エルフの渡辺

第二章 渡辺風花はそわそわしている ③

 上の段、一面ののり弁。中の段、一面の鶏から揚げ。下の段、一面のポテトサラダ。

 コンビニのから揚げ弁当だってもう少し他のものが入っているだろうし、食い気優先の運動部ももう少し他の物を入れるのでなかろうか。

 ロカボがもてはやされる現代の感覚に真っ向から反逆する内容にゆくが言葉を失っている間に、美貌のエルフは箸を構えると、全力で昼食に取り掛かり始めた。


「ち、ちなみにそっちの紙袋には何が入ってるの?」


 ゆくの問いに、エルフのわたなべは美しい頰を真っ赤にしながら、その頰よりも赤いリンゴを丸ごと一個取り出してみせた。

 まさかこの場で包丁やナイフを取り出してリンゴのかわきをするはずもなく、そうなるとこのリンゴはまるかじりされることになる。


「昼にいつも教室にいないから知らなかったけど、いつもそんなに食べてるの?」


 ついそんな疑問が口を突いて出た。

 エルフのわたなべも自分の昼食があまりに肉食系かつ豪速球過ぎる自覚はあるようで、消え入りそうになりながらも言葉をつむぐ。


「魔法をかけ続けられるのってすごくおなかが減るの。私、普段から魔法で自分の姿をこの世界の人の姿に偽装してるから、きちんと食べないと途中でエネルギー切れ起こしちゃうの」


 思ったより切実かつ今の二人にとってはセンシティブな理由だった。


「だから一緒に食べる相手がなかなか……クラスに友達がいないとかじゃなくて、これを、あんまり見られたくなくて……」


 言いながらものり弁とポテサラと唐揚げは間断なくエルフのわたなべの口へと運ばれてゆく。

 確かにこの光景は、あまり人には見られたくないだろう。

 女の子らしくないとかいう話ではなく、エルフのわたなべの体格でこれを食べる姿はもうエルフがどうこうを横に置いて、フードファイターとしての才能をいだされてしまうからだ。

 わたなべふうとエルフのわたなべは、顔は変わっても体格は全く変化がない。

 同世代の女子と比べ、平均よりやや小柄に見えるわたなべふうが三段重ねの重箱を食いつくしとどめにリンゴをまるかじりすれば、その様子が動画に撮影されSNSに拡散され、バズること間違いなしである。

 見ているだけでおなかいっぱいになりそうな光景だが、それはそれとして米はつやつやと粒が立っており、ポテサラはきゅうりにんじんに枝豆まで入った豪華なこしらえでしようの香りも高く、から揚げはどうやら胸肉もも肉をしようと塩で味付けた四種類ある。それらを食べるエルフのわたなべの顔は、いかにもしそうな顔だった。

 ゆくは思わずスマホを取り出すと、カメラを起動してシャッターを切る。


「ちょ、お、おおひふん! いまひゃひん撮った!?」

「何かテレビのCMみたいにしそうに食べるから、つい。それにちょっとこれ見て」

「んぐっ! わ、私こんな顔して食べてるの!? もぉ……おおくんの意地悪」

「いや、その顔なんだけどさ。カメラを通して見ると、エルフじゃなくなるのは……」


 教室でのひそかな実験の結果と同じく、写真でもりもり食べている女子は、エルフのわたなべではなく日本人、わたなべふうだったのだ。


「姿を変える魔法が効かなくなったのはおおくんの目だけだから。カメラとかビデオとかでも、私の本当の姿は映らないし記録することもできないの」


 そう言って一息ついたエルフのわたなべは、


「その魔法のことなんだけどね。おおくん、ちょっとお手を拝借!」

「え? は!?」


 突然箸を置くとゆくの左手を取り、自分の両手で握り込んだ。


「え!? え!? あの、ちょっと!?」


 女子にそこまでしっかりと手をつながれたことなど、物心ついてから一度として無かったことなので、ゆくは右手に持っていた購買のパンの袋を思わず取り落としそうになってしまう。

 だがエルフのわたなべはそれだけにとどまらず、ゆくの指先を自分の額に当てたのだ。


「ん……お」


 わたなべふうとかエルフのわたなべとかそういうことは関係無く、異性の手どころか顔面に触れることの衝撃に、肉食動物に発見された草食動物のごとく凝固するしかできなくなってしまう。

 だが、更なる衝撃がゆくを襲う。

 指がエルフのわたなべの額に触れているので、嫌でもそこに視線が集中し、金色の美しい髪がどうしても目に入るのだが、その髪色が少しずつ黒くなってゆくのだ。


「え? え? あ!」


 髪だけではなく、エルフの最大の特徴である耳が少しずつ短くなってゆき、見えていた額が黒い前髪で隠れ始め、ゆくが見慣れそれでも焦がれたわたなべふうの姿に変わったのだ。

 驚いているゆくの手をゆっくり放して、向けられた瞳と顔は、完全にわたなべふうだった。


「どう……かな」


 上目遣いにほほわたなべふうがやけに、薄暗い部室の背景から浮き上がって見えた。

 いや、二人の間にあるテーブルの上の三段重箱も残りののり弁とポテサラと唐揚げも見えるし、いつのまにかエルフの頰についていたご飯粒もそのままだった。


「じ……」

「じ?」


 ゆくは、思わずその場にへたりこみそうになり、なんとかパイプ椅子に腰を落とした。


「情報量が多すぎる!」


 迫真の突っ込みに、わたなべふうは苦笑した。


「あ、あはは、説明したいけど言語化するの難しくて……どう? 私の姿、見えてる?」

『見えてる?』はおかしい気がするが、確かにエルフの姿がわたなべふうの姿に戻っている。


「え、ええっと、見えてるよ」

「良かった。おおくんの目は変身魔法を透過しちゃうから、おおくんの『流れ』を覚えてそれに合わせてみたの。沢山魔力が必要だから今日はその分もいっぱいご飯食べなきゃなんだ」


 ただでさえ情報過多なのに、流れって何だとか、何を何に合わせたのか、一瞬納得しかけたものの魔力とご飯に何の関係があるのかまだよく分からないとか更にツッコミどころが増えて、ゆくは何から口を挟むべきか分からなくなってしまった。


「そ、それじゃあまずご飯をきちんと全部食べちゃおう」

「あ、う、うん」


 ゆくは突っ込みどころに突っ込めずにそわそわするが、わたなべふうもそわそわしており、ゆくの返事も聞かずにさっと席に戻ると、再び唐揚げを口に入れた。


「ん、しい。おおくんは、それって購買のパンなの?」

「まぁ、そうです」


 ゆくも袋からパンを取り出して机の上に出すのだが、カレーパン、焼きそばパン、シュガーラスクにコーヒー牛乳のパックだけ出すと、完全に見劣りする。


「そうなんだ。私全然購買使ったことなくて。そうだ、おおくんもから揚げ、食べる?」

「だ、大丈夫。ありがとう」


 見ているだけでおなかいっぱいになりそうな食事風景に眩暈めまいがしてきそうだ。


「ん? んん?」


 いや、実際に少し、視界がゆがんでいるように見えるような気がする。


「ふぉれべね、かういんうぃひははっはんはれぼ」

「え?」

「もぐもぐくぉれからんもわらひをもべるいいあもぐもぐひゃいんおおううもりまの?」

「えっと、あー……うん。こうして普段の姿がカメラに映るんであれば……きっと俺はまだ、撮りたい……んだと思う」


 何かが少しゆがむ視界を振り払いながら、ゆくは口いっぱいにから揚げを頰張るわたなべふうの発する音に、シリアスな顔で答えた。

 するとわたなべふうは前髪に隠れがちな目を大きく見開いてから、口の中にあるものを落ち着いてしやくみ込んだ。


「お行儀悪いことした私も私だけど……よく分かったね、今の」

わたなべさんの声に対する解像度には自信があるんだ」

「へぐうっ?」


 ゆくの答えに、わたなべふうは唐揚げを喉に詰まらせたような音を喉奥で立てる。


「ざっくりだけど今のは『それでね、確認したかったんだけど、もぐもぐ、これからも私をモデルにしたもぐもぐ写真を撮るつもりなの?』って言ったんだよね」

「……です。もぐもぐまで含めて百点です」

「よし!」