エルフの渡辺

第三章 渡辺風花はスムージーが飲みたい ⑤

「何かしら。げん?」「うわードロドロの青春」「あれってみなみいたばしの制服だよね」


 明らかに良くない誤解が広まり始める気配を敏感に感じ、ゆくは事態の収拾に入る。


「わ、わたなべさんはどうしてここに!?」

「……いつまでってもいずちゃんが部活に来ないからおかしいなと思ってたら、いずちゃんがおおくんを探してたって教えてくれた人がいたの」

「「えっ! まさか!」」


 またゆくいずの声が重なる。

 ゆくが今日、写真部部室にいたことを知っている人間は、ゆく以外には一人しかいない。


「あンの先輩、余計なこと言って……!」


 いずも同じ人間に思い当たっているようだ。言わずもがな、やまてつだ。


やま君がね、すごわいい一年生の子がおおくんを探しに来たってわざわざ部室まで来て教えてくれたの。……いずちゃん」

「は、はいっ!」

いずちゃんが、私のことをいつも心配してくれてるのは、うれしいって思ってるよ」

「う、うん、だから私っ!」

「でも……それならこれは、どういうこと?」


 エルフのわたなべは、一瞬明るい顔になったいずに自分のスマホを突き付けた。


いずちゃんのインスタアカウント……『二年の先輩におごってもらって、ムンバデート』。そうじゃなければいいなって思ったけど……やま君に聞いて、嫌な予感がしたの。まさかとは思うけど、おおくんと一緒なんじゃないかって思って。そしたら……」

「い、いつの間にそんな投稿を……」


 エルフのわたなべのスマホに表示されているのは、ブロッサムホワイトスムージーとアイスコーヒー、そしてゆくの影だけが写った写真だった。

 どこで、誰が、の2Wがよく主張された、いわゆる『匂わせ写真』だ。


「い、いや、待ってわたなべさん。これはデートとかじゃないんだ。俺、たきさんが園芸部の新入部員だなんて知らなくて……!」

「いいの。分かってる。ムーンバックスでの撮影講習は、おおくんが三年の先輩にしてもらった体験入部の時の、思い出の活動だもんね。だからきっと、仮入部したいって言ってきたいずちゃんに、同じことしてあげようとしたんだよね」

「何それ! センパイ、このことふうちゃんに話してたの!?」

わたなべさん、覚えててくれたんだ……」


 いずは焦燥でゆくとエルフのわたなべの間で視線を往復させ、ゆくあんいきを吐く。


いずちゃん……いずちゃんが私のことを心配して、先走っちゃったのは、怒ったりしないよ。怒ったりしないけど、でも……でも……」


 そのとき、絶対零度のエルフのわたなべの瞳が、こらえきれない感情に潤んだ。


「私だって……まだ、おおくんと、ぐすっ……ムンバ、行ったことないのに、いずちゃんだけ、おおくんと、写真のこと……ぐすっ」


 少しずつ涙声になっていくエルフのわたなべの様子に、いよいよ周囲のざわめきが大きくなる。


「ちょっと、もしかしてあの男のうわ?」

「あのギャルが、あっちの地味な子から略奪したのかしら」

「うわあマジの修羅場かぁ」


 そして今更になってゆくは気づく。

 ゆくの目にはエルフのわたなべたきいずも方向性が違う圧倒的美少女にしか見えないが、自分以外の人間の目に映るわたなべふうは、いずに比して明らかに地味で素朴な外見に見えていることに。


「せ、センパイっ!」


 その時、いずが心底あせった顔と声で叫んだ。


「えっ!?」

「い、今すぐふうちゃんにブロッサムホワイトスムージー買ってきて! お金は後で私が出すから! 早く! 駆け足! 早くっ!!」

「あ、ああ、分かった!」


 その声に押されてゆくは慌ててカウンターへと走り、それを見送ったいずは、心底申し訳なさそうな顔でふうに近づく。


「ごめん、ごめんってふうちゃん。ふうちゃんに悲しい思いさせるつもりは全然なくて! た、ただ、たださ、分かるでしょ! どうしてもその、ふうちゃんに近づく男子がどんな人間なのか、確かめたいって思って、それで何も知らない風で、ね?」

いずちゃんだけ……ズルい……おおくんと……ムンバデート……」

「ごめんってごめんって! だってふうちゃんってばセンパイのこと全然話してくれないんだもん! 心配になるじゃん! 正直この前の昼休みも私の印象いまいちだったしさ! だからつい一人で色々確かめたくて……!」

「お、お待たせ! 空いてたからすぐ作ってもらえうわあっ!?」


 そこにブロッサムホワイトスムージーを握りしめたゆくが戻ってきたので、いずはそれをエルフのわたなべの手に押し付けると、ゆくを引っ張って耳打ちした。


「最後の写真を撮った経緯は絶対内緒にして! 私もSNSから消すから!」

「え? え? 何で!?」

「いいから! 空気読んで! 怒らせるとふうちゃん本当に怖い……」


 いずとしては、自分が魅力的に撮影された写真がエルフのわたなべの目に触れることは好ましくないと考えたのだが、


いずちゃん、何……最後の写真って……」


 エルフのわたなべは、長い耳をぴくぴくと動かしながら、離れた場所にいるいずの耳打ちもしっかりと聞き取っていた。

 エルフの耳がいのは、どうやら本当のことらしい。


「そ……………………────のことは、ほら、学校に戻ってから、ね? ふうちゃんもセンパイも! とりあえずガッコ戻ろう! ほら! 行こう!」


 冷や汗を流して観念した様子のいずは、小さく両手を上げるとゆくとエルフのわたなべの背を押してざわめくテラス席から強引に連れ出した。


「…………ごめんね、おおくん。いずちゃんが迷惑かけて」


 学校までの帰り道。

 ゆくの横に並んでふくれっつらでブロッサムホワイトスムージーをすするエルフのわたなべは、小さく言った。


「い、いや、迷惑ってことは……まあその、俺の何を確かめたかったのかは分からなかったし、仮入部したいって触れ込みだったから、部員が増えるかもって期待がぬか喜びになったのは残念だったけど」

「本当にごめんなさい」

「いや、わたなべさんが謝ることじゃないよ。でも、たきさんって一年生なんだよね? わたなべさんのことふうちゃんって呼んでタメ口っぽいのは……」

「中学の後輩だけど、それよりずっと前からの友達なの。というか」

「私とふうちゃんはおさなじみなの! 家も近所で、小さい頃から一緒に遊んでて、だから今更先輩後輩なんて感じじゃないの」


 前を歩くいずが努めて明るい声で振り返って言うが、エルフのわたなべはストローをすすりながらさんぱくがんいずにらみっぱなしだ。