エルフの渡辺2

第一章 渡辺風花は誰もが認めるほどかわいい ②

 風花が泉美にカメラを丁寧に返すと、泉美は恐る恐るファインダー越しに風花を見た。


「どう、小滝さん。何か見える?」

「風花ちゃんが……ほんの少し光ってるように見える……かも? センパイはどうなの?」


 泉美のあやふやな返答とともに、カメラが行人の手元に戻ってきた。

 そして行人がファインダーを覗き風花を見ると、


「ここまでの再現性は完璧だね」


 泉美がなぜあんなあやふやな返事だったのか分からないほど、行人の目にははっきりと風花の全身が輝いているように見えた。

 実際に風花が発光しているわけではないが、そのカメラのファインダーを通して世界を見たカメラマンだけが見ることのできる、素晴らしい被写体の光。

 東京学生ユージュアルライフフォトコンテストで準優秀賞を受賞した写真を撮り、日本人である行人の父の遺品でもあったカメラが見せる光は、どうやら地球や日本に存在しないはずの『魔力』と関係しているらしい。

 そしてエルフの魔力をその内に蓄えたそのカメラは、渡辺風花の身に宿る『姿隠しの魔法』を突き抜ける力を持っていた。

 ◇

 好きな女の子に告白をしたら、エルフの正体を現した。

 それが大木行人の身の上に襲い掛かった事態だった。

 都立南板橋高校写真部部長にしてただ一人の部員である大木行人は、コンテストに応募するための写真のモデルを、園芸部部長にしてクラスメイトである渡辺風花に依頼する。

 快諾してくれた風花の真摯に部活動に打ち込む姿を見て、思わず口から秘めた好意の言葉が零れ、それが受け入れられた。

 受け入れられたと思った途端、素朴でたおやかな日本人の渡辺風花は、金髪と美貌のエルフになってしまったのだ。

 行人の目にはエルフにしか見えないが、カメラを通して写真を撮ると、その姿は今まで通りの渡辺風花。

 行人は風花と話し合いを重ね、告白を仕切り直し、改めて二人がお互いを知る努力を継続しつつ、風花が行人の写真のモデルを継続することを確認し合う。

 だがそれでもどこまで『エルフ』に踏み込むべきか距離感を計りかねる行人の前に、風花の幼馴染であり、同じように風花の真の姿が見えている小滝泉美が現れた。

 風花の真実を幼少期から知る泉美は行人のどっちつかずの姿勢に不快感を示し、行人を強く敵視するが、それが逆に行人がエルフをより強く知りたいと願うきっかけとなる。

 風花はその気持ちに応え、行人と泉美をエルフの故郷、異世界ナチェ・リヴィラへ招待したが、そこで行人と泉美は、風花自身が自分のエルフの姿を見えていないことを知る。

 風花の母涼香によって、それまで行人が風花を撮っていたカメラがナチェ・リヴィラ由来のものであり、魔力を込めることで、エルフという種族にかけられた呪いの如き『姿隠しの魔法』を写真の上でだけ破ることができると明らかになった。それによって、改めて『渡辺風花の真の姿』とは何なのか、正体がエルフでありながら自分自身でそれが見えていない彼女とともに過ごすことの意味を、行人も風花も泉美も、この世でたった一枚、彼女の真の姿を写した写真を通して、考えるようになった、六月の半ばのこと。

 ◇


「いいよー風花ちゃん可愛いよー。もう少しちょっと前屈みになってみよっか!」

「え? こ、こうかな」

「あ! いいそこいい! そのままアゴのとこに指あてて少し物欲しそうに舌出して」

「し、舌? え。こ、こう?」

「……ああいい! 風花ちゃん可愛いよ! 風花ちゃんの喉元に汗がんぐっ!」


 興奮気味に響く泉美の声が、鈍いふわりとした音と声で遮られた。


「……センパイ、今、私の頭……」


 前髪が五分に分けられている脳天に、行人が折り畳み式レフ板を面で叩き落としたのだ。


「次は角行くよ。小滝さん、写真部の品性を落とすようなこと大声で言わないでくれる?」

「だって! ファインダー越しの風花ちゃんって本当可愛いんだもん! 色んなことさせたいじゃん!」

「そのいかがわしいグラビア撮影ミームってどこから生まれたんだろな。一応学生が応募する写真のコンクールの練習なんだぞ。恣意的すぎるポーズはNG!」

「しーてき?」

「わざとらしすぎるポーズってこと! アイドルのグラビア写真集みたいなポーズさせたら下手したら次回以降コンテスト出禁になるぞ!」

「何それ、アイドルのグラビア全否定?」

「そういうことじゃなくて……渡辺さんもいつまでもその格好してないで」

「え? もういいの?」

「うん……今回のコンテストはそういうんじゃないから……あと、その」


 泉美が指示した、いかにもなポーズを律義に決めていた風花から、行人は思わず目を背ける。


「目に毒だから……」


 ジャージのボトムスの裾をふくらはぎまで上げさせ、トップスは胸より少し下までファスナーを下げさせ、中に着ているブラウスの第一ボタンは外した状態で、お腹の前で少し強めに腕を組み、花壇の縁に座って足先をバラバラに伸ばしている美貌のエルフがいたら、男子高校生なら誰でもこうなる。


「そ、そうなんだ。ふーん……ふ──ん……」


 行人の反応が意外だったのか、風花は少し目を見開いてから、少し嬉しそうに、そして少し名残惜しそうにポーズを解く。


「センパイ、まさか今の風花ちゃんのポーズをエロい目で」

「そういうポーズさせたのは小滝さんだろ! 蹴ろうとするな蹴るな!」


 靴裏を見せてケンカキックを繰り出す泉美を牽制しながら、行人は赤くなりそうになる顔と気持ちを必死に抑えながら、立ち上がった風花を見た。


「小滝さん。アイドルのグラビアって、前に教えた写真の5W1Hの中で何を一番大事にしてると思う?」

「そりゃWhoでしょ。アイドルのグラビアってそのアイドルが色んなシチュで写真撮られてるもんなんだから」

「二人が写真部っぽい会話してるの初めて聞いたかも」


 行人と泉美の会話を興味津々で聞いている風花は、顔の前で手を合わせながら目で二人を交互に見ていた。

 写真の5W1Hとは、英語の5W1Hになぞらえて、撮ろうとしている写真の内容が『いつ、どこで、誰が、何を、何故、どのようにして』のどれをより重要視しているかを考えるべしという写真部伝統の教えである。


「そう。最も写真のテーマが『属人化』してる。違う人間に同じ格好をさせると写真のテーマそのものが成り立たない。だから、今度のコンテストではダメなんだ」

「ええー? そうかなー?」


 泉美は不満そうに異議を唱えると、スマホを取り出し操作して行人に突き出した。


「こんなの制服姿の滅茶苦茶可愛い風花ちゃんの写真送れば解決じゃん。何が問題なの」

『学生ユニフォームフォトコンテスト』。

 行人と泉美が、写真部として挑むことに決めたコンテストである。

 行人が準優秀賞を受賞した『東京学生ユージュアルライフフォトコンテスト』と似た趣のコンテストだが、募集対象地域が全国であることと『ユニフォーム』を写真のテーマに据えることが課題として提示されていた。


「問題だらけだよ」

「だからなんでよ!」


 それならば泉美の言う『制服姿の滅茶苦茶可愛い風花ちゃん』の写真は課題に合致するようにも思えるが、行人は厳しい顔で首を横に振り、そして言った。


「その写真を『滅茶苦茶可愛い』と思えるのは、俺と小滝さんだけだからだ!」

「へうっ!?」


 その答えに風花は飛び上がらんばかりに体を震わせ目をも開き、


「は?」


 泉美は何故か三白眼でまたも行人に蹴りを入れようと、闘牛のように足裏を地面に擦り始めた。


「は? 何センパイ。風花ちゃんの可愛さ分かってるのは自分だけとか、そういうコト言おうとしてる?」