「うん。意外と相性いいんだよ。ペポとサラマンダーとミスリルソードなら、お味噌汁がよさそうかも」
「サラマンダーとミスリルソードで味噌汁を!!」
「風花ちゃん風花ちゃん、何か紛らわしいことになってる」
するとようやく息が整ったのか、泉美が億劫そうに立ち上がった。
「多分だけど今、センパイの頭ん中じゃハロウィンの魔女コスした風花ちゃんが腰にロングソード提げてジャック・オ・ランタンで炎の蜥蜴を召喚する儀式の映像が流れてる」
「えっ、何それ」
泉美の分析は割と正確に行人の脳内を読み取っていたし、行人の方が「えっ。何それ」なのだ。
「あのねセンパイ。サラマンダーってのはホウレンソウの品種名なの」
「え!? ホウレンソウって、あの!?」
「他にどのホウレンソウがあるのか知らないけど、ホウレンソウって変な品種名が多いんだよ。あと、ミスリルソードは長ネギね」
「長ネギ!? 小滝さんまた俺のこと騙そうとしてない?」
「してないよ! 野菜って色々変な名前多いんだよ。デストロイヤーってジャガイモとかウィザードってレタスとか、羅帝って唐辛子とかね。多分、種苗会社の趣味じゃないの?」
「しゅびょうがいしゃ?」
「種と苗の会社で種苗会社! 園芸部に入り浸ってるくせにそんなことも知らないの?」
「あ、いや……」
「あと風花ちゃんも!」
「え!? 私!?」
「え、私、じゃないよ。センパイは風花ちゃんのエルフの姿が見えてるんでしょ? だったら不用意に紛らわしいファンタジー用語使ったら、センパイが混乱するでしょうが」
「え、あ、ごめん。その、ファンタジー用語ってどの辺が……? 私、あんまりゲームとかやらないからよく分からなくて」
エルフの見た目でそれを言うのか。
行人は思わずツッコミそうになり、ぐっとこらえる。
何だかこれは言ってはいけない気がした。
「とにかく、なんか私がお仕置きされてうやむやになっちゃったけど」
その気配を察したわけではないだろうが、泉美が改めて行人に向き直り、はっきり敵対心を浮かべて行人を睨んで言った。
「エルフの正体にヒヨった上に、園芸のこともロクに分かってないようなのが風花ちゃんの彼氏になって風花ちゃんの写真撮りまくるなんて、私は認めないから」
「い、いや、言いたいことは分かるけど、でも小滝さんが言うことでは」
「いくら幼馴染でも、友達の人付き合いに首突っ込むなって?」
思わず言い訳がましいことを言おうとした行人を、泉美は制する。
「風花ちゃんの本当の姿が見えているのは私だけだったんだよ。私以外の誰に、風花ちゃんを守れると思うの」
これまでで最も強い敵意を見せた泉美に、行人もまたたじろいだ。
「泉美ちゃん! ちょっと言いすぎだよ!」
「風花ちゃんと正面から向き合わないような奴に、風花ちゃんを渡すつもりはないから! ……覚えておいて」
泉美はそこまで言い切ると、薄暮の中で俯くエルフの渡辺を見て、少し気まずそうにしながら踵を返す。
「どこ行くの、泉美ちゃん」
「シャワー。今なら運動部の連中いないしこんな汗だくで制服着たくないし。後でね」
そう言うと泉美は運動部の部活棟に歩いて行ってしまう。
「後でねってことは、一緒に帰るの?」
「ここのところ、帰りはいつもの泉美ちゃんと一緒なの。あの、大木くん。ごめんなさい。泉美ちゃんがずっと失礼な態度を取ってて……」
「いや、何度も言うけど渡辺さんが謝ることじゃないよ」
エルフの渡辺が謝ることではないことでもあるし、泉美の言うこと全てが的外れなわけでもなく、だからこそ行人にはもっと気になることがあった。
「小滝さんは、いつから、その」
言い淀んでしまった理由は自分でも思い当たる理由がありすぎて逆にはっきりと分からなかったが、エルフの渡辺は行人の疑問を正確に汲み取った。
「泉美ちゃんが私のエルフの姿が見えるようになったのは、小学校一年生のとき」
「そんなに前から……!」
事実を知ってわずか二日の行人とは、積み重ねた時間が正に雲泥の差だ。
幼馴染と言うからには、二人の間には行人が想像もできないほどの時間と思い出の積み重ねがあるはずで、だからこそ泉美には行人などポッと出の邪魔もの以外の何者でもあるまい。
だが、行人にも泉美に敵わないまでも、渡辺風花と積み重ねた時間があり、その時間で行人は一人の人間に恋をしたのだ。
もちろんあの日の告白の顚末を客観視すれば、行人の気持ちが渡辺風花の外見に左右された上に告白を日和ったという泉美の評価を否定できる材料は全くない。
行人の内心では、エルフの渡辺と渡辺風花を同一視して改めて恋をしたいという思いに偽りはなく、だからこそエルフの渡辺を渡辺さんと呼び、これまでと同じように接するよう『心がけて』きた。
だからこそ、エルフの姿が見えている泉美という存在が現れた今、確かめなければならないことがある。
「エルフのこと、聞いてもいい?」
「……大木くん」
「小滝さんは、渡辺さんにとって大事な友達なんだよね。その友達が大事にしているものをきっと、俺は何も知らないんだ。だからきっと小滝さんは俺が渡辺さんに告白したことが許せないんだと思う」
「そんな、だってそれは仕方のないことで、泉美ちゃんが許す許さないは関係ないんじゃ」
「あるよ」
行人は言い切った。
「昨日の昼も言ったけど、俺はもう一度、渡辺さんをきちんと好きになりたいと思ってる」
「ふ、ふええ!? え、そ、そこまでのこと言ってたっけ!?」
エルフの渡辺は目を見開き、言われた行人も一瞬目が泳いだ。
「…………よく考えたら、言ってなかったかも。ごめん。気にしてないつもりで、やっぱ小滝さんに言われたこと、効いてるのかもしれない。ただ、近いことは言ったし、本心でそれくらいの気持ちだったってことで、聞いて」
「は、はいぃ……」
「で、さ。だからって好きになるだけでいいわけがない。結局最初に言った通り、俺はあの時点での『渡辺風花さん』に彼女になってもらいたかった。だってそうじゃないか。好きになった人には自分のことを好きになってほしいじゃん。でもそうなってほしいなら……相手の大事なものを大事にできない状況は、やっぱり良くないよ」
行人は手に持ったままのカメラに一瞬視線を落としてから、言った。