エルフの渡辺

第三章 渡辺風花はスムージーが飲みたい ③

 ややもったりとした動きで、いずは自撮りしてみる。


「……見ないでもらえます?」

「いや、大事なことだから」

「……やりにくいんですけど」


 言いながら仕方ないといった感じで、いずは新作スムージーが入るように自撮りをする。


「見せてもらえる? へえ、良く撮れてるね」

「どうも。それでこれがどうしたんです?」

「この写真。さっきの5W1Hのうち、何が重要されていると思う?」

「……あ。あー。そういうこと」


 いずは問いの意味を察して、小さくうなずいた。


「この写真投稿するときは『新作飲んだー』的なこと書きますけど、実質これの被写体は『ムンバで新作飲んでる自分』ですね」

「そう。この写真の被写体パワーが最もあるのは『誰か』。次に『どこで』であって、本文に書かれる『何を』じゃない。この写真は別にアイスコーヒーでも成り立つんだ。なら主体が自撮りしてる本人に被写体パワーが割り振られてるからね」

「でもそれって何も教わらなくても誰でも自然にやってることですよね。あんま写真部っぽくなくありません? もうちょっと写真部ならでは、みたいのないんですか? ていうかそろそろ喉乾いてきたんで、飲んでいいですか」

「まあまあ。ここからが写真部的なことだから。じゃあさ、飲む前にもう一回だけ新作とアイスコーヒーを単体で撮ってみて。できればさっきと同じ構図で」

「ええ? 何ですかそれ。撮ったら飲んでいいですか?」


 いよいよ不満げな様子になったいずはそれでも素直に写真を撮ってから、


「いいです?」

「どうぞ」

「じゃ、いただきます」


 迷いなく新作スムージーを手に取り大きく一口飲んだ。


「で、今撮った写真なんだけど、今度はそれを編集してみようか。さっき単体では地味だったアイスコーヒーの方を」

「え? まぁ編集は普段上げるときも普通にやるんで、何をどうすればいいんですか?」

「いじる場所は三つ。そうだな。ざっくりだけど露出を+30、コントラストを+20、ブリリアンスを+30くらいに調整してみて」

「え? え? ちょっと待って。露出を、30で、コントラストを……ええと」

「それで、同じ処理を新作スムージーの方にも」

「はいはい。これで何が……あ」


 手早く編集を済ませたいずはすぐにあることに気づいた。


「……あれ、アイスコーヒーの方が……しそうに見える?」


 先ほどはテーブルの色に埋もれていたアイスコーヒーが、指示された処理を施すと急に背景から浮き上がった。

 一方で新作スムージーの方は、どういうわけか商品が先程よりぼやけて見えるようになっている。


「あ! そうか! 水滴!」


 最初に撮ったアイスコーヒーと比べていずはその差に気づく。

 時間がったアイスコーヒーのカップには結露した水滴が付着し、したたっている。

 その上で露出とコントラストをいじることでコーヒー周辺の光が強くなり、一見強い夏の日差しの中にあるようにも見えるものになっていた。


「なんとなく『いつ』が加わったように見えない?」

「……確かに、めっちゃ暑い日とかこれ見たら、飲みたいって思うかも?」

「一方で多分だけど、ブリリアンスを上げた新作の方はちょっとしくなさそうに写ってるはずだよ」

「確かに……本物に比べると、ピンクと白の混ざりっぷりがはっきりしすぎてちょっとグロく見えるかも」

「時間がったから上のチェリーがちょっと沈み始めてるしね。まあ今回は編集加えたから正確な『いつ』を写し取ってるわけじゃないけど、時間がつことで良く見せられるものと、あまり良く見せられなくなるものがあるってことが、言われないとなかなか気づかない一つ。あとはこれ。スマホならではの撮り方なんだけど」


 そう言うと、ゆくは自分のスマホをさかさまに持って、カメラのある上辺の部分をテーブルにしっかり接地させて、スマホ本体をわしづかみするように持ち、テーブルに置いてあるアイスコーヒーを、普通に持っては絶対に写せないテーブル上でのあおり構図で撮影してみせる。


「スマホはオートで上下反転や補正してくれるから、テーブルの上のものとか地面に近いもの、低いところから高いところを撮りたいときはこの持ち方、意外とお勧め」

「へぇ! これなら無茶なカッコでしゃがんだりしなくていいんだ!」

「そういうこと。あとはそうだな。カメラにグリッド線を表示するのはおすすめしたい」


 聞き慣れない単語にいずが首をかしげると、ゆくはカメラモードの画面をいずに向けて見せた。その画面には縦横に二本ずつの白い線が画面を九分割するように走っている。


「この線があると、被写体が画面のどこにあるのかをより正確かつ直感的に把握できる。建物とか風景とか、こういうテーブル上の静物を撮るときは被写体を画角の中心に直角に据えるより、少しズラした場所に置くのがいいことがあるんだ。たとえばこう。見てみて」


 ゆくは、店側がテーブル上に飾っている小さな一輪挿しの花をテーブルの端に寄せると、先程の逆持ちでフォーカスし、縦横に走る線の右下側の交点に花と一輪挿しが来るように撮影する。

 撮影した写真に軽く編集を施しいずに向けると、いずは真剣に驚いた顔になった。


「わ! すごい!」


 そこにはムンバのテラス席の一輪の花越しに店が面した商店街の様子がかすかにぼやけて映し出されていた。


「なんか、こういうのありますよね。文房具屋さんの写真立てとかにサンプルで入ってそうなやつ! 大体海外の写真ですけど」


 挙げられたたとえに苦笑するしかないが、ゆくもそのつもりで撮影したのでいずの答えに満足した。


「まあそういうこと。花と一輪挿しは、写真の端っこだけどちゃんと主役になってるでしょ? ただこれは5W1Hの中で『どこで』を重要視したものだけど、主役に何を据えるかで話が変わったりする。これが」


 そう言ってゆくが差し出した画像に、いずは今度こそ驚いて目をみはった。


「いつの間に撮ったんですか。これ」

「さっきたきさんがそろそろ喉が渇いたって言って、新作スムージーに口をつけた一口目」


 テラス席とその背景に前の通りを写していることには変わりない。

 だが主役となる被写体は、何気なくブロッサムホワイトスムージーを口にして、一瞬ゆくから目を離しているいず自身だった。

 アースカラーの背景にいずの横顔、その中で視線がいずの持つ淡いピンク色のブロッサムホワイトスムージーに誘導されるよう光の位置が計算されているものだった。


「女子を盗撮していい写真撮るってどうなんですか」

「でもいい写真だとは思ってくれるでしょ?」

「まぁ……悔しいですけど……むう。マジでかー」

『良く晴れた午後に』『カフェのテラス席で』『学校帰りの美少女が』『春の新商品を』『リラックスして』飲んでいるという4W1Hの瞬間がバランスよく切り取られている。

 その上でいず自身と新作スムージーが主役ポジションをシェアしており、明確に第三者が撮影している構図から撮影者とモデルのこの写真に対するスタンスまで瞬時に理解できる。


「盗撮じゃなかったらめっちゃいい写真ですよこれ」

「うん。まあ写真部員同士はお互いモデルをやったりするからついやっちゃったんだけど、説明してなかったから盗撮になっちゃうね。だからちゃんと消すよ」


 複雑な顔をするいずに苦笑するゆくは写真を消そうとするが、


「ちょっと待って」

「え?」

「私に送ってから消してください。アカウント、教えるんで」

「え? 気に入ったの?」

「……不本意ながら」


 いずは顔をしかめながらも、スマホを差し出して顎をしゃくった。


「あ、ああ。インスタでいい?」

「はい。あ、送ったらセンパイのは消してくださいね」

「分かってるよ。ええと、はい、これでいい?」

「どーも……ううんなるほどなー。これでかー。こういうことしてたんだー」

「こういうことって?」