エルフの渡辺

第三章 渡辺風花はスムージーが飲みたい ②

 そう言っていずが取り出したのはスマートフォンで、少し遠慮がちに続けた。


「スマホでSNS用の写真とかじゃ、ダメですか?」

「全然そんなことないよ。でも何でそんな疑問を?」

「いやあ、なんか写真とかカメラにうるさ……こだわりある人って、SNSに写真上げてる若い人とかスマホの写真でイキるの、嫌いそうなイメージありません?」


 いずの持つそのイメージも、完全に間違いとは言い切れない部分があるにはある。


「別に俺はそんなことないし、どっちかと言うとカメラや写真にそこまで興味ない人の方がそういう偏見持ってる感じがするけどね。そうだ、最近撮ったSNS用の写真とか、見せてもらえたりする?」

「はい。ええと、これなんてどうですか?」


 いずがスマホに表示したのは、コーヒーショップのムーンバックスで先週まで販売されていたドリンクだった。


「おお、いいね。ムンバのスプリンググリーンラテか」


 カップを中心に据えて、背景は店内だろうか。基本を押さえたい構図の写真だった。


「え……こういうのチェックしてるんですね。ちょっと意外です」

「SNSで映えてバズる写真って、つまりは多くの人目を引く写真ってことでしょ? それってつまり広告効果が高い構図ってことで、写真で身を立ててる人はみんなそういう写真を撮ってるんだ。だったら、そういう流行はある程度押さえとかないとね」

「あー、そういう考え方もあるんですね」

「じゃあ、それやってみる?」

「え?」

「それ。スマホでSNS映えする商品撮影。確か今週から、桜モチーフのスムージーが発売されてたよね」

「そんなのでいいんですか?」

「今時写真を撮ろうと思ったら避けては通れないジャンルだよ。あーまあその……」


 ここまでそれなりの熱を持って語っていたゆくが、ふと何かにおびえるような顔になる。


「その場合、俺と二人でムンバに行くことになるから、男と二人でそんなことしたくないって思うなら、基礎的なことは一緒だから学校の食堂で自販機のペットボトルとかで同じ撮影ができるけど……どうする?」

「あー……あー、なるほど、そういうことですか」


 一瞬いぶかしんだいずは、すぐにいたずらっぽい笑顔を浮かべる。


「私は別に大丈夫ですよ。むしろ、センパイこそいいんですか?」

「え? 何が?」

「知り合ったばかりの後輩女子と二人でムンバでデートとか、彼女さんが怒りません?」

「彼女? い、いや俺別に彼女とかいないよ?」

「へぇ」


 いずの笑みが深くなる。


「へえ! 意外! すごく手慣れた感じで誘われた気がしたんで、てっきり女の子慣れしてるのかなって、そしたら彼女さんいるって思うじゃないですかー」

「お、女の子慣れ? 何言ってるんだよ! むしろ慣れてない方だよ! か、カメラオタクだし、ムンバも最近やっとビビらずに入れるようになったくらいで」

「分かりました。そんなに慌てないでくださいよ。そういうことにしておいてあげますから」

「しておいてあげるもなにもそういうことなんだけど……まあいいや。それじゃあ行こうか。かみいたばしの方のムンバに、いい席があるんだ」

「はーい。よろしくおねがいしまーす」


 そうして二人は連れ立って、写真部の部室を出て、学校から歩いて五分と少しのムーンバックスかみいたばし店に向かう。


「あれ? そう言えばたきさん帰りの荷物は? 一度学校出たら戻るの面倒じゃない?」

「大丈夫でーす。私ここ終わった後も少し学校で用事があるんで、出かけるなら身軽な方が」

「ふーん。そうなんだ。写真部以外に仮入部しようとしてるとことかあるの?」

「あーはい。まあ、その、ええっと、将棋部とか囲碁部とか?」

「へー、写真に将棋に囲碁かぁ」

「あとは園芸部とかですかねー」

「園芸部?」


 ある意味意外な名前が出てきて、ゆくは思わず目を見開いた。


「どうしたんですか? そんなに驚いて、意外ですか?」


 園芸部の名前に驚いたことを見抜かれたのか、またいずは少し笑った。


「おじいちゃんの影響なんですー。全部おじいちゃんが好きなジャンルで」

「あ、ああ。そういう……」

「おじいちゃん、なんだっけ、ええと、道楽モノ? ってやつで、家に高価な将棋盤とか盆栽とか古いカメラとかいっぱいあって、私そんなに運動は得意じゃないけどそういうのに触れてきてはいたから、何か関係する部活はやりたいなと思ってて」

「へー。なるほどなー。まあ俺は写真部部長だからできればおじいさんのカメラを生かす方向に進んでもらいたいけど、どの部活に入ってもおじいさんは喜んでくれそうだね」

「そうかもですねー」


 そんな雑談をしている間にみなみいたばしこうこうの生徒もよく利用するムーンバックスに到着した。


「あ、テラス席空いてますよ」

「いいね。とりあえず座っちゃおう。今日の部活のテーマは新作商品のSNS映えする写真だから、新作のアレでいい?」


 ゆくが指さす先には、春の新作、ブロッサムホワイトスムージーの看板があった。


「いいですけど、あの、お金は?」

「今日は仮入部で来てくれた後輩への勧誘活動だから、部費が使えるんだ。俺の金ってわけじゃないけど、まぁ仮入部時だけのログインボーナスだと思って」

「ログボって。でもなるほど分かりました。じゃあごそうになります」

「うん。待ってて。サイズはトールでいい?」

「はい」


 ゆくはサイズの確認を取ってから注文の列に向かう。

 いずは手を振ってそれを見送り、ゆくが行列に並んでこちらを見ていないことを確認すると、体から力を抜いて椅子のひじ掛けに寄りかかりながら、つややかな肌の足を組むとすっと笑顔を消して、氷のような目で行列に並ぶゆくにらんだ。


「女とのおでかけに妙に慣れてるじゃん。ますます気に入らない」



「あれ? センパイはアイスコーヒーなんですか?」


 テーブルの上には、大粒のチェリーが花のように載せられたトールサイズのブロッサムホワイトスムージーとアイスコーヒーのカップが二つ並んでいる。


「まあ俺は部長なのと、あとプラカップじゃなくグラスに入った飲み物も欲しかったんだ」

「はあ」


 いまいち要領を得ない様子のいずに、ゆくは自分のスマホを取り出し言った。


「まず、SNS写真は『5W1H』のどれを重要視するかで撮り方が変わるんだ」

「それって英語のあれですか?」

「そう。いつ、どこで、誰が、何を、、どのように。この六要素にどれだけ被写体パワーを配分するかでえが変わるイメージ。まあ究極これは写真全般に言えるんだけどね」

「何ですか被写体パワーって」

「先輩の受け売りなんだけどね。例えばさ、このどこの店で買っても同じようなアイスコーヒーと、新作スムージー。それぞれ一つずつ、他のものができるだけ画面に入らないようにSNSに投稿するために好きな構図で撮ってみてもらえる?」

「あー……はい。ええと」


 眉根を寄せながらも、いずはとりあえず素直にスマホのカメラを起動し、それぞれのカップを写真に撮る。


「撮れた? そしたらそれをSNSに投稿すると考えたとき、どっちがいいねを稼げそう?」

「それは新作スムージーじゃないんですか? アイスコーヒーはテーブルが茶色だから画面全体茶色になって全然映えてないというか、コメントつけようがないというか」

「だね。その通りだと思う。同じ構図で撮るとき、どの被写体がより印象深いかって感覚を、うちの部では被写体パワーって呼んでるんだ」


 ゆくは自分でもそれぞれのカップを写真に撮ると、画面をいずに向ける。


「これは本当に『何を』に特化した状態の写真。本当に『被写体としてこれを撮りました』ってだけの写真。まぁこれでも例えば『ムンバで新作スムージー飲みました』って言えばどこで、と誰が、が補完されるけど、写真単体で見ると『何を』に特化してる。じゃあ今度は、新作の方を手に持って自分の顔も映るように自撮りしてもらえる?」

「自撮りですか、インカメでいいんですか?」