「いえいえ、こっちの話です。今貰ったこれ、インスタに上げていいですか?」
「構わないけど、それじゃ俺が消した意味なくない?」
「いい写真はいい写真なんで。大丈夫です。誰が撮ったとかはボカしとくんで」
そう言うと泉美はスマホを少しの間いじっていた。
「写真部って、いつもこんなことしてるんですか?」
「いや、今日は仮入部だし特別。去年の三年生がいた頃も、文化祭前とかコンテスト前とかでもなければ結構ゆるーくやってた。もちろん小滝さんが本入部して、例えば本気でミラーレス一眼レフ買いたいとか、おじいさんの古いカメラで何か撮ってみたいとかいうことになったら教えられることは教えるし、逆に俺が教えてもらうこともあると思う。ただそれもケースバイケースで、基本それぞれ好きに自分の好きなもの撮ってお互い見せあって、盛り上がったらコンテストに出して、みたいなのがほとんどだったかな」
「へー。長期休みに撮影合宿とかしないんですか?」
「昔はあったみたいだけど、去年の三年の先輩もそういうことはやってなかった。というかそもそも俺一人じゃ合宿もクソもないし、顧問も名義貸しみたいな状態だから引率とかできないだろうし、小滝さんだっていざ入部して合宿があるとか言われても困るでしょ。部員俺一人しかいないんだから」
「あーそれは確かに……でもぉ」
「え?」
「私が合宿に行ってもいいって言えば、センパイは困りませんよね?」
自らの容姿に自信があるからこそ出る言葉に、行人は苦笑する。
「いや、結構困る」
「え?」
泉美は即答されたことが意外で、思わず低い声が出てしまった。
「周囲にいらない誤解されるような活動はできないよ。合宿できるような部費も出ないし」
「はあ」
「だから合宿は絶対にないよ。まあもし小滝さんが撮りたいものとか、挑戦するコンテストのテーマによっては休みの日に集まってってこともなくはないと思うけど……でも三年の先輩がいた去年もほとんどなかったからなぁ」
「そーなんですかぁ。……だからよその部に入り浸れるんですねぇ……」
「え? よその部?」
「いえ、何でもないですよ?」
「あ、でもそうだ。よその部って言えば、一個だけ写真部ならではって活動がある」
「どんななんです?」
「よその部から、広報用に大会や練習の様子を撮影してほしいって依頼がたまにあるんだ。まー……それも今年は俺一人になっちゃったからどこまでできるか怪しいとこではあるけど」
自虐的に苦笑する行人に、泉美は張り付いた笑顔で尋ねた。
「それが理由で、園芸部にも出入りしてるんですか?」
「え? 何でそれを?」
「いくつも文化部に仮入部するつもりだって言ったじゃないですか。園芸部には、実はもう行ってるんです。そのときに風花ちゃ……あ、渡辺先輩に、写真部の人が出入りしてるってちらっと聞いたんですよ」
「そ、そうなんだ。じゃあ小滝さんが、渡辺さんの知り合いだったっていう……?」
泉美の声の圧が少し強くなっているような気がするのは気のせいだろうか。
「園芸部も今、一人部活ですもんね。もしかして部員募集チラシとか、何か広報用の写真を撮るために出入りしてるんですか?」
「あー……いやそれは、まあ、何と言うか」
行人は少し口ごもる。
言わずもがな、これまで行人が園芸部に出入りしていたのは渡辺風花をモデルにしたコンテスト用の写真を撮るためだ。
だがその大義名分とは別に、渡辺風花と親密な関係を築きたいという下心があったことは全くもって否定できず、結果として初対面の女子には、少し話しづらいことのような気がしてしまった。
「違うんですか?」
泉美のやや派手めな第一印象から、写真部に興味を持ちそうな女子に見えなかったのは行人の偽らざる第一印象だ。
どちらかと言えば行人のような人種とそりの合わないタイプに見えたが、それは逆に行人が偏見で彼女を見ていたことが、かなり熱心に行人のカメラ講座を聞いてくれていたことからも窺える。
ここは、下手な言い訳をする場面ではないと行人は判断し、またスマホの画面に『東京学生ユージュアルライフフォトコンテスト』のメインページを表示し、泉美に差し出した。
「園芸部の渡辺部長にはこのコンテストに出品する写真のモデルになってもらってたんだ」
泉美はしばらくその画面を読み、スクロールして概要を読んでいたが、張り付いたような笑顔がいつの間にか消えた顔で、行人を見上げた。
「応募資格は都内在住または在学の学生……。ユージュアルライフってことは、学生の日常生活を撮るってことですよね。この場合は、風花ちゃんのことを」
「う、うん。そうだね。もし入部してくれるなら、小滝さんも……え? 風花ちゃん?」
「どうして園芸部で、どうして風花ちゃんだったんですか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。小滝さん、渡辺さんとそこまで親しいの?」
既に泉美の顔は全く笑っておらず、どこか行人を敵視するような目で睨んでいるばかりだ。
「質問してるのは私です。本当に、風花ちゃんの日常の姿をちゃんと写せるんですか」
「いや、それは……」
「できませんよね?」
行人が何か言う前から断言する泉美の目は、先程までの怜悧さは欠片も無く、怒りと微かな戸惑いが満ちていた。
「待ってくれ小滝さん、いきなりどうしたんだよ」
「だってセンパイのカメラじゃ風花ちゃんの本当の……!」
「泉美ちゃん!」
感情のままに何かを言い募ろうとした泉美を、鋭い声が制止した。
「「あ」」
声の主を見て、行人と泉美の声が重なる。
「やっと見つけた! 何してるのこんなところ、で……えっ?」
声の主は息を切らせたエルフの渡辺で、最初彼女は泉美しか見ていなかったようだ。
だがすぐに同じテーブルについているのが行人だと気づき、その瞬間運動の熱で汗をかいていたエルフの美貌が絶対零度に凍り付く。
「お、大木……くん? なんで、なんで泉美ちゃんと一緒に……ムンバデートしてるの?」
そして、凍り付いた瞳から死者の魂が燃え上がったような蒼い炎が燃え上がったような錯覚を、行人は見た。
「え? ええ!? で、デート? いや、ちょっと待って渡辺さん! そういうんじゃなくてこれは……!」
「ううん。ううん。大丈夫。分かってる。大木くんは知らなかったんだよね。泉美ちゃんのこと。大丈夫。知ってるんだそのことは。ただ、ちょっと衝撃の光景に取り乱しちゃって」
「は、はあ……」
「これは、泉美ちゃんの悪戯だね?」
そして、絶対零度の標的を泉美に向ける。
「ちょ、ちょっと待ってよ風花ちゃん!」
すると先ほどまで行人を圧倒しようとしていた泉美が慌てふためいて立ち上がった。
「で、デートとかじゃないって! こ、これはそう! センパイの人となりを確かめないといけないなーって!」
「どうして泉美ちゃんがそんなことする必要あるの」
「い、いやだって! それは風花ちゃんがあ!」
「私が、何?」
夕方のカフェのテラス席。そこそこ他の客がいる中でのエルフの渡辺の異様な気配に周囲も気づき始める。