、おお晦日みそか直前にはおそらく行けます。取引先から旅館の招待券もいただいたので、今年中であればチャンスはあります」

「だったら行けばいいんじゃ……」

「さすがに女一人の年末旅行は……ちょっと、寂しいといいますか、むなしいといいますか……」

「そ、そういうもんすか」


 普段、スマートなさんから発せられる謎のオーラに、俺もすっかりされていた。


「ああ、すみません!? 花の男子高校生にこんな話を!」

「いえ、別に──」

「ともあれ、リフレッシュは必要ですからね。もう一人でも行ってこようかな……」


 彼氏とかいないんですか──と。

 そんな疑問が頭をよぎったが、さすがに黙っておいた。それくらいのデリカシーはある。


「なになに、なんの話〜!?」


 そこへ、撮影を終えたりりさがやってきた。

 先日までの不機嫌はどこへやら、撮影モードですっかり笑顔である。


「ああ、いえ、実は年末、温泉へ行こうかと」

「えっ!? 温泉!? さんいいなぁ〜!」


 りりさは目を輝かせた。


「温泉くらい、いつでも行けるだろ」

「トウジってばわかってない! 私、大浴場とか苦手だもん。どうしても目立っちゃうから」

「あー、そうか」


 自分の想像力不足を恥じる。

 人目を気にして、プールに行くことも避けていたりりさだ。

 同性しかいない浴場とはいえ、同じように注目されてしまうのは当然のことか。


「……!」


 するとさんが、名案が浮かんだとばかりに目を輝かせた。


「ではりりささん、一緒に行きませんか? いただいた招待券は、箱根の高級旅館で、てん付きの特別室です。周りを気にせず、ゆっくり入れますよ」

「えっ!? そんな──いいの?」

「もちろんです。招待券はありますが、一人で行くにはあまりに広いお部屋ですし、お友達がいたほうが楽しいです」

「わぁい! やったあぁ〜っ! 温泉温泉〜〜っ!」


 りりさが飛び上がって喜ぶ。


「ただ、日程はズラせず、出発は数日後になってしまうのですが──」

「全然平気です! 年末は特に何もする予定なかったし!」

「そうですか。でしたら、安心ですね」


 さんがうなずいた。


「やったぁ、温泉なんていつぶりだろ! 箱根なんてしばらく行ってないから、すっごく楽しみ〜っ!」

「私もぜん、モチベがあがってきました。なんとしても仕事を終わらせて、年末の温泉旅行に向かいます!」


 二人で熱く手を取り合っている。

 さんの目が死んでいてどうしたものかと思ったが、なんとか温泉旅行で解決をみたようだ。

 りりさの年末の予定も埋まったし、これで少しはりりさの機嫌も直るかも──。


「トウジも行くよねっ!?」

「は──?」


 などとごとに感じていたら、なんと俺にも話が飛んできた。


「いや、なんでだよ……二人で行くんだろ」

「だって、箱根に行くなら観光もマストでしょ。色々出歩くわけだし、荷物持ち兼ボディガードは必須でしょ」

「そんな……いきなり二人も増えて大丈夫なのかよ」


 さんに視線を向けると。


「招待券は最大で四名までですので、なんでしたらもっと増えても構いませんよ」

「マジすか──」


 ちょっと心が動いたが、さすがに、と思い直す。


「いやいや待て待て! 温泉旅行って泊まりだろ! 女性ばっかのところで一緒に泊まれないだろ!」

「小さいころはウチによく泊まってたじゃ〜ん」

「5歳とかの話だろうが……」


 コイツは隣で俺が寝てても平気なのか?


「ふふっ、しろさん。泊まる予定の特別室には、離れの個室がありますので、一緒に来ていただいても問題ありませんよ」

「離れ……っすか。い、いやでも」

「はい。私としても、男性がいたほうがなにかと助かりますし」


 そうまで言われては、断る理由がない。

 それに、箱根の高級旅館という響きは、誰にとっても魅力的だろう。


「あー……じゃあ、まあ、一緒に行くかぁ?」

「わ〜いやったぁ〜! 温泉旅行だぁ〜〜〜っ!」


 りりさは飛び上がって喜ぶ。

 そのたびに、デカい胸もばるんばるんと弾む。


(……ま、いいか)


 正直、女性たちの旅行に男が交ざるのも気が引けるが。

 りりさから目を離すのはもっと不安だ。結局は同行するのが都合がいい。

 さんは立派な大人だし、4月からボディガードをがんばってきたごほうだと思って、温泉をたんのうしてもいいかもしれないな。


(──それに、昔のことを話す機会もあるかもしれないしな)


 旅行中、どこかでりりさとゆっくり話せれば、それもいい。

 俺はちらりとりりさを見た。

 りりさはきゆうきよ決まった温泉のことで頭がいっぱいのようだ。さんと早速、具体的な話を詰め始めている。


(……まあ、うれしそうなのはいが)


 結局、りりさの謎の不機嫌の理由は、わからないままなのだった。

刊行シリーズ

俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた3の書影
俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎた2の書影
俺の幼馴染がデッッッッかくなりすぎたの書影