「ふ、風花ちゃん……はぁっ! お、お願い、もう、許してっ……!」
「ダメだよ泉美ちゃん。そんなこと言ったって、止めてあげない」
小滝泉美は荒く息を吐き、目は気だるげに半開きになって、春も夕刻だというのに激しく汗をかいている。
許しを請うように震える声で懇願するが、美貌のエルフは冷酷にそれを撥ね退ける。
「ううっ。は、はあんっ! だ、だめぇ……もう、これ以上……んんっ!」
「ほら、しっかり動いて。ほらほら、そんなんじゃ大木くんは満足してくれないよ」
「くっ……この、鬼畜っ……んんっ!」
冷酷な拒否に泉美は疲れ切った顔で行人を睨むが、そこにエルフの渡辺の鋭い声が飛び、泉美はびくりと全身を震わせる。
「こ〜ら、泉美ちゃん? それが先輩に対する口のきき方かな? ほら、大木くんが見てるよ。しっかり体動かして!」
「う、うう……は、あああんっ! もう、限界……だよぉっ! は、はあんっ!」
「あ、あの、渡辺さん」
「何、大木くん」
「良いの、俺、このまま小滝さんを……」
「だ、ダメに決まっ、んんっ……調子に、乗んなっ」
「もちろんいいよ? だって今日の泉美ちゃんは写真部の仮入部員で、大木くんの後輩でもあるんだもの。だったら、大木くんの言うことは聞かなきゃね?」
「い、いやあでも、さすがに気が咎めるというか、これ以上は辛そうというか」
「先に大木くんの気持ちを玩んだのは泉美ちゃんだもの。だったらそのお詫びに、大木くんを満足させてあげないとダメだと思わない?」
「いやまぁそういう言い方をすればそうなんだけど」
「ほら泉美ちゃん、動きが止まってるよ。このままじゃ大木くんが気分良くなれないよ?」
「くっ……風花ちゃんを……味方に、つけて、好き勝手、んんっ! はあっ!」
「あ、あの、渡辺さん」
行人はいたたまれなくなって言った。
「そろそろ日が暮れるし、フラッシュの準備がないから、今日の撮影はこの辺にしない?」
「仕方ないなぁ。大木くんがこう言ってくれているので、今日はもういいよ、泉美ちゃん」
「んんっ! もう無理! 腕あがんないし肩プルプルしてるし何か飲まないと死ぬ!」
エルフの渡辺の許しを得て、上下ジャージ姿で首にタオルをさげた泉美は、手にしていた鍬を放り出すと、ふわふわに耕された土から離れ、地面にどっかりと腰を下ろした。
「で!? センパイまさか本当に畑仕事してる私を撮ったの!?」
「いや、渡辺さんが撮れって言うから」
「風花ちゃんをダシにすれば何でも許されると思わないでよ!?」
息も絶え絶えに座り込んだ泉美に睨まれて、行人は少したじろぎ話題を逸らした。
「そ、それにしても、固い土を耕すって大変なんだね」
写真部の部室から遠くないその花壇は、長い間放置されていたものだった。広さは四畳半程度の正方形。レンガの風合いの古いブロックで囲われていたが、元々そこに植わっていたらしい植物の枯葉や枯れ枝に埋まっており、行人は初め、植栽のゴミ捨て場かと思い込んでいたほどだ。
「昭和の頃はここに百葉箱とそれを囲む薔薇園があったんだって。旧校舎の裏手だから夏もそんなに暑くならなかったみたいだけど、昔の園芸部が一度なくなったとき以来放置されてたの。去年の段階で使っていいとは言われてたんだけど一人じゃなかなか手が回らなくて……折角一年生が入ってくれたから、この機会に整備しようかなって」
「ひぃ……ひぃ……」
泉美はまだ呼吸が整わず、立ち上がれないでいる。
「それじゃあここにはまた薔薇を植えるの?」
「ううん。折角広めの露地のスペースもらえたんだから、野菜を作りたいと思って」
園芸部の栽培品目として野菜はときとして花よりもメジャーかもしれない。
成果物を共有しやすく、商品化しなければ花卉類より栽培が容易なものが多いためだ。
「野菜が収穫できると達成感があるし、野菜のお花も綺麗に咲くと可愛いんだよ」
「ああ、花大根とか昔習ったの思い出した。トマトとかウリ科の花とか、確かに綺麗だよね」
「そうなの。とりあえずもう、一つは植えるものを決めてるんだ。大木くん、ペポって、聞いたことある?」
「ペポ? いや、ちょっと聞いたことないな」
「食用よりも観賞用とかに使われることの多い、小さなかぼちゃなの。ハロウィンなんかで使われるオレンジ色のかぼちゃも、ペポ種の一種なんだ」
言いながらエルフの渡辺が差し出してきたスマホには、確かに見覚えのある手のひらサイズの黄色いかぼちゃが表示されていた。
「なんかお洒落なカフェとか雑貨屋にあったりするよね。あれって作りものとかおもちゃかなんかだと思ってた」
「実際におもちゃかぼちゃって呼ばれたりもするんだよ。できたらハロウィンの季節に収穫したいなって。ハロウィンの魔術的な雰囲気、ちょっと好きなの」
そう言って未来の計画を楽し気に語るエルフの渡辺に、何となく微笑ましい気分になった行人は、次の瞬間凍り付いた。
「あとは、サラマンダーかな」
「サラマン……え?」
「あとはミスリルソードとかも」
サラマンダーと、ミスリルソード。
今の今まで畑に何の野菜を植えようとしているかという話をしていたはずなのに、何故急に炎の精霊と幻想金属製の剣の話が出てくるのだろうか。
「え? サラマン……ミスリル……え、何で?」
「サラマンダーは熱に強いから、暑い日本の夏でも大丈夫かなって」
サラマンダーは熱に強い。それはそうだろうが聞きたかったのはそういうことではない。
行人はカメラオタクを自認してはいるが、アニメやゲームなどにそれほど造詣が深いわけではない。
それでもサラマンダーが炎の精霊とか火蜥蜴と呼ばれる類の架空の存在であることは知っているし、ミスリルという金属が現実には存在しないことも知っている。
だが現実に目の前にはエルフが存在し、架空の存在のはずのエルフが突然サラマンダーとかミスリルソードとか言い出したのだ。
ということは、もしかしたらこの世のどこかにサラマンダーやミスリルソードは存在するのだろうか。
存在したとして、精霊や金属剣は畑で栽培できるものなのだろうか。
無表情になってしまった行人が必死で考えを常識の中に収めようとしているのに、
「でも、ペポと葉物野菜をこのスペースで密集して栽培させて大丈夫なのか分からないから、まだ検討の段階だけどね」
「刃物野菜!? 剣闘!?」
エルフの渡辺がとんでもないワードをブッ込んできた。
同時に先程、エルフの渡辺がハロウィンのことを『魔術的』と評していたことを思い出す。
日本でハロウィンがシーズナルイベントの地位を得て随分経つが、概ね飲食店や製菓業界がかぼちゃ料理やかぼちゃデザートを大量に作り、小学生や幼稚園児が町内会でトリックオアトリートで駄菓子をもらい、学生や若者が適当なコスプレをやる日であり、ひいき目に見ても魔術的な気配は一切無い。
「ま、まさかサラマンダーで、ハロウィンのかぼちゃを……」
ハロウィンのジャックオランタンの内側に灯る火は、何かの精霊の放つ光だという話を聞いたことがあった。
そして行人の疑問をエルフの渡辺は満面の笑みで肯定した。