エルフの渡辺

第二章 渡辺風花はそわそわしている ⑥

「でも紹介したら、おおくんすぐにモデルを乗り換えちゃうかも。どっちの私よりもわいい子だし、中学から男の子に何度も告白されたって言ってたからなぁ」

「どれだけわいいか知らないけど、多分そんなことにはならないよ」


 エルフのわたなべの軽口に、ゆくは真剣に反論した。


「俺はこのコンテストでわたなべさんを撮りたいと思って撮ってるから」

「…………うん。そっか」


 エルフのわたなべは、穏やかにほほんでそれ以上は何も言わなかった。

 そんな二人の空気を読んだように昼休み終了の予鈴が鳴る。

 午後の五時間目の授業はここから五分後のチャイムで始まることになっている。


「ごめんねおおくん。結局大した話もできなくて」

「そんなことない。話せてよかったよ」

「それじゃあ部活に来てもらえるようになったら連絡するね。先に教室に戻ってください。私、お弁当箱とか片付けないといけないから」

「わかった。それじゃあ、また」

「うん。…………あ、おおくん!」


 部室を出ようとするゆくを、エルフのわたなべは大きな声で呼び止めた。


「どうしたの?」


 ドアノブに手をかけて振り向いたゆくに、エルフのわたなべはこの日一番の笑顔でほほんだ。


「また、『わたなべさん』って呼んでくれて、ありがと。すごく、うれしい」

「……俺は、ごめん。またそう呼ぶのに、時間がかかっちゃって」

「ううん。いいの、呼んでくれるだけで、十分」


 ゆくはエルフのわたなべのその笑顔を見ていられなくて、少し急いで扉を開け園芸部の部室を出た。

 薄暗い部屋から明るい外に出たので一瞬視界が白く染まり、


「きゃっ!」

「あっ。ごめん!」


 外の廊下にいた誰かとぶつかってしまった。

 そこには驚きつつも険のある顔でゆくにらみつける、派手めなよそおいの小柄な女子がいた。


「ごめんなさい! どこか痛めてないですか!?」


 初めて見る顔だったので、同級生か上級生の可能性も考え丁寧に尋ねると、小柄な女子は一瞬、ゆくの背後の園芸部部室の扉を見て、一段階険しさを強めた。


「何があったか知りませんけど、そこの扉重くて固いんだから、そんなに勢いよく出てこないでください」

「あ、う、うん、ごめん、本当に。とかしてないといいんだけど」


 声も険しいが、明らかに自分に非がある状況なのでここは平謝りするしかない。


「次から気をつけるから、本当、ごめん」

「次からとかいいです、センパイはもうその扉使わないでください。それじゃ」


 一方的に言われるがままだったゆくは冷や汗をかきながら、今のやり取りがエルフのわたなべに聞かれていないか、心配を掛けなかったかどうか不安になり、一瞬扉を振り返った。

 エルフのわたなべが出てくる気配はなかったので、ゆくは足早に教室へと戻る。 一応誰にもぶつからないように注意しながら教室に戻ると、てつが不満そうな顔でゆくに体当たりしてきた。


「痛っ! 何だよ!」

「昼休みはお楽しみでしたね!」

「何がだよ! 今後の部活のこと話し合いながらメシ食っただけだよ!」

「へっ、どうだかな。あの分厚い扉の向こうでナニしてたんだか。あんな門番まで用意して、そんなに俺の出歯亀が怖いか! 怖いと思うことやってたのか!」

「堂々とのぞき行為宣言するお前はマジで怖いよ。っていうか、何だよ、門番って」

「あ? トボけんなよ。あれは写真部か? 園芸部か? めっちゃわいいちょっとギャル入った一年生の子が、園芸部の部室の前で周囲をドスの効いた目でにらんでて、誰も中には入れねぇって感じだったんだぞ。後輩パシってナニしてたんだ? エエ!?」

「……人聞き悪いことしか言わないやつには、待ち受けになりそうなわたなべさんの写真は見せてやらない」

うそだってマジうそだってごめん許してくれゆく! もう悪いことしないから!」

「どっちにしろすぐ消すって約束してる画像だから。残念でした」


 軽薄オブ軽薄なてつを自分の席に押し返したゆくは、ふとスマホに表示された、『部室のわたなべふう』の画像を見る。


「消すって約束だったもんな」


 ゆくは、エルフのわたなべを撮ったはずのその画像を、約束通りに消去した。



「分かってない。やっぱ何にも分かってない、あのセンパイ」


 五時間目開始のチャイムが鳴る中『めっちゃわいいちょっとギャル入った一年生』の女子は、廊下を踏み抜かんばかりの足音を怒り任せに立てていた。


ふうちゃんも高校入って気が緩みすぎだよ。なんであんなの部室に入れてるの」


 そして自分の教室に戻った一年生の女子は、


たきいずさん? もう授業始まりますよ。早く席について」


 五時間目の授業の担当教諭にやんわりと注意されて自分の席につく。

 だがたきいずと呼ばれた少女の瞳は授業にまるで集中せず、くらい闘志に燃えていた。


「あんなのがふうちゃんの彼氏になるなんて、私は絶対認めない」