エルフの渡辺2

第一章 渡辺風花は誰もが認めるほどかわいい ③

「いやちゃんと小滝さん入れたし。あと俺達以外にも校内に最低二十人はいるらしいぞ」

「何の話?」

「俺もよく分からない隠れた存在の話だ。とにかく、渡辺さんが特別可愛くて魅力的だってのは俺達だけの共通認識だと考えないとダメ」

「大木くんっ!? あの、あの!」

「はあ? 風花ちゃんの可愛さは全国区級ですけど!?」

「だとしてもダメ。結局『渡辺風花』って人間のキャラクター性を知らない人には『可愛い子がグラビアの真似してる』だけの写真になるんだ」

「……ん? え?」

「渡辺さんにどんな可愛い格好させても、5W1Hの中の『誰』に被写体パワーが極振りされて、制服である必要性も根拠も薄いから提示されている課題とマッチングしない」

「ええ? 何か納得いかないなぁ。『制服着てる可愛い女子』ってそんなにダメ?」

「俺達がそれを『いい写真』だと思うのは勝手だよ。実際渡辺さんはどう写したところで可愛いとは思う。けどコンテストの審査員がそう思わない確率の方が高いのも、公開されてる過去の受賞写真見れば分かると思う」

「むー。そりゃそうだけどさ」


 泉美がコンテストのポータルページをスクロールすると、昨年の入選作が何点かトップページに掲載されている。


「こういうイカニモ『せいしゅ──ん!』みたいなのが受けるってワケ?」


 昨年の最優秀賞は、形の違う楽器ケースを背負った三人の女子高生が、違う色の傘を差し同じ色のマフラーを着用し、雪の降る街中の坂道を上がっている写真だった。

 選評には、


『静けさの中に、困難に立ち向かう確かな情熱と絆が感じられる唯一無二の景色。大人になったらどれほど意志や金を投じても決して上ることのできない坂がここにある。』


 とあった。


「本当にこんないい写真、偶然撮れたりするかなー? 絶対撮ってる奴が指示してポーズ作らせてるでしょ、この被写体の三人」

「別に応募要項には被写体にポーズ取らせちゃいけないなんて書いてないからね。ただ、真実がどうであれ手前を通り過ぎてる車のぼかしが、この写真が道の向かい側からたまたま見えた光景かもしれないって想像に説得力を与えてるんだ。実際にはいいタイミングで車が来るまでこの三人を道の向こうでこのポーズで待たせていたとしても、そう感じさせない物語的奥行きや時間の経過を写し取ったり、楽器ケースの中身への好奇心を煽り立てたり、雪国なんだろうか、練習は大変なんだろうか、冬だからもしかしたら次の大会が最後なのかもとかっていう、登場人物への興味まで引き立てられる凄くいい写真だと思う」

「はー……ふーん……まぁ、そう言われれば、まぁ」

「こうなると、渡辺さんの全国レベルの可愛さそれだけを写した写真で一点突破は難しい。どうしてもそれで勝負したいなら、可愛さだけじゃない渡辺さんの魅力を引き出すテーマ性や背景なんかも写さなきゃいけない。この間のユージュアルライフフォトコンテストは、それが出来たから入選したんだと俺は思ってる」

「う〜〜〜ん、悔しい。センパイに理屈で論破された。そっかー、風花ちゃんが可愛いだけじゃダメかぁ」

「小滝さんが個人的に『可愛い渡辺さん』ってテーマの写真を撮りたい分には全然問題ないよ。そのテーマの写真だって言われて俺に見せられたら、俺もきっと写された渡辺さんを可愛いと思うだろうし、良い写真だって太鼓判を押せる。でも、渡辺さん個人を知らない人間にそれを伝えたいなら、より渡辺さんの可愛さを引き立てる強いファクターが必要……ん?」


 熱く議論をぶつけ合う行人と泉美の横で、何か重いものがどさりと落ちるような音がした。

 見ると、両手で顔を覆った風花が土の上に倒れており、うねうねと体を蠢かせていた。


「ふ、風花ちゃん!?」

「渡辺さん! どうしたの!? 具合でも悪い!?」

「だ、大丈夫! 大丈夫だからちょっと! あの、大木くんだけ静かにしてもらえますか!」


 夏のアスファルトに放り出されたミミズのようにのたうつ風花の両手で覆われた下の顔は真っ赤で、それでいてどんなに強く顔を隠しても、指の隙間から漏れ出る呻き声は止められなかった。

 その異様な姿に行人と泉美は固唾を吞んで見守るしかできなかったが、やがて動きがすっと止まり、指の隙間から睨みながらも緩みまくった瞳が行人を捉える。


「大木くん、ワザと言ってる?」

「え、いや、えっと……あ」


 風花の問いから一拍置いた行人は、


「あっ! ……い、いや……ワザと、ではないけど、写真のことだから、で、でも、一応本心では、あって、その」


 強い語気で間接的に風花に対し『可愛い』を連発していた自分の言動に気づき、脳内ボイラーが爆発してしまう。

 かたや地面に倒れながら、かたや東洲斎写楽筆『三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛』のような小さく前倣えの姿勢で顔を真っ赤にし固まる、風花と行人。


「…………ふん!」

「いてっ!」


 その様子に憤慨した泉美は、今度こそ行人の尻に蹴りを命中させたのだった。

 ◇

 行人が機能停止し、風花も背中や尻が砂埃だらけになってしまったので、結局その後はろくに撮影ができなかった。

 風花の魔力を込めた行人のカメラで泉美が一枚だけ撮った風花の写真も、現像するまではその成果のほどは分からない。


「はぁ〜……もぉ……二人とも……二人とも……」


 学校からの帰り道、風花は気温のせいだけではなく熱い頰を途中のコンビニで買ったルイボスティーのペットボトルで冷やしながら歩いていた。


「そういうとこだよ大木くんは……ん」


 額にボトルを当てたとき、前髪に触れた手が、髪に紛れた異物を検知する。

 摘むと小さな砂粒で、恐らく地面でぐねぐねしていた際に髪に入ったものだろう。

 今日は念入りに髪を洗いジャージも洗濯しなければならないと思いながら、風花は手に持ったペットボトルをスクールバックにしまい、代わりにスマートフォンを取り出すと、インカメラを起動し前髪が汚れていないかチェックする。


「大木くんは、もう」


 夕方の太陽か気候のせいだろうと思いつつも、まだ何となく顔が赤いような気がして、一人でまた勝手に気恥ずかしくなってしまう。

 とりあえず前髪に目立つ異常は発見できなかったので、カメラアプリを閉じた風花の目に飛び込んできたのは、


「大木くん……」


 待ち受けにしている『自分と母の写真』の画像だった。

 行人が撮ってくれた、自分と母の本当の姿を写した写真。

 オリジナルはあのフィルムカメラで撮られたアナログ写真なので、家庭用のプリンターでスキャンしてスマホの待ち受け画像サイズに加工したのだ。

 事実上、初めて見る自分の真の姿。自身の『体感』を裏切らないエルフの姿はしかし、直前までインカメラに写っていた地味な日本人の姿とは似ても似つかない。


「ねぇ、大木くん」


 風花は、地面に倒れるほど浮かれ倒したくせに、今になってこんな疑問を抱く自分に微かな自己嫌悪を覚えながら、それでも口の中で問わずにはいられなかった。


「どっち、なのかな」


 泉美と一緒にあれほど盛り上がって『可愛い』と言ってくれたのは、どっちの私?

 風花の足取りは、スマホを握りしめたまま、少し鈍くなる。

 行人の衝撃の告白から、まだほとんど日は経っていない。

 もちろん行人にとっては自分の告白以上に風花が異種族であるという事実の発覚の方が衝撃だっただろう。

 そして少なくともあの瞬間まで、行人が『可愛い』と思ってくれていたのは、今スマホのインカメラに写り、風花自身が毎朝自宅の鏡で見ている日本人の風花だったのは間違いない。

 そして今、行人の目には、日本人の姿は見えていない。