エルフの渡辺
第一章 渡辺風花は園芸部の部長である ③
だが、目の前の
前髪に隠れそうな大きな瞳がこちらを見上げ、その瞳の色を見て、また
「あの……っと……」
「うん。何?」
「あ、っ…………アツモノキリバナって、何?」
その疑問は、衝動的にかけた祝福の呼びかけとは違い、意識して絞り出したものだった。
「あ、あのね! 薄い厚いの厚い物って書いて
そしてまだ朝礼が終わっていないのに、しっかり
「え、あ、ええと」
絞り出したあやふやな問いに思わぬ熱量で打ち返されて
「おーい
周囲にもその早口は聞こえていて、近場に立っていた担任教諭から渋い声で注意が飛ぶ。
「あ、ご、ごめんなさいっ」
だが少しして、わずかに振り向きながら、少しもじもじして、言うのだった。
「後で少し時間もらえますか? そうしたらもっときちんとお話しできるから」
「う、うん!」
この返事は、声こそ小さな子どものようだったが、明確に意思を持ったものだった。
この後、
それがたとえようのないほど魅力的な提案に思えたからだった。
「ふふ、よかった。ありがとう、
今度ははにかむ微笑ではなく、はっきりと笑顔だった。
朝礼が終わってから一時間目が始まるまでのわずかな時間。
何となく
そして
「どうぞ。座ってください」
誰かの席で話し込む場合、席の主が自分の椅子に座り、他のメンバーは前や横の席を借りるか立ったまま話すものだと思うのだが、
「まずこれが、今回の菊祭りの出品者向けの応募概要です」
そう言って彼女が取り出したのは本人の言う通り菊祭りの出展者に向けたパンフレット。
ちなみに、出品者向けの解説と概要しか書いていないため写真はなく、細かい字だけ。
「板橋区菊祭りは今年で六十年目を迎え、毎年区外からも沢山の応募がある歴史あるお祭りです。出品できる花のカテゴリーはいくつかあって、切り花、
応募の締め切り日や主催者や事務局の問い合わせ先、そして出展するカテゴリーとレギュレーションの説明だった。
「は、はあ……」
高校に入って以来最も女子と接近しているシチュエーションなのだが、この立ち位置と書類は完全に応募者と案内の係員であり、このままでは
「ここまでで何か質問はありますか?」
「その、
「え? あっ!」
「え?」
「そ、そうだよね! そういう話だったよね! ごめんなさい、
アツモノという聞き慣れない単語の詳細を尋ねただけで、まさか祭りの概要と出品手続きの解説から始まるとは思わなかった。
「えっと、えっとね、私が出品した切り花はこういう
そう言って
「右の丸いのが
「そうだったんだ」
菊祭りのときには、分厚い花びらと細い花びらは同じ花なのだろうかと疑問に思ったものだが、なるほどこうして解説されると菊には
「何かあれだね、全然違うかもしれないけど、花火みたいだ」
「っ! そ、そうなの!」
間違いなく人生で最も女子と顔が近づいた瞬間で、
「私も初めて見たとき、花火みたいって思ったの! 実際に花火には『菊』とか『
そこで
「どうしたの?」
「わ、私の出品した菊の写真を見てもらおうと思ったのに、充電できてなかったみたいで」
淡い緑色のカバーがかかったスマートフォンをこちらに向けると、そこには真っ暗な画面に無情に表示される電池切れのマーク。
それが充電を一度忘れたくらいでこんな朝早くに電池切れを起こすとは、意外にもスマホのヘビーユーザーだったりするのだろうか。
「これで二日連続なの……充電忘れたの」
するとそんな
「そ、それはなかなかのうっかりだね」
一日充電を忘れたら、翌日はバッテリー残量にヒリついた一日の末に一も二もなく充電をすると思うのだが、こうなると逆に今時の女子高生らしくなく普通よりもずっとスマホを使わない人なのかもしれない。
「あ、でもこんなときのために予備バッテリーを持たされててね……!」
ここで今時の高校生らしくきちんとセーフガードを用意していた。
だが
二日連続でスマホの充電を忘れる女子高生の予備バッテリーが、果たしてこの非常事態に即応できるほどしっかり充電されているものだろうか。
「あれ? お、おかしいな。充電始まらない」
案の定というか、取り出された予備バッテリーの充電残量はゼロだったようだ。
先ほどまでの誇らしげな様子はどこへやら、意気消沈した
「ごめんなさい。折角興味持ってもらえたのに、菊、見せられなくて……」
消沈のあまりそのまま床を突き破って物理的に沈んでいきそうに見えたので、
「あ、あのさ、実はこれ!」
「これって……あ」
L判の写真を収めるための透明なOPP袋。
その中には菊祭りで撮影した
「私の菊の写真を、どうして
「実は俺、その菊祭りに行ったんだ。そこで