エルフの渡辺

第三章 渡辺風花はスムージーが飲みたい ④

「いえいえ、こっちの話です。今もらったこれ、インスタに上げていいですか?」

「構わないけど、それじゃ俺が消した意味なくない?」

「いい写真はいい写真なんで。大丈夫です。誰が撮ったとかはボカしとくんで」


 そう言うといずはスマホを少しの間いじっていた。


「写真部って、いつもこんなことしてるんですか?」

「いや、今日は仮入部だし特別。去年の三年生がいた頃も、文化祭前とかコンテスト前とかでもなければ結構ゆるーくやってた。もちろんたきさんが本入部して、例えば本気でミラーレス一眼レフ買いたいとか、おじいさんの古いカメラで何か撮ってみたいとかいうことになったら教えられることは教えるし、逆に俺が教えてもらうこともあると思う。ただそれもケースバイケースで、基本それぞれ好きに自分の好きなもの撮ってお互い見せあって、盛り上がったらコンテストに出して、みたいなのがほとんどだったかな」

「へー。長期休みに撮影合宿とかしないんですか?」

「昔はあったみたいだけど、去年の三年の先輩もそういうことはやってなかった。というかそもそも俺一人じゃ合宿もクソもないし、顧問も名義貸しみたいな状態だから引率とかできないだろうし、たきさんだっていざ入部して合宿があるとか言われても困るでしょ。部員俺一人しかいないんだから」

「あーそれは確かに……でもぉ」

「え?」

「私が合宿に行ってもいいって言えば、センパイは困りませんよね?」


 自らの容姿に自信があるからこそ出る言葉に、ゆくは苦笑する。


「いや、結構困る」

「え?」


 いずは即答されたことが意外で、思わず低い声が出てしまった。


「周囲にいらない誤解されるような活動はできないよ。合宿できるような部費も出ないし」

「はあ」

「だから合宿は絶対にないよ。まあもしたきさんが撮りたいものとか、挑戦するコンテストのテーマによっては休みの日に集まってってこともなくはないと思うけど……でも三年の先輩がいた去年もほとんどなかったからなぁ」

「そーなんですかぁ。……だからよその部に入り浸れるんですねぇ……」

「え? よその部?」

「いえ、何でもないですよ?」

「あ、でもそうだ。よその部って言えば、一個だけ写真部ならではって活動がある」

「どんななんです?」

「よその部から、広報用に大会や練習の様子を撮影してほしいって依頼がたまにあるんだ。まー……それも今年は俺一人になっちゃったからどこまでできるか怪しいとこではあるけど」


 自虐的に苦笑するゆくに、いずは張り付いた笑顔で尋ねた。


「それが理由で、園芸部にも出入りしてるんですか?」

「え? 何でそれを?」

「いくつも文化部に仮入部するつもりだって言ったじゃないですか。園芸部には、実はもう行ってるんです。そのときにふうちゃ……あ、わたなべ先輩に、写真部の人が出入りしてるってちらっと聞いたんですよ」

「そ、そうなんだ。じゃあたきさんが、わたなべさんの知り合いだったっていう……?」


 いずの声の圧が少し強くなっているような気がするのは気のせいだろうか。


「園芸部も今、一人部活ですもんね。もしかして部員募集チラシとか、何か広報用の写真を撮るために出入りしてるんですか?」

「あー……いやそれは、まあ、何と言うか」


 ゆくは少し口ごもる。

 言わずもがな、これまでゆくが園芸部に出入りしていたのはわたなべふうをモデルにしたコンテスト用の写真を撮るためだ。

 だがその大義名分とは別に、わたなべふうと親密な関係を築きたいという下心があったことは全くもって否定できず、結果として初対面の女子には、少し話しづらいことのような気がしてしまった。


「違うんですか?」


 いずのやや派手めな第一印象から、写真部に興味を持ちそうな女子に見えなかったのはゆくの偽らざる第一印象だ。

 どちらかと言えばゆくのような人種とそりの合わないタイプに見えたが、それは逆にゆくが偏見で彼女を見ていたことが、かなり熱心にゆくのカメラ講座を聞いてくれていたことからもうかがえる。

 ここは、下手な言い訳をする場面ではないとゆくは判断し、またスマホの画面に『東京学生ユージュアルライフフォトコンテスト』のメインページを表示し、いずに差し出した。


「園芸部のわたなべ部長にはこのコンテストに出品する写真のモデルになってもらってたんだ」


 いずはしばらくその画面を読み、スクロールして概要を読んでいたが、張り付いたような笑顔がいつの間にか消えた顔で、ゆくを見上げた。


「応募資格は都内在住または在学の学生……。ユージュアルライフってことは、学生の日常生活を撮るってことですよね。この場合は、ふうちゃんのことを」

「う、うん。そうだね。もし入部してくれるなら、たきさんも……え? ふうちゃん?」

「どうして園芸部で、どうしてふうちゃんだったんですか?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。たきさん、わたなべさんとそこまで親しいの?」


 既にいずの顔は全く笑っておらず、どこかゆくを敵視するような目でにらんでいるばかりだ。


「質問してるのは私です。本当に、ふうちゃんの日常の姿をちゃんと写せるんですか」

「いや、それは……」

「できませんよね?」


 ゆくが何か言う前から断言するいずの目は、先程までのれいさは欠片かけらも無く、怒りとかすかな戸惑いが満ちていた。


「待ってくれたきさん、いきなりどうしたんだよ」

「だってセンパイのカメラじゃふうちゃんの本当の……!」

いずちゃん!」


 感情のままに何かを言い募ろうとしたいずを、鋭い声が制止した。


「「あ」」


 声の主を見て、ゆくいずの声が重なる。


「やっと見つけた! 何してるのこんなところ、で……えっ?」


 声の主は息を切らせたエルフのわたなべで、最初彼女はいずしか見ていなかったようだ。

 だがすぐに同じテーブルについているのがゆくだと気づき、その瞬間運動の熱で汗をかいていたエルフの美貌が絶対零度に凍り付く。


「お、おお……くん? なんで、なんでいずちゃんと一緒に……ムンバデートしてるの?」


 そして、凍り付いた瞳から死者の魂が燃え上がったようなあおい炎が燃え上がったような錯覚を、ゆくは見た。


「え? ええ!? で、デート? いや、ちょっと待ってわたなべさん! そういうんじゃなくてこれは……!」

「ううん。ううん。大丈夫。分かってる。おおくんは知らなかったんだよね。いずちゃんのこと。大丈夫。知ってるんだそのことは。ただ、ちょっと衝撃の光景に取り乱しちゃって」

「は、はあ……」

「これは、いずちゃんのいたずらだね?」


 そして、絶対零度の標的をいずに向ける。


「ちょ、ちょっと待ってよふうちゃん!」


 すると先ほどまでゆくを圧倒しようとしていたいずが慌てふためいて立ち上がった。


「で、デートとかじゃないって! こ、これはそう! センパイの人となりを確かめないといけないなーって!」

「どうしていずちゃんがそんなことする必要あるの」

「い、いやだって! それはふうちゃんがあ!」

「私が、何?」


 夕方のカフェのテラス席。そこそこ他の客がいる中でのエルフのわたなべの異様な気配に周囲も気づき始める。