エルフの渡辺

第四章 渡辺風花は教えてくれる ②

「うん。意外と相性いいんだよ。ペポとサラマンダーとミスリルソードなら、おしるがよさそうかも」

「サラマンダーとミスリルソードでしるを!!」

ふうちゃんふうちゃん、何か紛らわしいことになってる」


 するとようやく息が整ったのか、いずおつくうそうに立ち上がった。


「多分だけど今、センパイの頭ん中じゃハロウィンの魔女コスしたふうちゃんが腰にロングソード提げてジャック・オ・ランタンで炎の蜥蜴とかげを召喚する儀式の映像が流れてる」

「えっ、何それ」


 いずの分析は割と正確にゆくの脳内を読み取っていたし、ゆくの方が「えっ。何それ」なのだ。


「あのねセンパイ。サラマンダーってのはホウレンソウの品種名なの」

「え!? ホウレンソウって、あの!?」

「他にどのホウレンソウがあるのか知らないけど、ホウレンソウって変な品種名が多いんだよ。あと、ミスリルソードは長ネギね」

「長ネギ!? たきさんまた俺のことだまそうとしてない?」

「してないよ! 野菜って色々変な名前多いんだよ。デストロイヤーってジャガイモとかウィザードってレタスとか、ていって唐辛子とかね。多分、しゆびよう会社の趣味じゃないの?」

「しゅびょうがいしゃ?」

「種と苗の会社でしゆびよう会社! 園芸部に入り浸ってるくせにそんなことも知らないの?」

「あ、いや……」

「あとふうちゃんも!」

「え!? 私!?」

「え、私、じゃないよ。センパイはふうちゃんのエルフの姿が見えてるんでしょ? だったら不用意に紛らわしいファンタジー用語使ったら、センパイが混乱するでしょうが」

「え、あ、ごめん。その、ファンタジー用語ってどの辺が……? 私、あんまりゲームとかやらないからよく分からなくて」


 エルフの見た目でそれを言うのか。

 ゆくは思わずツッコミそうになり、ぐっとこらえる。

 何だかこれは言ってはいけない気がした。


「とにかく、なんか私がお仕置きされてうやむやになっちゃったけど」


 その気配を察したわけではないだろうが、いずが改めてゆくに向き直り、はっきり敵対心を浮かべてゆくにらんで言った。


「エルフの正体にヒヨった上に、園芸のこともロクに分かってないようなのがふうちゃんの彼氏になってふうちゃんの写真撮りまくるなんて、私は認めないから」

「い、いや、言いたいことは分かるけど、でもたきさんが言うことでは」

「いくらおさなじみでも、友達の人付き合いに首突っ込むなって?」


 思わず言い訳がましいことを言おうとしたゆくを、いずは制する。


ふうちゃんの本当の姿が見えているのは私だけだったんだよ。私以外の誰に、ふうちゃんを守れると思うの」


 これまでで最も強い敵意を見せたいずに、ゆくもまたたじろいだ。


いずちゃん! ちょっと言いすぎだよ!」

ふうちゃんと正面から向き合わないようなやつに、ふうちゃんを渡すつもりはないから! ……覚えておいて」


 いずはそこまで言い切ると、薄暮の中でうつむくエルフのわたなべを見て、少し気まずそうにしながらきびすかえす。


「どこ行くの、いずちゃん」

「シャワー。今なら運動部の連中いないしこんな汗だくで制服着たくないし。後でね」


 そう言うといずは運動部の部活棟に歩いて行ってしまう。


「後でねってことは、一緒に帰るの?」

「ここのところ、帰りはいつものいずちゃんと一緒なの。あの、おおくん。ごめんなさい。いずちゃんがずっと失礼な態度を取ってて……」

「いや、何度も言うけどわたなべさんが謝ることじゃないよ」


 エルフのわたなべが謝ることではないことでもあるし、いずの言うこと全てが的外れなわけでもなく、だからこそゆくにはもっと気になることがあった。


たきさんは、いつから、その」


 よどんでしまった理由は自分でも思い当たる理由がありすぎて逆にはっきりと分からなかったが、エルフのわたなべゆくの疑問を正確にった。


いずちゃんが私のエルフの姿が見えるようになったのは、小学校一年生のとき」

「そんなに前から……!」


 事実を知ってわずか二日のゆくとは、積み重ねた時間が正にうんでいだ。

 おさなじみと言うからには、二人の間にはゆくが想像もできないほどの時間と思い出の積み重ねがあるはずで、だからこそいずにはゆくなどポッと出の邪魔もの以外の何者でもあるまい。

 だが、ゆくにもいずかなわないまでも、わたなべふうと積み重ねた時間があり、その時間でゆくは一人の人間に恋をしたのだ。

 もちろんあの日の告白のてんまつを客観視すれば、ゆくの気持ちがわたなべふうの外見に左右された上に告白をったといういずの評価を否定できる材料は全くない。

 ゆくの内心では、エルフのわたなべわたなべふうを同一視して改めて恋をしたいという思いに偽りはなく、だからこそエルフのわたなべわたなべさんと呼び、これまでと同じように接するよう『心がけて』きた。

 だからこそ、エルフの姿が見えているいずという存在が現れた今、確かめなければならないことがある。


「エルフのこと、聞いてもいい?」

「……おおくん」

たきさんは、わたなべさんにとって大事な友達なんだよね。その友達が大事にしているものをきっと、俺は何も知らないんだ。だからきっとたきさんは俺がわたなべさんに告白したことが許せないんだと思う」

「そんな、だってそれは仕方のないことで、いずちゃんが許す許さないは関係ないんじゃ」

「あるよ」


 ゆくは言い切った。


「昨日の昼も言ったけど、俺はもう一度、わたなべさんをきちんと好きになりたいと思ってる」

「ふ、ふええ!? え、そ、そこまでのこと言ってたっけ!?」


 エルフのわたなべは目を見開き、言われたゆくも一瞬目が泳いだ。


「…………よく考えたら、言ってなかったかも。ごめん。気にしてないつもりで、やっぱたきさんに言われたこと、効いてるのかもしれない。ただ、近いことは言ったし、本心でそれくらいの気持ちだったってことで、聞いて」

「は、はいぃ……」

「で、さ。だからって好きになるだけでいいわけがない。結局最初に言った通り、俺はあの時点での『わたなべふうさん』に彼女になってもらいたかった。だってそうじゃないか。好きになった人には自分のことを好きになってほしいじゃん。でもそうなってほしいなら……相手の大事なものを大事にできない状況は、やっぱり良くないよ」


 ゆくは手に持ったままのカメラに一瞬視線を落としてから、言った。