エルフの渡辺2

第一章 渡辺風花は誰もが認めるほどかわいい ①

 柔和で大人しめな第一印象は拭えないが、その実、かなり強固に独立独歩を貫く性格。

 それが大木行人の、渡辺風花に対する性格評だ。


「ええ? 私ってそんなに頑固なイメージあるかなあ?」


 行人と風花、南板橋高校二年生の六月中旬、日向で園芸作業をするとそろそろ汗が止まらなくなる季節。

 園芸部の部長である渡辺風花の、花壇の除草作業を手伝いながらふと、行人は風花から、風花自身の性格をどう思っているか尋ねられたのだ。


「頑固っていうのとはちょっと違うかな。ただ、一度こうと決めたら考えるより先に行動して、考えたり立ち止まったりするのは何かトラブルにぶつかってからって感じはしてる」

「うぅ〜、まぁ、そういうところがない、とは言いませんけど」


 行人の答えに、渡辺風花は納得をしつつもどこか釈然としないらしく口を尖らせた。

 だが、その釈然としなさを上手く言葉にできないようで、行人には聞こえない声でぶつぶつと不満を表明しているようだ。


「別に考えなしとかそういうことじゃなくてさ、やりたいとかやるべきって思ったら、それが世の中の常識とか、スタンダードから多少外れてるくらい気にもしないでしょ」

「まぁ、ね」

「そういうところが、独立独歩な感じだなって」

「大木くんがそういう言い方すると、悪くないかもって思うから不思議」


 悪くない、ということは、逆に言えばその字面自体はあまり彼女のお気に召さなかったというところだろうか?

 もしかしたら『独立独歩』の漢字のとげとげしさや、『ど』でリズムを取る単語が可愛く感じられなかったとか?

 渡辺風花の複雑そうな横顔を見ながらそんな益体もないことを考えていた行人の背中に、


「フン!」

「あぶねっ!」


 冷ややかな殺気が襲い掛かってきたため、行人は土の上で身を捻ると、一瞬前まで行人がいた場所を、土まみれの靴底が通り過ぎた。


「ちょっと泉美ちゃん! 何してるの!? 危ないよ!」


 慌てた風花が振り向くと、そこには軍手を履いて新品の腐葉土の袋を抱えながら、行人の背中に蹴りを入れ損ねた小滝泉美が、冷酷な瞳で行人の背を見下ろしていた。


「センパイが風花ちゃんのことイヤらしい目で見てたらそれは処さないとダメじゃん」

「処したらダメでしょ! 大木くん大丈夫!?」

「大丈夫、間一髪で避けた」

「泉美ちゃん! 部活動中に部員がわざと人にケガさせるようなことしたら、部活全体が活動停止になっちゃうんだよ!」

「「え? そっち?」」


 傷害未遂事件の被害者と加害者は同時に同じ方向を見て突っ込んだ。

 そこには園芸部の活動で汚れてもいいように『渡辺』とネーム刺繡が入った学校指定のジャージを纏い、頰を膨らませているエルフの姿があった。

 淡い金色の髪と、長い耳と、翠緑の瞳。

 エルフの渡辺風花は、南板橋高校園芸部部長らしい毅然とした姿で、腰に手を当てて部員を指導するのだった。


「ところでさ、部活動停止ってのでふと思ったんだけど、部に昇格したばっかの園芸部はともかく、写真部って部員不足で部活動資格停止して同好会降格とかなったりしないの?」


 風花のお説教もどこ吹く風で、泉美はあっけらかんと言ってのけ、


「部員が部長を後ろから蹴ってケガさせたら普通に写真部が活動停止になるところだったんだけどね?」


 行人はなんとか負けじと食い下がるが、


「未遂だし。それにそんなの、センパイが黙ってれば問題ないじゃん」

「令和の世にここまで陰湿ないじめっ子理論を振りかざす人間がいるとは」


 そこには風花への愛が重すぎる一人の女子の冷徹な瞳があり、行人は喉の奥でひゅっと怯えの息を吸った。

 風花もさすがの暴論を見過ごせず、厳しい声色で泉美を嗜める。


「泉美ちゃん」

「いや、だから風花ちゃん……」

「泉美ちゃん」

「……すいませんでした、センパイ。もう隙を見て後ろから蹴ったりしません」

「言い回しに抜け道用意するなよ」

『隙を見て後ろから』以外の蹴りをやりそうな物言いに行人は慄いた。


「泉美ちゃんは写真部員でもあるんだから、今みたいにきちんと部長には敬意を払うこと!」

「はーい……」

「今どこかに敬意あった?」


 行人の突っ込みに、エルフの耳はきちんと反応する。


「大木くん。泉美ちゃんの良くないところは一気に直そうとしても駄目なの。こういう小さな小さなことを継続して褒めていくことで、泉美ちゃんを一歩一歩真人間に導いていかないといけないんだよ」

「風花ちゃん、それ私を抱きしめながら言うことじゃないと思う」


 今度は泉美が突っ込みを入れるが、風花はそれ以上取り合わずに話題を切り替えた。


「それで、写真部が同好会に降格しない理由だけど」

「風花ちゃんが答えるんだ」

「部活動の部長には全員校則で部活動資格に関する校則が周知されるからね。授業科目と直接関係のない生徒の課外活動が部活動として認められる要件はいくつかあるの。活動内容が学校に認められることは当然として、組織的活動に加入している構成員が全体で六人以上、或いは各学年二人以上いれば無条件で部活動なの。この人員を満たさない場合は、満たさなくなった前後一年に学校が認める実績を達成すると、その瞬間から一年半、同好会降格まで猶予が延びるの」

「……なんか難しいけど、じゃあ写真部は、センパイのこの前のコンテスト入選があったから、少なくとも来年の二学期までは部活動のままでいられるってこと?」

「そうね。もちろん活動内容は少ないわけだから、その分に部費は少なくなるけど、写真部の場合三年の先輩が全員卒業しちゃったから一人部活になっちゃったって止むを得ない事情があるから、その場合大木くんが三年生になるまでは無条件に部活動のままだったはずだよ」

「へー、そうなんだ。よく漫画とかで、部員が少なくなった途端に秒で生徒会とかが同好会降格を警告しにきたりするから、もっと厳しいのかと思った。だったら私が無理して兼部する必要なかったかも」

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるよ」

「へ?」

「最初は泉美ちゃんばっかり兼部してズルいって思ったけど」


 そう言うと風花はちらりと行人を横目で見てから、すぐに照れくさそうに視線を逸らして曖昧な笑顔を浮かべる。


「巡り巡って、個人的には結果オーライです」

「はあ」


 泉美は風花の目配せに不穏なものを覚え、またぞろ行人に蹴りを入れかねない形相になる。


「ところで、大木くん。今日は写真、どうするの? 園芸部としては、泉美ちゃんが持ってきてくれた土を撒いたら今日はお終いな感じなんだ」

「あー、じゃあ小滝さん。今日は被写体を中心に置くパターン、練習してみる?」


 問われた行人は、花壇の縁のブロックに置いておいた一眼レフカメラのケースを手元に手繰り寄せ、泉美に差し出した。


「……まだ私、そのカメラちょっと怖いんだけど」

「次のコンテストも決まってるし、背中に蹴りを入れたいくらい嫌いな相手がいても入るって決めた写真部でしょ」

「センパイ、マジそーゆーとこ」


 泉美は顔を顰めながら、行人の手からケースを受け取り慎重に中のカメラを取り出す。

 なんの変哲もない、少し古めかしい一眼フィルムカメラ。


「風花ちゃん、お願いします」

「はい。少しだけね」


 泉美が風花にカメラを渡すと、風花はそのカメラのファインダーを一瞬だけ覗き込んだ。

 その瞬間、微かに薄いガラスが割れるような音がどこからともなく聞こえ、風花の全身がほんの少しだけ光ったように見えた。

 初夏の夕方の日差しの中なので、それが本当に光ったのか、泉美の気のせいなのかは分からない。