上の段、一面ののり弁。中の段、一面の鶏から揚げ。下の段、一面のポテトサラダ。
コンビニのから揚げ弁当だってもう少し他のものが入っているだろうし、食い気優先の運動部ももう少し他の物を入れるのでなかろうか。
ロカボがもてはやされる現代の感覚に真っ向から反逆する内容に行人が言葉を失っている間に、美貌のエルフは箸を構えると、全力で昼食に取り掛かり始めた。
「ち、ちなみにそっちの紙袋には何が入ってるの?」
行人の問いに、エルフの渡辺は美しい頰を真っ赤にしながら、その頰よりも赤いリンゴを丸ごと一個取り出してみせた。
まさかこの場で包丁やナイフを取り出してリンゴの皮剝きをするはずもなく、そうなるとこのリンゴは丸齧りされることになる。
「昼にいつも教室にいないから知らなかったけど、いつもそんなに食べてるの?」
ついそんな疑問が口を突いて出た。
エルフの渡辺も自分の昼食があまりに肉食系かつ豪速球過ぎる自覚はあるようで、消え入りそうになりながらも言葉を紡ぐ。
「魔法をかけ続けられるのって凄くお腹が減るの。私、普段から魔法で自分の姿をこの世界の人の姿に偽装してるから、きちんと食べないと途中でエネルギー切れ起こしちゃうの」
思ったより切実かつ今の二人にとってはセンシティブな理由だった。
「だから一緒に食べる相手がなかなか……クラスに友達がいないとかじゃなくて、これを、あんまり見られたくなくて……」
言いながらものり弁とポテサラと唐揚げは間断なくエルフの渡辺の口へと運ばれてゆく。
確かにこの光景は、あまり人には見られたくないだろう。
女の子らしくないとかいう話ではなく、エルフの渡辺の体格でこれを食べる姿はもうエルフがどうこうを横に置いて、フードファイターとしての才能を見出されてしまうからだ。
渡辺風花とエルフの渡辺は、顔は変わっても体格は全く変化がない。
同世代の女子と比べ、平均よりやや小柄に見える渡辺風花が三段重ねの重箱を食いつくしとどめにリンゴを丸齧りすれば、その様子が動画に撮影されSNSに拡散され、バズること間違いなしである。
見ているだけでお腹いっぱいになりそうな光景だが、それはそれとして米はつやつやと粒が立っており、ポテサラはきゅうり人参に枝豆まで入った豪華な拵えで胡椒の香りも高く、から揚げはどうやら胸肉もも肉を醬油と塩で味付けた四種類ある。それらを食べるエルフの渡辺の顔は、いかにも美味しそうな顔だった。
行人は思わずスマホを取り出すと、カメラを起動してシャッターを切る。
「ちょ、お、おおひふん! いまひゃひん撮った!?」
「何かテレビのCMみたいに美味しそうに食べるから、つい。それにちょっとこれ見て」
「んぐっ! わ、私こんな顔して食べてるの!? もぉ……大木くんの意地悪」
「いや、その顔なんだけどさ。カメラを通して見ると、エルフじゃなくなるのは……」
教室での秘かな実験の結果と同じく、写真でもりもり食べている女子は、エルフの渡辺ではなく日本人、渡辺風花だったのだ。
「姿を変える魔法が効かなくなったのは大木くんの目だけだから。カメラとかビデオとかでも、私の本当の姿は映らないし記録することもできないの」
そう言って一息ついたエルフの渡辺は、
「その魔法のことなんだけどね。大木くん、ちょっとお手を拝借!」
「え? は!?」
突然箸を置くと行人の左手を取り、自分の両手で握り込んだ。
「え!? え!? あの、ちょっと!?」
女子にそこまでしっかりと手を繫がれたことなど、物心ついてから一度として無かったことなので、行人は右手に持っていた購買のパンの袋を思わず取り落としそうになってしまう。
だがエルフの渡辺はそれだけにとどまらず、行人の指先を自分の額に当てたのだ。
「ん……お」
渡辺風花とかエルフの渡辺とかそういうことは関係無く、異性の手どころか顔面に触れることの衝撃に、肉食動物に発見された草食動物の如く凝固するしかできなくなってしまう。
だが、更なる衝撃が行人を襲う。
指がエルフの渡辺の額に触れているので、嫌でもそこに視線が集中し、金色の美しい髪がどうしても目に入るのだが、その髪色が少しずつ黒くなってゆくのだ。
「え? え? あ!」
髪だけではなく、エルフの最大の特徴である耳が少しずつ短くなってゆき、見えていた額が黒い前髪で隠れ始め、行人が見慣れそれでも焦がれた渡辺風花の姿に変わったのだ。
驚いている行人の手をゆっくり放して、向けられた瞳と顔は、完全に渡辺風花だった。
「どう……かな」
上目遣いに微笑む渡辺風花がやけに、薄暗い部室の背景から浮き上がって見えた。
いや、二人の間にあるテーブルの上の三段重箱も残りののり弁とポテサラと唐揚げも見えるし、いつのまにかエルフの頰についていたご飯粒もそのままだった。
「じ……」
「じ?」
行人は、思わずその場にへたりこみそうになり、なんとかパイプ椅子に腰を落とした。
「情報量が多すぎる!」
迫真の突っ込みに、渡辺風花は苦笑した。
「あ、あはは、説明したいけど言語化するの難しくて……どう? 私の姿、見えてる?」
『見えてる?』はおかしい気がするが、確かにエルフの姿が渡辺風花の姿に戻っている。
「え、ええっと、見えてるよ」
「良かった。大木くんの目は変身魔法を透過しちゃうから、大木くんの『流れ』を覚えてそれに合わせてみたの。沢山魔力が必要だから今日はその分もいっぱいご飯食べなきゃなんだ」
ただでさえ情報過多なのに、流れって何だとか、何を何に合わせたのか、一瞬納得しかけたものの魔力とご飯に何の関係があるのかまだよく分からないとか更にツッコミどころが増えて、行人は何から口を挟むべきか分からなくなってしまった。
「そ、それじゃあまずご飯をきちんと全部食べちゃおう」
「あ、う、うん」
行人は突っ込みどころに突っ込めずにそわそわするが、何故か渡辺風花もそわそわしており、行人の返事も聞かずにさっと席に戻ると、再び唐揚げを口に入れた。
「ん、美味しい。大木くんは、それって購買のパンなの?」
「まぁ、そうです」
行人も袋からパンを取り出して机の上に出すのだが、カレーパン、焼きそばパン、シュガーラスクにコーヒー牛乳のパックだけ出すと、完全に見劣りする。
「そうなんだ。私全然購買使ったことなくて。そうだ、大木くんもから揚げ、食べる?」
「だ、大丈夫。ありがとう」
見ているだけでお腹いっぱいになりそうな食事風景に眩暈がしてきそうだ。
「ん? んん?」
いや、実際に少し、視界が歪んでいるように見えるような気がする。
「ふぉれべね、かういんうぃひははっはんはれぼ」
「え?」
「もぐもぐくぉれからんもわらひをもべるいいあもぐもぐひゃいんおおううもりまの?」
「えっと、あー……うん。こうして普段の姿がカメラに映るんであれば……きっと俺はまだ、撮りたい……んだと思う」
何かが少し歪む視界を振り払いながら、行人は口いっぱいにから揚げを頰張る渡辺風花の発する音に、シリアスな顔で答えた。
すると渡辺風花は前髪に隠れがちな目を大きく見開いてから、口の中にあるものを落ち着いて咀嚼し吞み込んだ。
「お行儀悪いことした私も私だけど……よく分かったね、今の」
「渡辺さんの声に対する解像度には自信があるんだ」
「へぐうっ?」
行人の答えに、渡辺風花は唐揚げを喉に詰まらせたような音を喉奥で立てる。
「ざっくりだけど今のは『それでね、確認したかったんだけど、もぐもぐ、これからも私をモデルにしたもぐもぐ写真を撮るつもりなの?』って言ったんだよね」
「……です。もぐもぐまで含めて百点です」
「よし!」