エルフの渡辺

第一章 渡辺風花は園芸部の部長である ④

 そこまで言ってからゆくは、目を丸くしているわたなべふうの顔を見て、突然自分がとんでもなくキモい行動に及んだのではないかという考えに至った。

 これまで特に交流が無かったのに急に声をかけ、本人が出そうとした写真をあらかじめ持っていて、分かっていたように差し出したのだ。

 ことによれば、ゆくわたなべふうに何らかの下心を持って接触したように見えなくもない気がして、ゆくはつい言い訳がましく言葉を続ける。


「俺の家、かわじんじやから近くで、この日はたまたま近くを通って、本当、偶然にこの菊を見つけて、ほ、他にも色々撮ったんだけど、もしかしてって思っただけで……!」


 それこそはたに見ればつたない言い訳を重ねれば重ねるほど怪しくなるのが自分でも分かるが、吐いた言葉は取り消せない。

 そしてそれに対するわたなべふうの反応は、ある意味でゆくの想像を更に超えたものだった。


「そっか! おお君って写真部だったよね。もしかして撮影の練習しに行ってたの?」

「知ってたの!? 俺が写真部だって」


 何度も言うが、自分とわたなべふうの間には今日このときまでほとんど交流がなかった。

 それなのに彼女が自分の所属する部活を知っていることに、ゆくは強い衝撃を受けた。


「先月の文化祭で写真部の展示の前を通ったとき、おお君の写真をたまたま見たの。夏休み前に学校の東門の花壇に咲いてたアジサイと、赤と白のニチニチソウ!」

「そこまで覚えててくれたの?」

「花がとてもれいに写った写真だったから、この人はもしかして花が好きなのかなって思って、それで撮った人の名前を見たら、あ、クラスメイトのおお君のだ、って」


 そう言ってほほむと、わたなべふうはOPP袋に入った写真を両手で顔の前に上げると、まるでそれに口づけするような仕草で上目遣いにゆくを見た。


「この菊の写真、もらっていいの?」

「もっ……もちろんっ!」


 声が上ずった。上ずらざるをえないほどに動揺したのだ。


「やった。やっぱり得意な人がちゃんとしたカメラで撮るとれいに写るんだね。私のスマホの写真、もっとへぼへぼだったから、恥かいちゃうところだった」


 心からうれしそうな笑顔が、自分の撮った写真を大切そうに抱きしめていた。

 撮った写真を褒められたことは何度かあった。

 だが、家族以外の誰かのために写真を撮ったのも、その本人に喜んでもらったのも、ゆくには初めてのことだった。


「ありがとうおお君。写真、大事にするね」

「う……んっ」


 まるでせきでもしたような上ずった返事をゆくは激しく後悔した。

 ならこの瞬間、ゆくはこれまで全く交流の無かったわたなべふうに、恋をしてしまったのだから。



「だから、去年の菊祭りの表彰のときからずっと、わたなべさんのことが好きだなって思いながら学校に来てました」

「あ、あう……そ、そうだったんですか……」


 ゆくわたなべふうも、もはやお互いの顔を見ることができず、ゆだったタコのように顔を真っ赤にして自分の膝だけを見ていた。


「だ、だからね! 魅力がどうとか、写真のモデルになった人にみんなにそんなこと言ってるんじゃないかってさっき言ってたけど、ある意味正しくて、わたなべさんにしか言ってないというか、わたなべさんだから言ってたというか」

「あう、分かったから、その、あんまり恥ずかしいこと言わないでください〜」

「いや、その、俺は聞かれたことを答えてるだけで」

「で、でも今の話のどこで、私のことをす、す、好きになったって……」

「だから言ったじゃないか。表彰されたときと、写真を受け取ってくれたときの笑顔がきっかけだって」

「は、はううう……」


 わたなべふうは強い光に当てられたかのように顔を覆って背けてしまう。


「ただ、もちろんそのときはこんなこ、こ、告白、しようだなんて大それたこと考えてなくて、でも、その後……わたなべさん、園芸同好会を園芸部に昇格させたでしょ。それで何というか、より好きになってしまったというか」

「え? どうして部活が関係あるの?」

「その頃、写真部の三年生が引退して俺一人になったから」


 恥ずかしがっているなりに真剣なゆくの声色に、わたなべふうもはっとなる。


「写真部には俺の一個上の先輩がいなくて、一年生も俺一人だった。写真部は去年の冬には俺一人の部活になってたんだ。でも……」


 園芸同好会は、現役高校生が地域の伝統行事に貢献したという実績でもって園芸部に昇格し、わたなべふうはその部長となったのだ。


「何もできずに流されるまま一人部長になった俺と違って、同好会を実績で部に昇格させて、部長になったわたなべさんは、本当にまぶしくて……本気で尊敬もしてるんだ!」

「わ、分かりました! 分かりましたから! ふー、ふー、ふー……」


 全力疾走した後のように上がった息を整えながら、わたなべふうは上目遣いでゆくを見た。


「そ、それであの……それで終わり……ですか?」

「っ!」


 促されている。間違いなく。

 ゆくはごくりと唾をみ込み、意を決すると制服の膝を握りしめ、緊張で吐き気すら催しながらそれをこらえて全力で言った。


「つっ……つっ……付き合ってほしいって、俺のかかっ、彼女になってもらえませんか!」

「へ、へぁあぁぁ……」


 事ここに至り、わたなべふうは急に足腰から力が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。

 そして、あたふたと周囲を見回し、意味も無く首に掛けたタオルで口の周りを吹いたりしてから、たっぷり何十秒も沈黙した。

 その時間が、ゆくにとっては何十時間にも、ほんの一瞬にも感じる。

 ゆくの本気の覚悟から来た言葉を、ようやく頭の中でしやくできたのだろう。

 わたなべは上目遣いになりながら聴き返した。


「わわわ、私なんて暗くておしゃれじゃないし人見知りで、それに……」

「そ、そういうとこも好きなんだよ!」

「へぁっ!」

「あ、いやその。悪く言うつもりじゃなくて、でもその、こういう言い方は変かもだけど、外見で好きになったわけじゃないんだ! でも好きになると外見含めて全部好きになっちゃったんだから仕方ないんだ!」

「えっと、うう、えっと、その……」


 無様に過ぎる告白だ。だが、それでもうそは一切ない。


「あの、あのね、変な声出してばっかりでごめんね……い、嫌なわけじゃなくて、ただ、ど、どうしたらいいか、何て言っていいか分からなくなっちゃってて……」


 それはそうだろうと思う。

 好意的に接してもらっていたという自負はあるが、それも学校に限った話であり、お互い知ってることが多いとは言えない間柄だ。

 そのことに思い至り、かすかに冷静さと自己けんが湧き上がるが、もはや時は戻せない。

 そしてまたしばらくの沈黙。

 言葉を探している様子が、もしかしたら拒否の言葉を探しているようにも見えたゆくの方が沈黙に耐え切れなくなった。


「グリーンフィンガーズ、って言うんでしょ?」

「えっ?」

「園芸が得意な人の事を英語でも日本語でも『緑の指』って。俺、わたなべさんの力と生き方を尊敬してるんだ。園芸のことを話したりやったりしてるときの笑顔が好きなんだ!」


 口が勢いで動き、何だか血圧が上がって、視界もゆがんできているように思う。

 それでも、今この瞬間告白しきらねば一生後悔するという思いがゆくを動かしていた。


「お、落ち着いて。分かりました。分かりましたから……」

「ご、ごめん……!」


 勢いよく行きすぎて、がっついていると思われてしまっただろうか。引っ込み思案な部分のあるわたなべを、怖がらせてしまっただろうか。

 思わず目を伏せてしまったゆくに、震えるが、それでも明るい声がかかる。


「驚いたけど……うれしいです。おおくんの、気持ち」

「えっ……!」

「でも……私達、まだお互い、知らないことが沢山あると思うんです。だから……」


 でも、BUT、HOWEVER、逆接の接続詞。うつむゆくの心に、暗い影が落ち、ついでに地面に冷や汗が落ちる。


「あ……」

「ゆっくり少しずつ、お互いを知りながらお付き合いをしていくので、いいですか?」